第2幕

 舞台上第1幕同様

 照明無し

 上方より声のみ響く


男 我常に、照らし端座す、中天に、常在不動、アポロ=ヘリオス


 照明点灯

 男、下手より登場。邯鄲男かんたんおとこの面を着けている


男 (落ち着かない様子)何故あの人はこちらの言い分を分ろうともしてくれないのだろう。(中央に歩き出す)何故、突然怒り出し反発するのを繰返すのだろう。(中央下手側付近を行き来する)こんなにも愛しているというのに。こんなにも大切にして、こんなにも笑顔にしているのに。


 女1、増髪ますかみの面を着け舞台中央の奈落より迫り上がり登場。


女1 貴方を捨てます。

男 待ってくれ。きちんと話合いもしないまま、何故そんな君自身を不幸にしてしまう判断をしてしまうんだい?

女1 もう決めた事なのです。


 女1、客席に背を向け中央の扉に入り、固く閉ざす


男 (扉を叩きながら)だから、一方的な宣言ではなく、そう考えた根拠や、それをしても君が不幸にならない証立てをしてくれたまえ。僕を捨てて君が幸せになるならそれも良い。しかし、今君がしようとしている事は、ただ前を見ずに崖に突き進もうとしている様なものなんだ。


女2 (声のみ)お止しなさい。もう貴方には関係の無い事なのです。

男 (上方を仰ぎながら)関係無い等と云う事が有るものか!そもそも、今は関係を終わらせるか否か、と云う話であり、正しく関係性その物が問題になっているのだ。それを、気に入らない者を遮断したり削除する様に一方的に行う等、孰れその分断の剣は自身にも向けられ本人達を追い詰める事になるのに、それを捨て置け等と、なんと無慈悲な事が云えたものだ!


 女2、泥眼でいがんの面を着け中央の扉横、上手側より登場


女2 貴方は一体何様のつもりなのです?

男 何様も有ったものか。僕は只の凡夫だ。

女2 只の凡夫が人を救う等と、思い上がりなのでは御座いませんこと?

男 誰が救うと云ったか。人は自分で自分を救うより他に無い。ただ、少なくともあの人がやろうとしているのは自分で自分に剣を向ける様な事だ、とそう云っているだけだ。僕にはそれが許せないのだ。

女2 人の振舞を許す許さない等とまるで全知全能デウスの様な口ぶり、随分と傲慢だとは思いませんか。

男 先程から詭弁ばかりだな。人の言葉尻を捕らえて、僕が言わんと欲する所の物から次々とずらそうとしている。

女2 その言葉を発しているのはご自分ではなくて?なのにそんな言い方、言葉に失礼でいらしてよ。

男 言葉ロゴス全体の秩序や論理を無視して、自分が聞き取れた所ばかりで相手を切り刻もうとする。言葉に対して失礼なのはどちらか。

女2 でしたら、彼女が貴方の事を何と云っていたのか、ご覧にいれて差し上げますわ。(上手側台の上を指し示す)


 舞台暗転

 女1上手側台の上に登場

 女1に照明を当てる


女1 確かに、人生に打ちのめされ、最早自分を殺して陽の届かない暗闇の中を生きるより他に無いとの諦観を打ち払い、私の当体を愛し、肯定してくれました事は感謝してましてよ。けれど、それは最早私の内面でもできること、もう、一緒にいる程の価値も御座いませんかと。


 男に照明を当てる


男 幾度裏切られようと、地獄の底でも支える程の事その物への想いは無いのか。


 女2、台の上に登場


女2 ならば、そんな価値の無い者への愛情も尽きまして?

女1 愛情?はて、そんな感情だったのでしょうか?ただ情が残っていただけな気も致します。


男 結論ありきで誘導しているのじゃないか!さもなければ、あの時の笑顔やまた別の時の喜びの顔や声は、皆ただ虚なものだったの云うのか?そんな虚に占められた人生を送って欲しくないから、僕は今こんなにも必死なのじゃないか。


女2 ただの情だったと云う事に気が付いて、貴方は次に何をなさりたいのかしら?(女1に般若の面を差出す)

女1 (般若の面を見つつ)そう、剣を幾度も突き立てるべきなのでしょう。あの人が私を傷付けただけ、私もあの人を切り裂きましょう。


男 待ち給え。君たちは勝手に話を、しかも定かならざる心に任せ、全体を失おうとするのを当然とする様な話をしているんだぞ。何故、自分で自分を不幸ならしめる事を行おうとするんだ。そんな崩れる壁に身を委ねるばかりでは、孰れ身の破滅を招くばかりじゃないか。


 女2、剣を持ち再び男の前に登場


女2 人の在様は百界千如。何が不幸で何が幸福か、そんな事、如何して貴方に決められて?

男 千差万別だといって、己己に当体が在るのだから、それを自ら損じる様な愚行に惑い陥るのは不幸以外の何物でもありはしないじゃないか。その悪道悪趣に囚われてくれるな、と僕はずっとそう言っているだけじゃないか。


女1 そう、あの人はずっと同じ事の繰返し。(客席に背を向け般若の面を着ける)


男 止めるんだ!

女2 本人がそうしたいと云うのを止めようなんて、傲慢甚だしいのではなくて?

男 君は、本当に人を助けたいのか?

女2 ですから、個人の意志を探し出すお手伝いをし、それを尊重して差し上げていてよ?


女1 (童子の面を振り回しながら)私がこんなにも大事に大事にしようとしているのに。


男 大事にし続けているし、その君の気持ちをこれからも大切にしたいのに。

女2 ご自分が悪いのでは?


女1 あの人はちっとも云う事を聞いてくれない。(童子の面を投げ捨て、客席に振り返り、剣を掲げる)


男 何度も聞いているじゃないか。現に今でも……

女2 ご自分の考えに染めさせる為でなくて?


 男、錫杖を取り出し女2に向ける。


男 おのれ、人をして悪道に導く魔道鬼道の者め。

女2 それは御自身の事ではなくて?

女1 (大いに叫び)私のお友達に何と云う事を!(剣を振り下ろす)


 中央扉開いて霊女りょうのおんなとモレッタの面(黒い平面で目に穴だけ開けたもの)を着けた無数の女が男になだれ込む


男 (飲込まれながら)何故自分で自分を不幸にするのか……(倒れる)


 女1扉を潜り、倒れた男の前に登場


女1 邪魔するならば切り捨てる。


 女1剣を振り下ろし、男の面を剥ぎ取る


女1 ああ、すっきりした。

女2 (女1に皿を差出し)すっきりできたのなら幸い。


 女1、皿の上に面を置き、皿を受け取る

 女2下手から捌ける

女1 (皿の上の面を見ながら)これで、すっきりした。


 女1、剣を取り落とす

 照明落とす

 幕を降ろす


第2幕終了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る