尾八原ジュージ様 Story-3

 おれは無我夢中でその部屋を飛び出していた。ワゴンにぶつかってつんのめったが、とにかく走る。自分で閉めた入り口の大扉の閂を外して、扉を開ける。いや、開かない。開かないというかびくともしない。おかしい。この扉は最初、内側に開いた。内側に引けば開く構造だったはずだ。外側から鍵がかかっている、というような感じではない。とにかく、まったくびくともせず、押しても引いてもどうにもならないのだ。


「……閉じ込められた……?」


 俺は恐慌状態に陥りそうになるのを必死で堪える。悲鳴など上げてたまるか。これでもついさっき、ひとり人を殺してきたばかりなんだ。それも、自分の妻であった女をだ。


 あの宴会場のような部屋にはもう戻りたくなかった。だからって、最初の時とはまったく違う事情ではあるが、エントランスホールにずっといるわけにはもちろんいかない。この建物が全体としていったいどういう構造になっているのかは分からないが、とにかく。


 誰かが、おれに悪意を向けている。それだけは分かる。それだけは間違いない。俺はこれでも、ニューヨークではいっぱしのカモッリスタとして名を知られていた人間だ。組織の仲間たちは、痴情のもつれなどというつまらない理由で私的な人殺しを犯した俺をおそらく許してくれないだろうとは思うが、少なくとも今の時点では、俺はまだオーロ・ファミリアの人間だ。カモッラは手続きも本人への宣告もなしにメンバーを除名したりはしない。除名されるにしても、そうならそうすると言うだろう。


 その俺に、誰がこんな真似をしている? 敵対組織だとは思えない。敵対組織の人間が、いったいどうして今日おれが妻を殺して埋めることを突き止めて、いやそれは可能性としてゼロではないとしてもだ、こんな回りくどい真似をしておれに嫌がらせをするんだ。


 かといってオーロ・ファミリアだとも思えない。例えばボスがおれを除名するだけでなく処刑を命じると言ったようなことは可能性として考えられなくはないが、その場合は絶対に、仁義にかけて、そう宣言してからそれを実行するはずだ。こんな妖しげな嫌がらせめいた手段を用いるものか。


 とにかく。


 ナメられてたまるか。こちとら、殺しには慣れているんだ。


 おれの名はエディ。もちろん、ただの人間だが、しかし、俺の冷酷さと技量を踏まえて、仲間たちはおれのことをこう言っていた。


 お前は、エディ、殺人に最適化された知性を持つ有機稼働体だ、と。

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