【第8話:かばでぃとみーん】

「みーんみーんみーん」


 どうしよう……今さっき別れたばかりなのに……。


「みーんみーんみーんみーんみーんみーんみーん」


 かと言って、さやかちゃんを家まで送らないというのは論外だし……。


「みーんみーんみーんみーんみーんみーんみーんみーんみーんみーんみーんみーんみーん」


 ぐっ!? 凄いツッコミ入れたいけど、こんな幼い子に入れられないジレンマ!!


 僕はさやかちゃんに手を引っ張られて歩いているわけだが、どうも体のどこかが触れている状態だと、僕にまでその効果が及ぶようだ。


 何故わかったか?


 それは、今僕の目の前を小岩井が横切ったからだ……。


「し、心臓が口から飛び出るかと思った……」


 こんな小さな子、しかも、恐らく貴宝院さんの妹に手をひかれている所を見られでもすれば、明日学校で根掘り葉掘り取り調べを受ける事になるのは明白だ。


 とりあえず、さやかちゃんグッジョブ!


 と、思って喜んでいたのもつかの間、今度は前方から見知った超美少女が歩いてきた。と言うか、貴宝院さんだ……。


 初めて見る私服は、少しブルーのラインの入った白のワンピースで、とても似合っているけど、でも、僕の方はいろいろ余裕が吹き飛んだ。


「……みーんみーんみ?……あっ、お姉ちゃん!!」


 そして、姉の貴宝院葵那きほういんあいなさんの元へと駆けていくさやかちゃん。


 ちなみに、僕の手を離さずしっかり握りしめたまま……。


「さやか、どうして公園で待っていないの! って……え? え? なんでさやかが、神成くんの手をひいてるの……?」


「はははは。いやぁ、これには色々と訳があって……」


 僕が何と説明しようかと悩んでいると、さやかちゃんが先に口を開いた。


「しんじょうがシャーシャを見つけて直してくれたの! だからさやか、しんじょうに晩御飯ごちそうさまするの!」


 え? さやかちゃん? 晩御飯とか初耳なんですけど?


「えっと? ……神成くん、いったい何があったの、かな?」


 最初、自分の妹のさやかちゃんに聞こうとした貴宝院さんだったが、さやかちゃんから事情を聞くのが難しいと判断したのか、僕の方を見て苦笑しながらそう尋ねてきた。

 良かった……特に怒っていはいないようだ。


「いや、その……実は恥ずかしい話なんだけど、僕、さっき貴宝院さんと別れてから道に迷っちゃって……」


 そう話し始めたのだけど……、


「え……? 迷ったって、私と別れたのって結構前だよね? それにスマホは?」


 途中で話に割り込んで、不思議そうに、そしてちょっと呆れるように聞いてきた。


「その……僕は昔から重度の方向音痴で……しかも、初めてのスーパーいくのにずっと地図アプリ使っていたせいか、貴宝院さんと別れた後、案内の途中で電池切れしちゃって……あははは」


 自分の方向音痴は今に始まったわけではないが、恥ずかしい……。


「ふふふ。そうなんだ。そんな方向音痴なのに、私を家まで送ってくれたの?」


 楽しそうに笑いながらそういう貴宝院さんに、僕は返す言葉が無かった。


「はははは……そ、そうなるかな」


「それで迷っているうちに、どういう偶然か、私の妹と?」


 貴宝院さんのその問いに、僕は「まぁ、そういうとこかな」と苦笑しながらこたえると、自分の事を話しているのに気づいたさやかちゃんが、元気よく手をあげてから話に入ってきた。


「はいはーい! さやかが泣いてたらシャーシャ一緒に探してくれたの!」


「さやか、シャーシャ落としちゃったの?」


 貴宝院さんは、さやかちゃんの姉だけあって、シャーシャロボを知っているようだ。


「うん! 気付いたらリュックからいなくなっちゃってたんだけど、しんじょうが見つけてくれたの!」


 そう言って、貴宝院さんにシャーシャが見えるように身体を捻り、リュックにぶら下がっているお人形……と言うかロボットのシャーシャを見せて、嬉しそうに微笑んだ。


 しかし、まだ幼いのもあって今まで気付かなかったけど、さやかちゃんって貴宝院さんと凄く似てるし、将来絶対に凄い美少女になりそうだな。

 貴宝院さんも昔はこんな感じの可愛らしい女の子だったのかな?


「ん? どうしたの?」


 そんな事を考えていたせいか、まじまじと二人の顔を見つめてしまっていたようだ。

 僕は、無意識に取っていた行動が少し恥ずかしくなり、なんでもないと勢いよく首を振ってから、話し始めた。


「ま、まぁ、そんな感じでさやかちゃんと出会ったんだけど、少し暗くなってきてたから家まで送るって話になって、そしたらあそこのマンションに住んでるって聞いて……で、今に至るって感じ」


「そうだったのね。その、さやかのために……ありがと。でも、神成くん。気を付けないと不審者と勘違いされて通報されちゃうよ?」


 あぁ……つい何も考えずに行動しちゃったけど、そういう事もありえるのか。

 さすがに不審者と勘違いされるのは勘弁して欲しい……。


「ははは。なんか咄嗟に動いちゃってて、そういう事全然考えてなかったな。次からは先に警察に電話してから声を掛けるとか、もう少し考えてから行動するよ」


「ふふふふ。神成くんの中には、放っておくって選択肢は無いんだね」


「え? だって、一人で小さな子が泣いてたら、普通放っておけないでしょ?」


「そうだね。それが神成くんなんだろうね」


 貴宝院さんは、そう言ってから優しく微笑んだ。


「ま、まぁ、そういう経緯でさやかちゃんとは出会ったんだけど、ここで貴宝院さんと出会えたことだし、僕はここで失礼するね」


 と言って、僕はその場から立ち去ろうとしたのだけど、さやかちゃんが手を離してくれない。

 懐いてくれたのはちょっと嬉しいけど、僕ももう帰らないといけないので、さやかちゃんの前にしゃがみ込むと、同じ目線になってから話しかけた。


「さやかちゃん、お兄ちゃんはもう帰らないといけないんだ。さやかちゃんもお姉ちゃんと無事に会えたし、もう怖くないでしょ?」


 そう言って諭そうとしたのだけど……。


「帰っちゃダメェ! しんじょうに晩御飯ご馳走するの! お姉ちゃんのご飯美味しいよ? 食べたくない?」


 はい。凄く食べたいです。

 いや、そうじゃなくて、美味しいよってそんな首を傾げられても困る……。


「ふふふ。神成くん。ところで質問なんだけど」


 それでもなんとか、さやかちゃんを説得しようとしていると、なぜか可笑しそうに笑いながら、貴宝院さんがそう尋ねてきた。


「ん? なにかな?」


「神成くんは、ここで別れる気でいるみたいだけど、スマホの電池も切れている状態で、ここからどうやって一人で帰るつもりなのかな?」


 そして「方向音痴なんでしょ?」と、笑いながら続ける。


「あ……それは、その……勘とか?」


 自分で言っておきながら、自分の回答に少し呆れる……。


「もぅ……なに馬鹿な事言ってるのよ。さやかもお世話になったみたいだし、今日はお鍋で量も多いから、うちで食べてかない?」


 え? よろしいので? ……じゃなくて!?


「いやいやいやいや! さすがにそれは出来ないって!?」


「しんじょう、どうして出来ないの~? 今日お鍋だよ~? お鍋嫌い?」


「いや、お鍋好きだけど……」


「ふふふ。神成くん諦めて。さやか、こう見えて結構頑固なとこあるから」


 結局その後、僕は貴宝院さんの家にお邪魔する事になったのだった。

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