第20話東の都討祓戦



東方倭国、冬季が終わりを告げて次第に気温が上がり、春の息吹が訪れる頃――


既に寝静まった東の都の一角では異質な存在が立っていた。



『穢狐姫、ヒック……これからやるのか?』



『そのつもりよ。 良い時間でもあるしねぇ』



豪華な着物を着崩しながら練り歩く妖艶な女性。


そして、筋骨隆々な裸体に獣の毛皮で作られた腰巻きの大男。



『まあ、今回は天導の実力を測る為だからな。 よっと』



『穢童子、あんた飲み過ぎよ。 これから一騒動起こそうって時に』



大男の穢童子は大人四~五人でやっと持ち上げられそうな大きなひょうたんを軽々と持ち上げ、中に入った酒をガバガバ飲んでいた。



『馬鹿野郎、ヒッ、これから宴が始まるんだ……ヒック、飲まずにいられるかってんだ』



『ならあんたは毎日宴じゃないのさ? まあ、へましなければいいわ』



そして、二人は各自周囲の民家へ侵入すると、中から次々と叫び声が響き渡った。


そして――



『ウガァァアァ!』



『ギヒヒヒヒィィ』



民家からは灰色の衣を纏った“穢れ人”達がその姿を現していった。



『グギャァァア!』



バシン!



『はぁ、こいつ等って理性がないから面倒よねぇ。 私に襲い掛かっても満たされやしないのに』



『色気ばっかだしてっからだろ? ヒック、ヒッ……俺達はどこで見物すんだ?』



『そうね、あそこが良さそうね』



穢狐姫が指差した先にはテレビアンテナが設置された建物だった。


五階建てのビルに、屋上からは電波塔が聳えている。



タンっと二人が勢いよく跳躍すると、その影は一瞬にして小さくなっていった。


そして、残された数名の穢れ人達はそのまま誰に命令されるでもなく、近くの民家を襲撃してその数を増やしていったのだった。



その数十分後――



『天導部隊、直ちに招集されたし! 第五区、普統ふとうにて多数の穢れ人が出現!

天導部隊、直ちに招集されたし!』



清導天廻内では次々に寄せられる住民からの通報で職員達が慌ただしく動いていた。



『第一部隊、招集完了』


『第二部隊、招集完了』


『第三部隊、招集完了』




「皆、集まりましたね」



東の都の清導天廻を治める大天導師、総葉そうば 偃月えんげつが招集された天導士達の前に立つ。



「先程、突然穢れ人が多数出現しました。

場所は第五区、普統。

住居区域にて多数ですから、住民が次々に穢れ落ちしているのでしょう。

更に被害が広がれば都の存亡に関わります。

直ちに穢れを祓って下さい」



「「「はっ」」」



総葉の言葉に招集された導士達が揃って敬礼をする。



「穢れ落ちた魂を天へと導かん――皆さん、お願いします」



招集された導士達が各部隊に分かれ、一斉に清導天廻から出撃していく。



「これも主の仕業のようですね……これ程までに大々的な侵攻です。

諜報部隊、主の存在を探って下さい」



「畏まりました。 行くぞ!」



総葉が次々に指示を出し、それを終えると各部隊の情報が集まる本部へと移動した。


本部内も職員が慌ただしく情報を集めており、円卓の中心には街の状況を映し出したモニターがある。



「現在、穢れ人の群れは第五区から第四区へと移動をしているようです。

指示を受けている、と言うよりかは本能的に、と言えるでしょう」



情報収集をしていた職員の一人が総葉に状況報告をした。



「分かりました。 どこかに主がいる可能性があります。

モニターから目を離さないように」



「「「はっ」」」









「皆、先程に清導天廻から通達があったわ。

第五区で穢れ人が群を成しているようなの」



「「えっ」」



天草家でも当主ある桔叶が現状を皆に伝えると、信じられないと言わんばかりに皆が驚愕した。



「他の伍家にも通達が行ってるはず。

天導士は直ちに出撃よ」



天草で現在、現役で動いているのは桔叶の夫である天導師の春道、天導士の静世と時正。


分家では全石、弟の全志、その他数名。


桔叶自身も天導師であり、動けるのだが当主としての役割がある為に、実際の討祓には滅多に参加しない。



「あの、私達は?」



紫苑と桜華は黙ってじっとしている事は出来ずに、討祓に参加出来ないかと進言した。



「そうね……二人ともまだ天導士ではないわ。 だから自重して欲しいけれど、そうも言ってられないのも事実。

ただし、無理は駄目。 必ず戻って来ると約束してちょうだい」



「「はい」」



「以前に穢れ人を祓った時とは訳が違う。 心して行きなさい」



二人は春道、静世、時正の後ろに並び、討祓へと駆けていった。


屋敷から討祓区域まではそう遠くはない。


しかし、既に被害が出てしまっているのか、周囲を見れば民家が崩れていたり、怪我人まで出ている。



すると――



『ウガァァア!』



「うわっ、ここにもいやがった! 皆、逃げろぉぉ!」



突然前方の民家から穢れ人が出現し、逃げ惑う人々を襲い始めた。



「まずい! 妬み、恨み、全ての罪を清めて純魂へと還りたまえ。

我が浄勁を以て汝の命、天へと導かん! 疾槍!」



春道が浄勁力を流した槍で素早く突進していく。


そしてグサっと穢れ人の胸部を貫いた。



「ウゥ……」



「安らかに眠れ」



穢れ人が水色の粒子となって天へと昇って行く。



「このまま周辺を警戒しつつ討祓する! 紫苑、桜華、二人は穢れ人を確認し次第必ず報告するんだ。 決して単独では動かない様に」



「「はい」」



すると、更に先で二体の穢れ人が確認された。一体はこちらへ向かって来ており、もう一体は近くの住民に鋭い爪を向けていた。



「疾矢!」



その距離で近接武器での攻撃は間に合わない、だからこそ紫苑は透かさず弓を引き、勁矢を放った。



ヒュン!



風を切る音が鳴ると、既にその矢は穢れ人の眉間を射抜いていた。



「ガ、ガガァ……」



「良い腕だな、紫苑」



「紫苑さん、腕を上げましたね」



春道、静世が紫苑の判断を称賛する。


そして、次第に穢れ人の数は増え、先程向かって来ていた穢れ人も静世と桜華の前に立ちはだかる。



「はっ!」



「やぁ!」



静世は刀、桜華は突剣を構え、二人が同時に向かって来た穢れ人を切り伏せ、討祓させていく。


時正もまた、刀を手にして周辺の穢れ人を倒していったのだった。









穢れ人の群れが街を襲い、天導士達がそれらの対処に追われている中、第四区のある場所では二人の天導士が二人の異質な存在と対峙していた。



「貴様等が主だな! 都を襲った報いを受けるが良い!」



『ふふっ、報いですって。 立派な事だと思うけど、幼気な女子に剣を振るうのかしら? 怖いわぁ~』



天導士の言葉に、まるで怯える様子もない穢狐姫がか弱い女性を演じて楽しんでいる。



「悪いが俺はに興味はないんだ。 そもそも人間でもないお前が何を言おうと祓わせてもらう!」



男は穢狐姫の言葉に耳を貸さず、刀を構えて一気に斬りかかった。



『年増ですってぇ?』



すると、穢狐姫は男の言葉に青筋を浮かべ、「私だってお前の様なちんけな男に興味はないっ!」と怒りを露わにすると、突然幾つもの尾がその身を囲う様に現れ、天導士の腕、足などを次々に突き刺していった。



「がぁぁ!?」



「おいっ、大丈夫か!?」



もう一人の天導士がその様子に慌てて声を掛ける。



『おっ~っと、お前の相手は……ヒック、オレだぜ?』



目の前に巨体が現れ、「ふんっ」っと太い棍棒の様な物を勢いよく振り抜いた。



「がっ!?」



天導士はそれを剣で防ぐが、その衝撃はまるで大型の車が突っ込んくるほどだ。その為、男は剣ごと吹き飛ばされてしまう。



『さて、私の悪口を言った罰よ? 目いっぱい働いてもらうんだからぁ』



穢狐姫が両手両足を貫かれた男の唇に自身の唇を重ねると、まるで愛し合っているかのように激しく愛撫し、やがて男は放心状態となった。



「ふふっ、初心な男ね。 さて、起きなさいな?」



その言葉に男が突然苦しみ出し、口からは灰色の煙が昇って行く。



「ガァァァァ……いやだ! 俺は、オレハァァ!!」



「良い音色ね。 じゃあそのまま一仕事してらっしゃいな」



やがて灰色に包まれた男はいつの間にか戻っている両手足を確認すると、持っていた剣を構えて街の方へと走り去っていった。


また、穢童子と戦闘を繰り広げていた男も酒を無理矢理飲ませ、そして洗脳するかのように耳元で語り掛けると、男がニタァっと不敵な笑みを浮かべ、次第に灰色に染まっていく。



「第二幕ね」



穢狐姫と穢童子は再び建物の屋上へと場所を移し、街全体を眺める。


穢れ人の出現ポイントとなった第五区は至る所で火の粉が舞い、沢山の悲鳴や断末魔が響いていた。



「絶景じゃないのぉ。 さて、どうなるのかしらねぇ?」



「はっはっは! こりゃあ酒のつまみにピッタリだぜ!」









「たぁ!」



「はっ!」



「おらぁ!」



第四区、第五区の境では天草の分家組である全石、全志、そして御華家の者達が周囲の穢れ人を討祓していた。



「チッ、キリがねぇなこりゃあ……ふんっ!」



全石は大きな剣を勢いよく振るい、まるで死刑執行人の如く穢れ人の首を刎ね飛ばしていく。



「ちょっと全石くん、こっちに穢れた頭を飛ばしてこないでちょうだい!」



「わりぃな! って余所見してっとお前が穢れんぞ?」



「舐めないでちょうだい。 それとも全石くんが私を守ってくれるの?」



「断る」



「むぅ~! バカ! アホ! 穢れ!」



ムキーっと腹を立て、全石に文句と悪口を言い放つのは御華家の天導師である御華流花みはなるか


現在、御華家の当主である御華龍仙みはなりゅうせんの妹であり、紫苑達が通う清導廻の御華楓の伯母に当たる。


また、現在紫苑達の担任となっている水鏡とは同期になるのだ。



御華家は家系的に色気が強くませている。


しかし、流花だけは色気はあるのだが性格上それを感じさせない。


故に周囲からは勿体ないと言われてしまうのだった。



「分かったからとりあえず集中しろバカ」



「あっ! バカって言ったわね!? もう信じられない。

全石くんなんて大っ嫌い!!」



流花は怒りをその拳に溜めて一気に目の前の穢れ人を殴り飛ばした。


そう、流花の武器は己の拳であり、グローブに浄勁力を流して討祓するスタイルなのだ。



「はぁ、うるせぇのと会っちまったな……」



「まぁまぁ、兄さん。 そう気怠そうにしないで一緒に頑張ろうよ」



「頑張ってるよ、全く。 全志、お前ももう少し集中しろ」



「えっ? してるじゃないか。 やだなぁ兄さんってば」



へへへっと笑って誤魔化しながらも次々と穢れ人を討祓していく全志は全石の弟であり、天草分家の人間。


モヒカンの様な髪型とピアスの強面な組み合わせの兄とは違い、茶色く少し長めの髪に優しそうというより、気弱そうな印象を持たれる姿だ。


しかし、その実力は全石も認める程であり、だからこそそのギャップは凄かった。



「全志様、怖い男が私を馬鹿にしますの! もう心が折れそうよ私……」



そういって流花は健気な少女を演じながら全志の胸に飛び込んだ。



「よしよし、大丈夫だよ。 もし兄さんが本当に流花をイジめるなら僕も一緒に戦うから」



「きゃー、全志様! 全石くんと違って大好きですわよ!」



「ありがとう。 じゃあ引き続き一緒に頑張ろう」



流花と全志は交際関係にある。


そして、何よりも流花は善志一筋なのだ。


それでも兄だからという理由で時おり距離を縮めようとする態度を取るのだが、全石の態度によってその努力は全て打ち崩されてしまう。


だからこそ、全石に対しては例え兄だとしても敬う事はせず、寧ろ好戦的な態度を取るのだった。



「バカップルが……」



「何か言いました全石くん?」



ギギギっと音が鳴りそうな動きで流花の首が全石へと向く。



「はいはい、何でもねぇよ」



既に穢れ人が出現してから数時間が経過し、ある程度の穢れを討祓する事が出来た。


しかし、未だ被害は広がりつつある中で第四区までもが遂にその舞台へと至ってしまった。



「穢れ人だ! しかも剣を持ってるぞ! 誰か天導士を呼んでくれ!」



「ぎゃぁぁ!?」



「ぐわっ!」



四区内に現れた二人の穢れ人、どちらも武器を手に持ち、次々と住民を切り伏せていく。



「させない!」



「はっ!」



騒ぎに早い段階で気付いた紫苑達は急いで第四区の出現ポイントへ向かうと、目の前には刀を持った二人の穢れ人が立っていた。



「あれは……織葉の時と同じって事ね……」



「天導士の穢れ落ち……」



紫苑、桜華は目の前に立つ者の姿をしっかりと目に焼き付け、そして武器を構える。


後方では静世や春道などが周辺を警戒しつつ追いついてきた。



「ウガァァ!」



「ゴァァ!」



ダッっと勢いよく二人の穢れ人が刀を振り抜き、紫苑と桜華を襲って来た。



「桜華ちゃん!」



「ええ、鍛錬の成果を見せるわよ!」



「うん!」



二人は左右に跳躍すると、そのまま一対一の体勢へと持ち込み、再び武器を持って構えるのであった。


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