恋人のフリを女騎士さん(隊長)にお願いしたら

としぞう

恋人のフリを女騎士さん(隊長)にお願いしたら

「隊長! 助けてくださいっ!」


 叫びながら詰め所に飛び込んだ俺に、隊長である女性が頭痛を堪えるように溜め息を吐く。


「一体どうした」


 そんな態度ながらもしっかり話を聞こうとしてくれる上司の鏡だ。


「実はですね」

「待て。お前はどうにも長話をする傾向にあるからな、その、助けを求める内容から話せ」

「あっはい」


 真っ直ぐ、俺を睨みつけるようにそう言う隊長。ぞくっと身が竦んだのは俺の細胞が彼女の覇気を感じ取ったからだろうか。

 落ち着け、俺の身体よ。この人は真剣になるといつもこうなんだ。


「ええと……こんなこと隊長に頼むのは忍びないというか、隊長にもご迷惑を掛けますし、隊長のことを考えると不謹慎というか、隊長への罪悪感もあるのですが」

「おい。そういうのを省けと言っただろうが」

「あ、そうですよね。すみません」


 どうやら想像以上にテンパっていたようだ。落ち着け、俺の脳みそよ。

 スーハースーハーと深呼吸を繰り返し、数秒目を閉じた後に、今度こそ真っ直ぐ隊長を見る。まるで睨みつけるが如く。……隊長は一切怯んでいないけれど。


「隊長」

「ああ」

「俺と恋人になったフリをしてください!」

「なっ、こ、恋人……のフリ?」

「そうです」


 うろたえる隊長にやはり罪悪感が浮かんでくる。


 隊長は恋愛経験が無い。生まれは騎士家だが、母親は王族だった。

 騎士である父親と姫である母親が恋人になり、王家を出て嫁いだ形だが、その娘である隊長は歴とした王族の血を引く人だ。それ故に幼少の折から王族の血を求めてすり寄ってくる輩が多く、それを忌諱した隊長はまだ10歳そこらで女だてらに男社会である騎士の道を歩むと選んだらしい……この話は俺達騎士界隈ではまぁまぁ有名な話で、それ故に隊長には浮いた話が無い。

 つまるところ、三十路手前にして男日照りというやつだ。なんて勿論本人には言えないけれど、隊長がフリーであるという点は確信がもてる。鼻と口をおさえると呼吸ができなくなるくらい確実だ。


「な、何故私に頼むっ! 世の中には適材適所というものがあるだろう!?」

「適材適所を加味して隊長が適任なのです」

「私には務まらん! 恋人など何をすればいいのかも知らないし……」

「そう言われると……キスとかですかね」

「きす?」

「ちゅーです」

「ちゅー!?」


 ボフッと煙が吹き出すのを錯覚しそうなくらい狼狽える隊長。キスという単語を知らないのはさすがに驚いたけれど、ちゅーは知っていたらしい。恋愛的な知識は幼い頃で止まるどころか長年仕舞い込んできたせいで退行しているのかもしれない。

 壊れたレコードのように、「ちゅー!? ちゅーってお前……いや、そもそも私がちゅーなんてありえない……」などと延々繰り返している隊長。ちょっと見ていられない。


 誰へのフォローでもないが、隊長は普段は凛として揶揄ではなく正しく格好の良い騎士然とした人なんだ。王族の母譲りのプラチナブロンドの髪にアメジストのような瞳。それぞれ顔のパーツははっきりしているのに顔は小さい。スレンダーながらに胸は膨らんでおり、肺を圧迫しないようにオーダーメイドした軽鎧は女性らしさを浮き彫りにする、ファッションとして成立したものだ。

 そんな隊長がちゅーちゅー口にしながらパニックになっている姿なんて他の人が見たら卒倒するだろう。


「あの、冗談です。あくまでフリですから、そこまでする必要無いですし落ち着いて」

「冗談だと! ふざけるな! 私がそういうのに全く見識が無いのを馬鹿にしてっ! お前とちゅーするところまで想像してしまったんだぞっ!?」

「そ、それはすみません……でも、恋人のフリをして欲しいというのは真面目なんです」


 凄まじい剣幕でまくし立てる隊長に、俺はただ平謝りした。


「出来るだけ簡潔に纏めます。だから聞いてもらえませんか」

「……分かった。だが勘違いするなよ!? 聞くだけだからな! 聞いたからってどうこうするとは確約はしないからな!」

「つまりまだ恋人になってくれるチャンスはあるわけですね。それで十分です。それでは……」


 俺はこの頼みをすることに至った経緯のその最初を思い出しながらゆっくりと口を開いた。


「俺にはかつて結婚を約束した彼女がいました」

「か、彼女!? それってつまり……」

「恋人ですね」

「なっ……!? お前化け物か!?」

「恋人がいただけで!?」

「いや、それ、だってお前、恋人だぞ!? 友達とか同僚じゃないんだぞ!?」

「そんな珍しいものでもないですよね!? 第一隊長が生まれたのだって、ご両親が恋人になり結婚したことによるもので……」

「それは両親も化け物だからだ!」

「それ聞いたら多分お二人とも泣いちゃいますからやめましょう!」


 俺は一応の面識があるが、どちらも良い人で娘である隊長を溺愛していたから、化け物呼ばわりされれば泣き崩れるという光景は想像するに難くない。


「とにかく、続けます。俺のかつての恋人、彼女は元々幼なじみでした。だから家族同士の交流も深くて、気が付いたら当然のように結婚する流れにもなっていたんです」


 彼女は俺には勿体ない女性だった。可愛らしく、人気者で、器量がよくて……幼い頃から仲がいいというだけの俺に勿体ないなんて他の誰よりも俺自身が分かっていた。

 けれど、


――私、好きな人が出来たの。彼は子爵家の嫡子で私に何でもくれるって。彼と一緒なら幸せになれるって確信しているわ。


 だから、別れて。

 そう言って彼女は他の男の手を取って離れていった。彼女の両親は平民出身ながら貴族の家に入れると大喜び。俺の家族は最初怒りはしたものの相手の貴族から小金を握らされたのかすぐに黙った。

 俺は彼女を失い、同時に親しくしていた彼女の家族、そして俺の家族を失った。暫くは誰も信頼できなくて、つらくて、苦しくて、毎日泣いて……彼女から投げつけられた言葉が何度も何度も頭に浮かんで、死にたいとさえ思うようになった。


 好きな人ができたということは俺のことは好きじゃなかったのだろうか。相手は貴族、平民の俺に敵うはずもない。最初から俺に彼女と恋人になる……いや、彼女のことを好きになる資格なんてなかったんだ。


 結局、俺は死ぬ前に彼女のことを諦めるという結論に至った。そして、今までの関係を断つために、俺は家を出て騎士団の訓練兵になった。

 そうしてひたすら剣に全てを込め、一心不乱に学び、戦い……色々あって今、こうして隊長の隊に配属されている。


「お前にそんな壮絶な過去が……!」

「そんな驚くほどのことでも無いですよ。よくある話です」

「よくあるのか!? お前の話は云わば婚約破棄というやつだろう! そんなこと、貴族……いやたとえ王族であってもすれば勘当されるぞ!」

「そ、そうなんですか? ですが、隊長。恋愛については分からないのに婚約破棄とかは知っているんですね」

「ふふふ、母から社交界の噂話は流れ込んでくるからな。知っているか? あの世界の8割は政略結婚、つまりは恋愛を介さずできているのだ」

「なるほど。残りの2割は?」

「化け物のことなど私は知らんっ!」


 つまりそういうことと。そうですか。


「だが、お前が騎士団に入ってからのことは知っている。訓練兵から引き上げたのは私だからな。恋人もいないだろう」

「まあ、はい。剣一筋で生きてますから」

「ふっ、勿論疑ってはおらんよ。お前の服の臭いは逐一チェックしているが女の臭いはしたことがないし、部屋にも連れ込んだ形跡がないのも確認しているからな」


 えぇ……なんで人の服の臭いとかチェックしてるの……?


「気にするな。部下の管理は私の職務だ」


 今度から気にするようにしよう。


「……アリガトウゴザイマス」

「ふっ、感謝されるほどのことではない。しかし話を戻すが、今聞いた話はもう終わったことだろう。お前は化け物から人間になった。それなのにいったい何の問題があるんだ?」

「実は最近、その元恋人が貴族の子息と切れたみたいなんです。理由は……」


――聞いてよっ! あの男、とんだドマゾだったの! 普段は淡白な感じで少し退屈だなって思ってたんだけど興が乗ってきたのか、縄で縛れとか、鞭で打ってくれとか、蝋を垂らしてくれだとか、仕舞いにはタマを思いっきり蹴ってくれなんて言い出すのよ! 信じらんなくない!?


 などと人の性癖や、恋人との性生活について明け透けに暴露する彼女の方が信じられません。しかも相手は自分が棄てた元恋人だからな。

 しかし、こんな話をしてしまえば、このうぶな隊長は確実に卒倒し、最悪恐怖のあまり頭を丸めて出家するとか言い出しかねない……。

 なので、理由についてはぼかすことにした。


「とりあえず、理由は置いておきましょう」

「ん、ああ。どうせ言われても私には分からないだろうしな」


 話が早くて助かった。紛れもなく事実ではあるけれど。


「ですが、問題はその後で……彼女がよりを戻そうなどと言ってきたんです」

「よりを? つまりお前を化け物に戻そうとしているというわけか」

「その通りです。それで俺は断ったんですが、向こうもなぜか引いてくれなくて」

「そうか。断ったのか。良かった」


 良かった?


「もしもお前が化け物になってしまったら斬らねばならない所だった。流石に可愛い部下を斬るわけには行くまい」

「なんで斬ることになるんですかっ!? 隊長、まさかカップルとか見かける度に斬り殺してたりしてないでしょうね……」

「するか馬鹿っ! だが、お前に関しては……斬り殺してやらねばと思ったのだ。部下だからだろうか……ああ、安心しろ。私も隊長としてお前を殺しても、その後は追う」

「安心できるかぁ!」


 この人は俺に二度と恋人を作らせないつもりか!?


「とにかく、俺は彼女とよりを戻すつもりはありませんっ!」


 経験があるとか無いとか気にはしないが、ああも赤裸々に話されれば流石に引くし、何より俺は一度プライドをズタボロにする形で棄てられている。そんな彼女と再び恋人になんて考えられないし、なによりまた付き合っても前と再び同じように棄てられる可能性は高い。


「それで、相談なんです」

「あ、ああ。私にこ、ここっ、こ、恋人になれということだな」

「ニワトリですか。あと、フリです、フリ」

「う、分かっているっ! しかし、どうしてその、フリをさせようとするんだ?」

「元彼女を諦めさせる為です。俺に恋人がいるとなれば彼女も諦めざるをえないでしょう?」

「ふむ……そういうものか」


 隊長は少し思考するように顎に手を当てた。彼女の癖だが、このモーションが出るということは真剣に考えてくれているということだ。

 人柄から信頼はしていたが、頭ごなしに突っぱねられなくてよかった……。


「しかし、どうして私なんだ? 言ったとおり私には恋人だとかどうだかの知識なんてない。ボロを出すこと間違い無しだ」

「一度、彼女には剣の道を極めるために恋愛をする気は無いと断ったんですが、それじゃあ納得してくれなくて。だから次の案として、俺と同じく剣の世界に身を置く隊長と、道を歩む中で距離が縮まり、そのまま流れで恋人になった……というのが自然だと思ったんです」

「自然、なのか」

「それに今の俺の生活には隊長しか身近な女性はいません。家柄のこともありますし、隊長からすればご迷惑とは分かっています。それに、本当に俺本位の話で……でも、俺は隊長から手解き頂き、歩み始めたこの道を極めたい! そのためにも、彼女とまた付き合うなんて絶対にしたくないんです! だから、何卒お願いしますっ!」


 隊長は暫く黙り思案していたが、やがて……


「分かった」


 俺を鋭く睨み付けながら、それでも確かに隊長はそう言って頷いてくれた。


「本当ですかっ!」

「騎士に二言は無い。苦手な分野だからとて、大事な部下が困っているのを見過ごすこともできないからな」


 そう、ニヒルに笑う隊長。

 ああ、なんてカッコいい人なんだ。彼女は女性だが、しかし男の俺でも憧れるカッコよさがある。


「しかし、中途半端は性に合わん。やるからには全力で恋人を勤めさせて貰うぞ」

「あ、はい……」


 あれ? なんだか激しく不安になってきた……。この人、全力なんて言っても恋人が何なのか知らないんだよな……?

 そんな俺の心情を知ってか知らずか、隊長はクールに笑みを浮かべつつ、俺の手を掴んだ。


「それでは早速デートとやらをするぞ」

「で、デート!? いや、元彼女の前で紹介するだけでいいのですが……」

「馬鹿を言え。敵を騙すにはまずは味方から。形だけの恋人ではその女性に見破られるかもしれないだろう」

「それは、確かにそうかもしれませんが……でもデートが何か分かっているんですか?」

「舐めるなよ? 噂では男女が互いの好きなことを共に行うことだと聞いている」

「合ってるような間違っているような……?」

「ふふ、私とお前が共に楽しめることといえば、アレしかあるまい」


 そう言って、隊長が引っ張ってきたのは詰め所に併設された訓練場だった。

 既に訓練場にいた騎士達が、俺達を見るなり顔を青くして散っていく。


「さあ、剣を交えるぞっ! 存分になっ!」

「やっぱり違う……とは思うけれど」


 生き生きと、爛々と目を輝かせる隊長を止められるわけもない。俺も彼女に習い、訓練用の剣を構える。


「行くぞっ!」

「はい……!」


 互いに睨み合い、駆ける。やるからには全力……訓練であろうとも本気である彼女に相対して余計な感情は命取りだ。

 そして、互いの剣が交わり、嵐が巻き起こった。



――そ、そう。あなた変わったわね……その、お幸せに……。


 結果、元恋人と隊長の引き合わせは上手く行き、元恋人はそう、ひきつった顔を浮かべつつ去っていった。

 結果的には良かったのだけれど、隊長が「それでは私達の愛の営みを見せてやろう」などと瀟洒なドレスの裾をビリビリ引き破りながら言いつつ、剣を構えだした時点で止めるべきだったかもしれない。

 咄嗟に剣を打ち合った俺たちだが、その動きや剣圧によって嵐のような風が巻き起こる為、終わってみると傍にいた恋人は髪も服も乱しながら顔を引きつらせていた。もしかしたら少しばかりチビってしまっていたかもしれない。変なトラウマにならなければいいけれど……。


「どうやら上手く行ったな! 恋人というのは不安だったが、やってみればなんとかなるものだな!」

「はは、そっすね……ありがとうございました、隊長」


 ま、まあ、良かった。そう思おう。二兎を追う者は一兎をも得ずと言うし、当初の目的を果たした、それ以上のことがある筈も無い。

 満面の笑みを浮かべる隊長を見つつ、俺はそう決めた。


「それで」

「はい」

「私の両親にはいつ挨拶する?」

「……え?」

「ああ、それと私もお前のご両親に挨拶をしなければな。ふふ、気に入って頂けるといいが」


 挨拶? 挨拶ってどういうことだ?


「い、一体何の挨拶ですか……?」

「そんなもの決まっているだろう」


 隊長は思わず見とれてしまうくらいの清々しい笑顔で言った。


「言ったはずだ。“やるからには本気”だとな」


 恋人のフリを騎士団の女性隊長にお願いしたら結婚することになりそうな件。

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