猫子の事件簿 file1 『快生教団殺人事件』
館西夕木
プロローグ 快い人生を
1
「おかげさまで、幸せな一生になりました」
そう言い残して死んでいったのは、まだ二十歳を過ぎたばかりの青年だった。
彼は幼い頃に両親と死別し、親戚の間をたらいまわしにされながら孤独な幼少期を過ごしてきた。暗い部屋の片隅で冷たい食事を食べ、硬い床の上に敷かれた薄い布団の中で朝を待つ日々だったという。
そんな彼の願いは、温かい家庭を築くことだった。だから叶えてやった。彼は人生の最期を、愛する者と共に過ごすことができたのだ。
そして、彼と共に死んでいった彼女もまた、愛に飢えていた一人だった。
「私を大切にしてくれる人と死にたいんです」
彼女は物心ついた時から、実の母親とその交際相手から虐待を受けていた。体中に青い痣を作りながら、それでも自分を産んでくれた母を憎むことができず、いつか母が自分を愛してくれる日が来ると信じて、ただひたすら折檻に耐える日々だったという。
結局、その想いが伝わることはなく、母は彼女が十歳の時に交際相手の男と蒸発してしまった。
体と心に消えることのない傷を刻まれた彼女は、過度な自傷を繰り返し、痛みによって生を感じるだけの廃人となりかけていたのである。彼女の世界とは、淀んだ黒の中に痛みという名の赤色を塗るだけのものだった。
だから救ってやった。
愛を求めていた彼らを引き合わせ、仲を取り持った。意外にも、二人とも対面した当初からお互いにまんざらでもない感触を持ったようで、そこから「理想の家庭」を築くまでは、坂道を転がり落ちるボールのように加速度的に進展していった。
彼らの運命はこれで固定された。
孤独だった人生の最期に、濃密な愛の時間を彼らは獲得したのだ。
人は同じ人生を繰り返す。
天国や輪廻転生という概念は死への恐怖が生み出した幻想にすぎない。
人が本当に恐れるべきは、永遠という牢獄なのだ。
楽しいことや苦しいこと、悲しいことにうれしいことも、寸分の狂いなく繰り返される。人の一生は永遠にループし続けるのだ。
だったら、と
人生の絶頂期で命を絶てば、その者はそれ以上の苦難にさらされることなく、幸せな最期が待つ人生を繰り返し生き続けることができるのではないだろうか、と。
彼らの幸せに満ちた死に顔を見て、日絵は確信した。
これこそ、人類が幸福になる唯一無二の手段である。この思想を広めることこそ、自分の使命だ。ニーチェの提唱した永劫回帰を完全に理解し、超人として覚醒した自分にしかできないことだ。
思い立ってからは早かった。
思想を同じくする仲間たちと共に宗教法人日本
教団はゆるやかに、だが確実に発展した。今から二十年近く前の話である。
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