突然、カバディカバディと言いながら近づいてくる彼女が、いつも僕の平穏な高校生活を脅かしてくる
こげ丸
【第1話:かばでぃと平凡で平穏で平和な高校生活】
その日、僕の平凡で平穏で平和な高校生活は終わりを告げた。
黒板の上につけられた古いスピーカーから流れるチャイムの音に、教室が少し嬉しそうな雰囲気に包まれる。
県立
僕は、その日も一日を平凡に過ごし、いつも通りの放課後を迎えようとしていた。
「はーい。じゃぁ、今日のホームルームはここまででーす」
教壇に立つのは僕のクラス、二年A組の担任を受け持つ『
僕が言うのもなんだけど、まだ若く、たぶんちゃんとお洒落に気を使えばかなり綺麗な人だと思う。
だけど、ボクと同じく読書が趣味なせいか目が悪く、分厚い眼鏡と相まって、少し残念な感じに仕上がってしまっていた。
「えっと、今日の掃除当番は
先生が話しかけたのは、僕『
掃除当番の班長として名前を呼ばれた僕は、内心「サボったのは昨日の班の奴らなのに……」などと思いながらも、これは僕が失礼な事を考えていた因果か? などと、意味のない妄想をしながら無難に返事を返す。
「あ、はい……。今日はちゃんとしておきますので」
僕の返事に「じゃぁ、お願いね~」と加賀谷先生が答えたあと、日直の号令でホームルームは終わった。
すると、教室が一気に喧騒に包まれる中、ある席に人が集まっていく。
「貴宝院さん! 今日、もしこの後予定がないのなら、美味しいスイーツのお店を見つけたのでご一緒しませんか?」
「えぇ! それなら俺らとカラオケにでも行いきませんか?」
男女問わず多くのクラスメートに囲まれているのは、この学校では知らない人はいない『
いや、ネットで『神が起こした奇跡の美貌を持つ美少女』として取り上げられ、多くの芸能事務所からも声を掛けられているそうだから、僕らの年代なら、学校関係なく知らない人の方が少ないかもしれない。
背中にまで伸びた黒髪は艶やかで、楽しそうに笑みを浮かべて皆の質問に答えるたびにサラサラと靡く。
自然な仕草で、透き通るような切れ長の瞳を向けられたクラスメートは、男子だけでなく、女子までもが頬を少し赤く染めていた。
まぁ、僕のような平凡を絵にかいたような、そしてその平穏で平和な生活を愛しているような人間とは、完全に住む世界が違う人だ。
だけど……ここで一つ大きな問題があった。
それは、僕が今日の掃除当番の班長で、彼女がその掃除当番の班の一員だという事だ。
この僕に、あの眩しい輝きを放つ、このクラスのヒエラルキートップに君臨する者たちが集う場所に行けと言うのは、余りにも酷い仕打ちなのではないだろうか……?
どうするべきかと悩んでいると、一人の男子生徒が話しかけてきた。
「お~い。とまっちゃん、さっさと掃除終わらせて帰ろうぜ」
話しかけてきたのは、幼稚園からの幼馴染で、悪友で腐れ縁の『
正という名前と違って、その素行はあまり正しくないが、根は良い奴だ。
見た目は強面で体格もデカく、実際に喧嘩も強いみたいだけど、付き合いが長いせいか、皆がちょっと怖いと思うようなそんな風貌でも、怖いと思った事は無かった。
まぁ、怖くないのはこいつ限定で、同じ風貌の見ず知らずの奴が声を掛けてきたら、全力で逃げるだろうけど。
「あぁ、そうだな。僕も今日は好きな小説の発売日だから、早く本屋に行きたいし」
そう言って立ち上がった僕に、もう一人別のクラスメートが話しかけてきた。
「小説ってラノベでしょ? 兎丸はホントにラノベ好きだよねぇ~。そんだけ毎日読んでて飽きないの?」
この、人の趣味を馬鹿にする失礼な女子生徒は、同じ中学出身の『
そこそこ学校でも人気のある生徒なのだけど、いつも明るく、皆には優しいのに、何故か僕の扱いだけは少し雑だ。
このクラスには貴宝院さんがいるせいで余り話題にはあがらないが、ショートカットで小柄な容姿は、間違いなくこのクラスでもトップクラスの可愛らしさだろう。
だが、くりりとした童顔の目で僕を見つめながら、たまに僕の心を抉る一言を言い放ってくるので、僕はとても共感できないが……。
「それぞれ違う物語だから、いくら読んでも飽きないんだよ……。それより、小岩井も掃除当番なんだからサボって帰っちゃダメだからね?」
中学二年で同じクラスになってから、腐れ縁でずっと同じクラスなのだが、今まで何度も掃除をサボった前科があるので、そう言って釘をさしておいた。
「わかってるよ~。兎丸だけなら帰るとこだけど、私は皆に迷惑がかかるような真似はしませ~ん」
「僕に迷惑かかるのは良いのか……」
そんな会話をしていると、正が、
「それなら、貴宝院にも声かけて来いよ。あのままだと他の奴らに連れられて帰っちまうぞ?」
と言って、人だかりが出来ている席に視線を向けた。
学校で部活があまり活発でないせいか、このクラスの半数以上が帰宅部なのだが、その大半の生徒が貴宝院さんの周りに集まっていた。
さっきまではこのクラスのヒエラルキー上位の者たちだけだったはずだが、何か男女合同でカラオケに行こうというような話になっているようで、それなら「オレも」「私も」と皆が集まって来てしまったようだ。
「な、尚更声を掛けにくくなったな……」
これは物怖じしない小岩井にでも頼むか。
そう思って口を開きかけた時だった。
突然、その輪の中心になっている貴宝院さんが、何かをブツブツと言いながら立ち上がったのだ。
すると、どういう訳だか、集まっていた他のクラスメイトたちが、何事もなかったかのようにその手に鞄を取り、そのまま教室を出て帰ってしまった。
「ん? なんだろ? カラオケの話が流れたのかな?」
少し疑問に思ったものの、気付けば、側にいた正と小岩井も立ち上がって掃除を始めだしていたので、周りに話す相手がいなかった。
「って……解散したのは良いけど、貴宝院さんまで帰ろうとしてるし……」
自分が掃除当番な事を思い出し、それを皆に話して解散になったのかと思ったのだけど、どうもそうでも無いようで、貴宝院さん自身も鞄を持って教室を出て帰ろうとしていた。
さすがにさっき正に言われたとこだし、見て見ぬふりをするのも気がひける。
僕は慌てて立ち上がると、貴宝院さんを追いかけて教室を飛び出した。
すると、追いかけるまでもなく、教室を出るとすぐ目の前に貴宝院さんがいたのだけど……。
「……カバディカバディカバディ……」
「……え? かばでぃ?」
なんだ? 僕は頭がおかしくなったのか?
貴宝院さんが延々と「かばでぃかばでぃ」と繰り返し呟いているような気がするのだけど……。
「あ、あの、貴宝院さん?」
「!? か、カバディカバディカバディカバディ!」
ナニ? コレ?
僕は、この状況をどうすればいいんだ……?
呟きでなく、叫びとなって連呼しはじめたぞ……。
と、とりあえず、スルーするか……。
「カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディ!」
き、きっと幻聴だ……。
「きょ、今日、僕たち掃除当番なんだけど……」
「!? カバディカバディカバディカバディ!!」
激しくなった!?
「な、何か辛いことがあったのなら、そのまま帰って良いかばでぃよ?」
あ、言い間違えた……。
すると、何故か驚きの表情を浮かべて、口をパクパクとさせる貴宝院さん。
どちらかと言うと、驚いているのも、口をパクパクさせたいのも僕の方なんだけど……。
数秒だろうか? それとも数十秒だろうか?
視線を交差させたまま無言でいたのだけど、さすがにこの空気が辛くなり、
「じゃ、じゃぁ、お大事に……」
そう言って貴宝院さんに背を向け、教室に逃げ……教室に戻ろうとしたのだけど……。
「ど、どこも悪くないから!? ちょ、ちょっと神成くん! 時間貰っても良いかな!?」
僕は突然首根っこを掴まれると、引き摺られるように、どこかへと連れていかれたのだった。
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