第11話蠢く影


紫苑が天草家へ移り住み、天導育成機関〝清導廻〟へ通い始めてから三カ月が過ぎた。


季節も秋から冬へと変わり、新しい一年を迎えた街は寒い中でも活気付いている。



現在、〝清導廻〟は冬期休暇となり、通い始めるのは一週間後。


二人は既に課題を終わらせ、街へと訪れていた。


ちなみに課題、それは浄勁力の増加とエレメントを活かした戦闘の強化だ。


幸いな事に天草の宗家に身を置く二人は時おり訪れる天草全石に指南を頼み、鍛錬を重ねたのだ。



「紫苑、お腹は?」



「空きましたぁ~! 全石さんの鍛錬はキツ過ぎます!」



「そうは言っても強くなる為なんだから仕方ないでしょ」



「まあそうですけど……。 それで、何食べるんですか!?」



二人が訪れたのはジャンクフードの店だった。



「たまにはこういうのもいいわよね?」



「うわぁ~、えっと……パンにハンバーグが挟んでありますね!?」



「ハンバーガーって言うのよ。 美味しいけど毎日食べたら太るから気を付けて」



「分かりました!」



紫苑は元気よく答えると、それぞれセットを注文して空いてる席へと座った。


すると――



「紫苑、桜華、久しぶり」



「わぁ! 真那ちゃん! 久しぶりです!」



「あら、こんな所で会うなんて奇遇ね」



凩一族、凩真那が一人でポツっと座り、ハンバーガーを堪能していた。



「真那ちゃんも一緒にどうですか?」



「じゃあ、遠慮なく」



三人は冬期休暇の過ごし方や鍛錬などについて話していると、段々真那の表情が青ざめていった。



「あれ? 真那ちゃんどうしました?」



「マズい……課題、忘れてた……二人の話しを聞いて思い出した……あぁ~」



まるで敵に切り伏せられた様にテーブルへ倒れ込んでいく。



「まあ、まだ一週間あるし本気でやれば間に合うんじゃないかしら?」



桜華がそう告げると、ピクっと反応し、顔を上げてジーっと桜華を見つめる。



「な、何かしら……?」



「桜華、手伝って」



「手伝うって言われても何をするの?」



「一応、構成は考えてる。 後は形にすれば一件落着」



「そ、そう……なの?」



「うん、だからお願い。 紫苑、良い?」



「はい、良いですよ!」



真那は二人の了承を得ると、早速ハンバーガー類を食し、真那が普段鍛錬している凩家所有の訓練場へと訪れた。


天草の訓練場と広さは変わらないが、周辺には沢山の木々が生えていて、それらを飛び移りながらという戦法も取れるようになっている。



「それで、構成は出来てるって言ってたけど、どんなの?」



桜華は先ほど真那が告げた言葉を思い返すと、それを訪ねた。



「チロ、おいで」



真那の言葉に火のエレメントであるチロが反応し、ポンっと肩に現れた。



「こう、!って言うの」



「「えっ?」」



「だから、火で!だよ」



「「……」」



真那のあまりに抽象的な発現に紫苑すらも固まってしまい、桜華と向き合ったまま黙り込んでしまった。



「火がズドーンってなって……ん、チロ……伝わらない」



「効果音だけ言われても分からないわよ誰だって……」



「真那ちゃん、何かこう……流れ的なのはありますか?

火がこうなって、こうなって、それで最終的にズドーン、みたいな」



紫苑の発言も真那とあまり変わらないのだが、それでも紫苑は頑張って伝えてみたようだ。



「こう、火の浄勁投法で、それが的に当たった瞬間爆発する、みたいな?」



「なるほど!」



「それなら仮に防がれたとしても接触の時点で爆発するから良いかも、って思って」



「確かに前の実技講習の時、水鏡導師は刀で打ち落としてたわね。

良い所に気が付いたんじゃない?

ただ、一度見破られるとその後は使えないと思うわ」



「うん、だから先手必勝。 もしくはそれを囮にする」



真那はしっかりと技の特性を考え、その先までしっかりと見据えていた。しかし、肝心の技がまだ完成していない為、現時点では何とも言えないだろう。



「桜華、氷でそういうの出来る?」



真那はもしかして、と思い桜華に尋ねてみた。


桜華は氷のエレメントで、〝氷姫〟と呼ばれる程に浄勁力の操作が得意なのだ。



「そうね……」



ん~、と少し考えると、周囲に氷の蝶々を展開させた。


そして、近くに落ちていた木の棒を氷の蝶々へ投げると、拳ほどの大きさだった蝶が肥大化し、木の棒を包み込んだ状態で地面に落ちた。



「桜華……すごい! それ! それを私が火で出来れば完成する!」



真那もその様子に興奮し始め、紫苑も「すごい!すごい!」と目をキラキラさせていた。



「ま、まあ私だからこの程度は造作も無いわ」



桜華はあまり褒められ慣れていない。


そもそも人との関りをほとんど持たなかった為、こうして素直に喜ばれると恥ずかしさが出てしまうのだ。


だからこそ、それを隠す為に敢えて強気なセリフを吐いたのだった。



「と、とりあえず浄勁力と火のエレメントを融合させて、その時に爆発のイメージを組み込むのよ。

後は直ぐに爆発しないように制御して、異質が触れた瞬間に操作を解除。

まあ、接触と同時にと言うのは私でも難しいけど、最初から爆発する形で後はそれを操作する方が簡単だと思うわ」



「なるほど! 桜華、天才。 チロ、やってみよう」



チロは下を出し入れしながら肩の上で見守っている。



「先ずは爆発のイメージ、それを籠手の方に流して手裏剣を形成……」



すると、真那の手に勁力の出来た手裏剣が生まれた。



「よし、それっ!」



真那が勢いよくその手裏剣を投擲すると回転しながら正面の木へと飛んでいく。



「今だ!」



真那は素早く爆発制御を解除した。


しかし、手裏剣はそのまま気にザンっと刺さり、光になって消えていく。



「うぅ……失敗」



「操作がまだ足りてないのね。 まあ、後は続ける事よ」



すると、それを見ていた紫苑が真那へ口を開いた。



「真那ちゃん、爆発はしてみたらいいんじゃないですか?」



「「お願い?」」



紫苑の発言に桜華も驚き、その言葉を繰り返してしまった。



「桜華ちゃん、以前天草の訓練場で私が放った風の矢を覚えてますか?」



「ええ、確か剛風矢ごうふうやだったかしら?」



「はい、あれは私が放った矢にタケヒコが風を纏わせてます。

だからそれを考えると、真那ちゃんが投げた手裏剣の火を火のエレメントであるチロが操作すれば出来ると思いますよ」



「なるほど、確かにそうかもしれないわね。 真那、やってみたら?」



「分かった。 チロ、行くよ」



チロは鳴かない為、舌をチロチロしながら構えた。



「はっ!」



そして、再び真那が浄勁の手裏剣を投げ、それが木に刺さる瞬間――



「チロ」



すると、真那の呼び掛けに反応したのかチロの目が一瞬光を放ち、同時に投げた手裏剣が木に刺さるタイミングで爆発を起こした。



ドゴォン!



煙が昇り、それが晴れると木は円形状に抉れているのが分かる。



「真那ちゃん! やりました!」



「やったよ、紫苑! 桜華! ありがとう。

チロも、ありがと」



真那はチロの頭を指で撫でると気持ち良さそうな表情を浮かべる。



「これで課題はクリアね」



「うん、ありがとう二人とも」



そして真那は引き続きそれを練習して熟練度を上げる作業へ入った。


紫苑と桜華はそれに触発されたのか、天草家の訓練場へ戻ると直ぐに鍛錬を開始するのであった。









東の都は帝が住まう皇居などが建ち並ぶ第一区、帝都〝皇宿こうしゅく〟の他に第七区まで存在する。


伍家もそれぞれの区域に屋敷を持ち、天導士が所属する〝清導天廻〟は第二区、育成機関である清導廻は第四区に建つ。



その中で飲食、雑貨、本、娯楽などの店が建つ商業繁華街である第三区〝盛国せいこく〟。



夜になれば飲み屋街にもなり、人々がお酒や美味しいご飯を求めて行き交う場所だ。


その一角にある女性が接客するお店の一室――



「華姫さん、今日こそ一緒に過ごしてくれますよね?」



一人の男が高級そうなソファに座り、お酒を飲みながらも隣に座る〝華姫はなひめ〟と名乗る女性を口説いている。



「うふふっ、嬉しいわ吟浄ぎんじょうさん。

でも、私も仕事をしないと……今日の分をちゃんと稼がないと病を抱えた母を養えないの……」



華姫はほろほろと涙を抑えるような仕草で手を目の下に当てた。



「今日の分……、これで良いですか?」



吟浄はテーブルの上にドサっと、恐らく100万円はあるだろう束を置いた。



「そ、そんな……」



「良いんです。 それだけ僕は本気ですから。 これで今日はもう上がっても問題ないですよね?」



「ほ、本当にいいの?」



「ああ、これで華姫さんが安心出来るなら頼って欲しい」



「もう、ありがとっ吟浄さん!」



華姫は満面な笑みを浮かべて吟浄に抱き付く。



「い、いいんです。 と言うか、やっぱり綺麗だ……」



「ふふっ、褒め過ぎよ。 じゃあ行きましょう?」



華姫は近くに立っていた黒い服の男性と話をし、吟浄と二人で店を後にする。



〝華姫〟


第三区、盛国の一角にある飲み屋、【楽縁らくえん】で働く看板娘だ。


歳は20代前半で長く、艶のある黒髪は胸まで伸び、後方の髪は頭部で丸く束ねている。


基本的に花魁の様な着物で、豊満な胸が色気を全面に押し出していた。


背も172センチと高く、誰もが憧れるモデルの様な体型でもある。


だからこそ、この店一番の売れっ子であり、誰もが一夜を共にしたいと願い、通い続けるのだ。


また、華姫自身も貞操概念は軽く、勿論人は選ぶがしっかりと通い、口説いてくれて嘘をつかない相手であれば仲良くし、チャンスを与えていた。



しかし、同時に噂もちらほら耳にする。



〝華姫と関係を持った者は穢れ人になる〟



と――





吟浄は第三区域に店を構える大手商人の息子で、複数展開する内の3店舗を任されている、成功者の一人。


妻子持ちではあるのだが、それでも結婚前から華姫に恋心を抱き、数年間店に通っていた。



「やっと華姫さんと結ばれるのですね」



「ふふっ、私も嬉しいわ。 こんなに大切にしてくれる人なんていなかったもの」



傍から見ればラブラブな二人で、すれ違う男達は華姫の姿に鼻の下を伸ばしていく。


そして、その美しい女性の隣を歩いている吟浄は優越感に支配されていった。



二人は店から少し離れた宿に立ち寄り、甘い時間を過ごしていく。



その後、宿を出て二人は別々に分かれたのだが――



「おい、華姫! 何故だ!?」



「あら?」



華姫が帰路の途中、後ろから別の男が怒号を浴びせて来た。



「壮介さん、久しぶりね?」



壮介と呼ばれる男もまた、以前店に通って華姫と関係を持った男だ。


しかし、事業に失敗すると店に通う事が出来なくなり、華姫とも疎遠になってしまっていた。



「白々しい! 俺が一番だと言ったじゃないか! なのに何故別の男と宿に行ってるんだ! 連絡も寄越さず!」



「連絡をくれなかったのは壮介さんよ? 私の所為にされても困るわ?」



「俺だって必死に働いてお前に会いに行こうとしてたんだ!

なのにお前は……」



「一つ勘違いしてるかもしれないから教えてあげるけど、別に私は貴方とお付き合いはしてないわよ?

実際にそういう話はしてないでしょ?」



「なっ!? ぐぅ……」



二人は以前、甘い夜を確かに過ごした。


それも一度ではない。しかし、壮介は〝交際〟を申し込んだ事はなかったのだ。


実際に、ただ一度抱ければいい……そう考えていたのだが、会えば会うほど華姫の魅力に惹かれ、抱けば抱くほど愛おしくなる。


だからこそ、事業に失敗した事で疎遠になった事実は、壮介の中では〝捨てられた〟と変換されていたのだった。



「ふ、ふざけるなぁ!」



壮介は華姫へと掴み掛かり、乱暴にその服を脱がしていく。


二人が居る場所は人通りも無く、裏道だ。



「あ、やめてっ!」



「お前が悪い! 全部お前の所為だ!」



「ダ、ダメぇ……、ふっ、ふふっ」



「なっ!? 何がおかしい!?」



「そんな乱暴にしたら人生終わるわよ?

と言っても、もう遅いと思・う・け・ど?」



「だ、黙れ!」



壮介は興奮気味に華姫の着物をずらすと、顔を埋めていった。



「はぁ~、これから用事があるのよ私。 だからどいてくれない?」



「お、お前なんでそんな冷静なんだよ! 俺はこんなに苛立ってるのに!」



「それはね、貴方がどうでもいい存在だからよ」



「えっ……」



「あら、素敵じゃなぁいその絶望した顔!」



華姫はパンと手を叩いて壮介に押し倒されているにも関わらず、嬉しそうな表情を浮かべていた。



「ねぇ、聞いてくれる?」



「な、なんだ……」



押し倒されている華姫の両手がまるで壮介を迎え入れる様に両頬を包んだ。



「私ね、お金が無い人に興味ないの。

それに、私に貢ぎ過ぎて事業失敗して連絡も出来なくなって捨てられて……それって私の所為じゃないわよね?


じゃあ誰の所為?


他の誰でもない、あ・な・たでしょ? ふふっ、あはははっ」



「くっ……くそっ……殺してやる……殺してやるぅぅ!!」



ガっと壮介は華姫の首を掴み取り、ギューと圧迫していく。


しかし――



「貴方に私は殺せないわよ?

だから汚い手で触らないでくれるかしら?」



華姫はパシっと壮介の手を弾くと、ゆっくりと立ち上がる。


そして、壮介の耳元に妖艶な声で呟いた。



「お金も仕事も女も失って……ご愁傷様っ」



壮介はもはや何も口にせず、その場に崩れ落ちて行った――











翌朝――



〝ピッ〟



紫苑は早めに起き、鍛錬を終えるとそのまま部屋へ戻って来た。


そして、リモコンでテレビの電源を入れるといつも通りニュースが流れる。



『昨夜未明、第三区の成国で穢れ人が出現。


既に天導士によって祓われておりますが、近くを通り掛かった男性二名、女性一名が怪我を負いました。


また、第三区に複数店舗を持つ大手商人の長男、村壁吟浄むらかべぎんじょうさんが店長を務める2店舗が全焼しました』



「また穢れ人、最近多いね? タケヒコ」



「キュル!」



「さて、今日からまた清導廻が始まるよ。 タケヒコ、大人しくしててね」



「キュルル!」



紫苑は部屋を出て桜華と共に久しぶりの機関へと足を運んだ――

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