【第13話:かばでぃと昼休み】

 公園ですっかり話し込んでしまい、正が学校へ遅刻するという出来事はあったが、僕は余裕をもって登校し、昼休みを迎えようとしていた。


「ひでぇよな~俺だけ遅刻とか」


「一人でジャスティスの事を熱く語ってるからじゃないか。僕が時間良いのか何回聞いたと思ってる?」


「そ、そうだったかな……まぁジャスティスのためなら仕方ねぇな」


「別にジャスティスは、遅刻してまで語って欲しいとは思ってないと思うけど……」


 そんな風に正と今朝のジャスティスの件について語っていると、


「傍から聞いていて、何『正義』について熱く語ってるんだって思ってたら、犬の事なのね……」


 小岩井に、そう突っ込まれた。


「うっ、確かにそんな風に聞こえるか……正が、犬に変な名前つけるから……」


「なんでだよ!? ジャスティスだぜ? すげぇカッコイイじゃねぇか」


「ソウデスネー」


 そんな会話をしながらご飯を……と言っても、今日も僕は紙パックのコーヒー牛乳とたまごサンドなのだけど、それを食べようと鞄からコンビニの袋を取り出していると、覚えのある声とセリフが聞こえて来た。


「カバディカバディカバディカバディカバディカバディ」


 な、なんか聞こえて来たぞ……と言うか、カバディさん、じゃなくて、貴宝院さんの声が近づいてきている気がする。


 恐る恐る顔をあげて声のする方に視線を向けてみると、貴宝院さんがニッコリと微笑んで手招きをしていた。


「あぁ……正、小岩井、ちょ~っと僕、用事を思い出したから先に食べてて」


 そう言って席を立とうとすると、いつの間にか近寄ってきていた貴宝院さんが、僕のコンビニの袋を手に取って、そのまま歩き出した。

 もちろん貴宝院さんの能力で、彼女は周りには道端の石のような感覚らしいので、正や小岩井は、それを見ても気にした様子もなく、わかったと返事を返した。


「(ちょ、ちょっと貴宝院さん、それ僕の……)」


「カバディカバディ? カバディカバディカバディ!」


 うん……さっぱりわからない。


 何か身振り手振りで僕に伝えようとしているようだけど、ジャスチャーが下手すぎてさっぱりわからなかった。


「ごめん。全然わかんないから、とりあえずついて行くよ」


 僕がそう言うと、少し恥ずかしかったのか、顔を赤く染めてそのまま歩き出した。


 仕方がないので、僕も貴宝院さんの後を追いかけ、ついて行きます。

 そう言えば前にも似たような事があったけど、あの時は放課後だったから屋上へと続く階段の踊り場で話せたけど、今は昼休みで屋上が解放されているから使えないはずだ。


 どこへ行くのだろうかと考えていると、今度は階段を登るのではなく降りていった。

 一階に着くと、そのまま中庭に出て横断し、僕もあまり来た事のない校舎の裏手に出てきた。


「カバディカバ……はぁはぁはぁ……」


 そして、おもむろに鞄から酸素ボンベを取り出して、吸い始める貴宝院さん。


 しかし、どうしてだろう?

 中々の出来事なのに、もうあまり驚かない……。


 きっと街中で女子高生が前から酸素ボンベを吸いながら歩いて来ても、流せる自信があるな。


「ご、ごめんね。急に、こんな所に連れてきて」


 酸素ボンベを鞄にいそいそとしまいながら、そう言って謝ってくる貴宝院さんに、僕は軽く首を振りながら「気にしないで」と返し、言葉を続ける。


「でも、急にどうしたの? それに、一緒に来なくてもメッセージ送ってくれたら、僕も後から向かったのに」


「うぅん。どうせ私、毎日ここでお昼食べてるから、途中で見つからないように同じことしてるし。ここって凄い穴場なの」


 その言葉を受けて周りを見渡すが、ポツンと花壇とベンチが一つあるだけで、後は用務員さんが使っていると思われる小さな用具入れの倉庫があるだけだ。

 ちょうどこちら側には校舎に窓はなく、屋上からも死角になっているので、ここまで辿り着けば、確かにそうそう誰かに見つかる事はないかもしれない。


 でも、そんな事より……。


「え? ……貴宝院さんって、いつもここで一人でお昼食べてるの!?」


 ちょっと信じられなかった。

 いつも人の輪の中心にいる彼女だから、お昼も皆に囲まれて食堂や屋上で食べているものだと思っていた。


「う、うん。お昼ぐらいは、ゆっくりしたくて……」


 ちょっと僕は色々と貴宝院さんの事を誤解していたのかもしれない。


 華やかな光の輪のなかで、ヒエラルキーの頂点として、毎日を楽しんで過ごしているものだとばかり思っていた。

 その美貌だけでなく、成績も学年で常に五本の指に入っているし、他にも影でいろいろ努力をしているはずだ。


 でも……それで、その努力によって得たものがこれなのか?


 いくら周りにちやほやされても、こんなの……全然楽しくない……。


「貴宝院さん……お昼、僕と一緒に食べない?」


 気が付けば、僕は貴宝院さんにそう話していた。


「あ……いや、その、貴宝院さんがお昼はどうしても一人が良いんだって言うんなら無理にとは言わないんだけど、その、もし貴宝院さんさえ良かったら、どうかなぁ? なんて……」


 よく考えれば図々しい奴だと、ちょっと話をするようになったからって、調子に乗っているとか思われるんじゃないかと、不安になってきた。


 だから、なんだか居たたまれなくなってきたけど、驚いて何かを迷っている素振りを見せる貴宝院さんの答えを、辛抱強くじっと待った。


「えっと……ちょっと質問なんだけど、それって毎日ここで二人っきりでって事かな? でも、神成くんって確か小岩井さんや本郷くんいつも一緒にご飯食べてるよね?」


 確かに、突然もうお昼は一緒に食べられないとか言ったら、気を悪くするかもしれない。

 まぁ小岩井の方は、今でもたまに他の女子に誘われて別々にご飯を食べているから大丈夫かもしれないけど、正に至っては完全にボッチになる気がするな……。


 悪友で腐れ縁の正だが、付き合いも長いし、さすがにそれは避けたい。


「あぁ……そうだけど……もし、貴宝院さんさえ許可してくれるなら、あいつらに少しだけ事情を話して、四人でとかどうかな? あいつら変わってるけど、二人とも根は良い奴らだし、貴宝院さんのこと他のクラスメイトほど特別視するような事もないと思うんだ」


 クラスメイトには知られていないが、正はあぁ見えて誠実で結構モテる。


 実家の裏手に空手の道場があって、小さな頃からそこに通っているのだが、馬鹿だけど強いし、馬鹿だけど面倒見が良いから、馬鹿だけど下の子から慕われているのだ。

 しかも、同じ道場に通う二つ下の女の子から猛アタックを受けていて、バレンタインには、毎年僕と違って本命チョコを貰ったりもしている。馬鹿なのに……。


 まぁ僻みと言う名の冗談は置いておいて……。


 その子とも何度か会った事があるが、正も気にかけているので、貴宝院さんとお近づきになったからと言って、不誠実な事をする事はないと思う。


 それに、小岩井に至っては何度か普通に貴宝院さんと仲良さそうに話しているのを見かけたことがあるので、問題ないはずだ。

 小岩井は僕の事を揶揄ってきたりはするが、僕が知る限り裏表はないし、誰とでも気さくに話ができる高いコミュ力を持っている。


 そう考えると、むしろ二人を巻き込む方が良い気がしてきた。


「ん~……その、ちょっと考えさせて貰っても良いかな?」


「あ、あぁ、もちろん」


 一瞬、余計なお世話だったかなという考えが頭をよぎるが、


「神成くん、色々気にしてくれてありがとうね」


 貴宝院さんが見せてくれた自然な微笑みを見て、僕は思い切って誘ってみて良かったと、ほっとするのだった。

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