第3話 レイスのお願い

 

 ★★★


「さあさあ、あがるのです、クリフ!」

「ああ、わかった、わかったらあまり引っ張るんじゃない」


 灰色の髪をゆらす少年のような少女レイス・アークスターが俺の手をひいて、嬉しそうに先導する。


 俺が招かれたのは、このあたりの領主を務めてる貴族、アークスター家の屋敷のようだ。


 まともな家には久しぶりに入る。

 ライトフック家を追放され、はやいもので3ヶ月。


 毎日を修行に費やしながら、旅をつづけ、いきずりの人を助けたり、を倒したりしていたら、あんな奇妙なのに出会うのだから、人生とは驚きに満ちている。


 ニコニコと微笑む少女を見下ろす。


 どうにも、あの透明な巨人を倒したことで、この領主の娘レイスに、わりと気に入られてしまったようだ。


「クリームケーキにしますか? それとも、カボチャケーキがいいですか? 好きなものを持ってこさせます、ハンス! さあ、アークスター家が誇る最高級の茶菓子をここに持ってくるのですよ!」

「はい、旦那様、ただいま」


 通された客間で待機していた老執事が、レイスの一声をうけて、品の良い礼をしてさがっていく。


 あの爺さん、なかなかの使い手じゃないか。


 それにしても、こんな少女を旦那様とは、また異な呼び方をする。


 それでは、まるでこの少女が聞こえるじゃないか。


「お待たせいたしました。こちら今朝、わたくしめが作らせていただいたバターケーキでございます」


 老執事の手によって香ばしい香りのケーキが運ばれてきた。


 湯気の昇りたつ熱々の紅茶も淹れられ、柄にもなく背筋をただしくなる気分になる。


「すまない。わざわざ、こんなに良い菓子を、ありがとうーー」


 ライトフック家で学んだ礼節でもって、感謝を述べようとしたその時。


「こらこら、ハンス! 美味しいけど、美味しいけど、じぃじ執事の手作りケーキじゃ、格好つかないのですよ! まったく、もう、まったくっ!」


 バターケーキを頬張りながら、少女が怒りだした。

 しかし、態度とは裏腹においしい物をたべた反動で、顔が幸せいっぱいになってしまっている。


「とは言っても、旦那様、菓子など食べてる余裕はない、民はきっと苦しんでいる、と嗜好品の類いの購入を禁じてしばらく経つではありませんか。我らのアークスター家には、茶菓子などはございません」


 コソコソと小声でレイスに耳打ちする老執事。


 鍛えられた聴覚で全部聞こえてしまっているが、今は聞こえぬふりをしてバターケーキを食す。


 なんだこれは、美味すぎる。


「コソコソ……むう、これでは″貴族決闘きぞくけっとう″に出場すらまえに英雄さんに、舐められてしまうのですよ……コソコソ」

「旦那様、ここは見栄を張る場面ではございません。我らには正規の手段で、英雄・豪傑を備える手段など残されていないのです、金銭的にも、人脈的にも、時間的にも」

「むぅ、わかりました。ここはアークスター家の未来のために、包み隠さず話し、頭を下げるしかないというわけなのですね」


 決心した様子のレイス。


 はて、だいたい聞こえてたが一応、初耳感を演出して傾聴してあげよう。


 金銭的余裕のない領主家。

 なんとなく彼らが苦しい状況にあるのは察することは出来るしな。


「おほん……あの英雄さん、ぁ、……んっん、英雄クリフォード、いえ、クリフ。私たちにはお話があって、あなたにここまで来てもらったのです。まずは隠していたことを話します」

「聞こうか」


 紅茶を机において、レイスの青い瞳を見つめる。


「では、あらためて自己紹介を。私はレイス・アークスターです。アークスター家の5代目当主にして、この家を没落の危機におとしいれた愚か者なのです。というか、もう没落してます、ぅぅ」

「……ほう」


 これは驚いた。

 いや、14歳かそこいらの見た目で、当主なのもそうだが、普通の貴族ならこんな風来坊ふうらいぼうの怪しげな見た目の男に、弱みになるようなことは言わない。


 髪はボサボサ、シャツはくたびれ、右腕の袖は度重なる右フックの影響で、ほとんど擦り切れて消滅してしまっている。


 正直、俺の格好は貴族のまえにでるには、あまりにも礼を欠いてるし、非常識極まると言える。


 そんな俺にどうして、このレイスという少女は打ち明けたのだろうか。


「私はアークスター家を、ここで終わらせたくないのです。お金を取り戻し、敏腕な運営で活気を取り戻し、誰にも真似できない交渉でもう二度と領地をおかさせることないように、繁栄したいのです!」


 なんて正直な少女。

 すさまじく特殊性のない野望だ。


 ふむ、没落した家を再興させたいのはわかった。


 しかし、どうやって?

 こんな風来坊になにをしろって?


「そのために私、頑張ったのです、なにか一発逆転の手はないものかと! そして、見つけたのです、まさに奇跡にも等しい所業、いえ、奇跡をつくる戦いのうまい話を!」

「奇跡をつくる戦い、か。それはつまり……」


 怪しいお話、ということかな。


「勝者には名誉と″どんな願いでも叶える奇跡″があたえられる、貴族によるほまれある戦い『貴族決闘きぞくけっとう』が近いうちに開かれるのですよ!」

「ほう、どんな願いでも、か。それはーー」


 正攻法では、もう風前の灯火のようなアークスター家は救えない。


 だから奇跡にすがるしかない、と。


 尋常じんじょうなら一笑して、耳をかさないが……あいにくとその貴族決闘という言葉には聞き覚えがある。


 たしかライトフック家に、その戦いを勝ち抜くよう依頼が来ていたとか妹のマリアが言っていた。


 ライトフック家に依頼をだす存在は、十中八九、金持ち、権力者、闇の世界に生きる者……そんな奴らが、眉唾な″どんな願いでも叶う″なんてうたい文句をうけて、暗殺の達人を雇いいれるだと?


 あの家の仕事は安くはない。

 となれば、そこには何らかの信憑性があるはず。


 貴族決闘、ただのキテレツなデマでもないかもしれない。


「それはーー興味深い話だ。ぜひとも聞かせてもらおう」

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