ヒルクライム・ラバーズ外伝 ~すての無謀な挑戦~

すて

第1話 何故そんなバカな事を考えたのか

 令和二年一月一九日。俺は白いクロスバイクで府道702号通称『産業道路』を東へと走っていた。目指すは暗峠、生駒山をほぼ真っ直ぐに上り、平均斜度が17%、最大斜度に至っては37%と言われている日本一の『酷道』だ。


 俺の名は『すて』

 数年前にロードバイクに乗り出したばかりの貧脚野郎だ。加えて言うと年齢不詳のおっさん。ではまず何故この貧脚のおっさんが『関西ヒルクライムTT峠資料室』に『足つきなしで登られると自慢できます』とまで書かれている暗峠に挑もうなどとバカな事を考えたのかから紐解いていくとしよう。


          *


 令和二年一月四日、俺は街乗り用のクロスバイクを手に入れた。イタリアの人気ブランド『ジオス』の『ミストラル』だ。数あるクロスバイクの中で何故ミストラルを選んだかって? そんなもん決まってるだろう、安かったからだ。車重は10キロ超でコンポはALTUSの安いミストラルだが、今まで乗っていたクソ古いトレック7.5FXに比べたら遥かに良く走るので買って良かったと思っている。フレームにMADE in CHINAってシールが貼ってあるが、そんな事は気にしない。


 一月十三日の月曜日、ニューマシンを手に入れた俺はパチンコにでも行こうかと家を出たのだが、街を走る俺の目にふと生駒山が映り、何か呼ばれてる様な気がした。


――今日は十三日か……十三日に十三峠ってのも悪く無いな――


 そう思った俺は何も考えずにミストラルを八尾に向かって走らせた。


 皆さん既にご存知かとは思うが、十三峠とは八尾から奈良へ抜ける峠道だ。大阪のヒルクライマーの聖地と呼ばれてるとか聞いている。ちなみに俺もロードバイクでこの十三峠を上って遊んでいる。ちなみに俺がロードバイクで十三峠を上るタイムは……おっと、ソイツは機密事項だ。正直言って途中で足を着く事もある。なんたって俺は貧脚だからな。もし、これを読んでくれている人の中で十三峠を上っている人が居れば、途中でヘタりこんでいる白いコルナゴを見かけたら笑ってやって……いや、声をかけてやって欲しい。俺はいつも一人で寂しく走っているから。こう見えて俺は寂しがり屋なんだ。


 ミストラルは前述の通り車体は重いがMTB用のコンポなのでギア比が低い。いつもは脚力任せでペダルを踏む水呑地蔵さんのヘアピンでさえも軽くペダルを回せる。まあ、ペダルを回してる割に全然前に進まないんだが……

そして俺は低いギア比に助けられ、足を着くこと無くミストラルで十三峠を上る事が出来たのだった。それもヘルメットもかぶらず上着はバイク用の冬物ジャンパー、パンツはブルージーンズ、靴は安物のスニーカーという舐めた服装で。


 展望台の駐車場で一休みした後のダウンヒルは快適だった。俺のロードバイクのタイヤは23Cで空気圧は8バール。対してミストラルのタイヤは28Cで空気圧は乗り心地優先の5バールなのだから当然と言えば当然だ。しかもクロスバイクのVブレーキはテコの原理が働くのでロードバイクのキャリパーブレーキよりめっちゃ効く。ダウンヒルを楽しみながら俺は思った。


――ロードバイクよりクロスバイクの方が良いんじゃね?――


 だが、十三峠を下りきって、平地に出た途端思い直した。


――やっぱミストラルは重いな。やっぱロードバイクの方が良いわ――


          *


 こうして買ったばかりのミストラルで十三峠を制覇(笑)した俺はいつもの様に国道170号線通称『外環』にあるカフェ『フランシージェファーズ』に立ち寄った。

 店に入る前にタバコを二本喫うのが俺のお決まりのスタイルだ。今日も俺は喫煙所に向かって一直線、ネットフェンスに自転車を立て掛けて……と思った時、一つの事を思い出した。そう、ロードバイクにはスタンドが付いていないがミストラルにはキックスタンドが付いているのだ。


 駐輪場にミストラルを停めた俺は、ベンチに座るとタバコに火を点けた。その時、悲劇が起こった。


 がっしゃーん


 風に煽られてミストラルが倒れた。まだ買って一週間も経って無いのに……

 半泣きになりながら倒れたミストラルを起こしてチェックするとサドルが少し破れ、ペダルとリアのディレーラーに傷が付いていた。この時は気付かなかったのだが、後日インナーローに入れるとプーリーとスポークが干渉してカラカラと音を立てる様になってしまった。一応言っておくが、インナートップの間違いでもアウターローの間違いでも無いぜ。ヒルクライムでよく使う(と言うかほとんどそれしか使わない)大事な大事なインナーローがだ。ディレーラーハンガーが曲がってしまったのかもしれないが、ディレーラーの調整で今のところ収まっているので暫くこのままにして様子を見るとしよう……お金も無い事だしな。


 本題はココからだ。タバコを喫いながら俺は考えた。十三峠は距離4キロで平均斜度9.2%。暗峠は距離2.4キロで平均斜度が17%らしい。しんどさレベルを距離×平均斜度と考えると十三峠が4×9.2で36.8、暗峠が2.4×17で40.8だと。


――もしかして、行けんじゃね?――


 俺はバカだったのだ。今だから言える事なのだが、しんどさレベルは平均斜度×距離などと言う単純なモノでは無い。あの時の俺に言ってやりたい。『しんどさレベルは平均斜度の二乗×距離』だぞと。

 未来の自分がそんな事を思っているとは夢にも思わない俺は愚かにも決心した。『来週は暗峠だ!』と。


――続く――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る