第1話 追放される男

 

 俺の名はクリフォード・ライトフック。


 ただいま、実家との縁を切られそうになってる……暗殺者だ。


 理由は単純、俺がいっこうに『右フック』以外の技を覚えようとしないから。


「クリフ、貴様、長男として恥ずかしくないのか」


 23年、住み続けた家の主人、俺の父親ライトニング・ライトフックは眉間のしわを深めながら言った。


「俺はやるべきことを、やってきただけだ。継続と安寧をよしとした、あんたとは違う」

「くっ、貴様……っ!」

「アナタ抑えてください。そっちも挑発しないで、クリフ」


 彼らには理解できないだろう。

 俺の思考と目的が、どこを目指しているのかが。


 別にそれは構わない、仕方ないことだ。

 されとて、行くてを邪魔されたくない。


 俺はライトフックの末裔として、ほんとうの意味で唯一正しい継承者であるのだから。


「クリフ……この、クズめが……」


 常人なら気絶してそうな、生唾のむことすら、はばかられる、緊張感に包まれていく、父の書斎。


 目の前にならぶのは父、母、妹、弟たちと、いとこ、はとこ、あんまり顔を見たことがない親戚まで……こわい顔して皆一様にこちらを見てくる。


 こいつらみんなが殺しの達人だ。


「そうか。なら、もういい……お前は、もういい。あいにくと、ここには『せんわざ』のマリアは呼んでいない……が、カドラーがいる。ほれ、そこな恥知らずを叩きのめしてやれ、カドラー」

「ウヒヒ……わかったよ、パパぁ!」


 親戚団のなかから、見慣れた弟の顔がずいっと前へでてきた。


 俺よりも器用で、100の暗殺術を極めたとかいう、天才的暗殺者カドラー・ライトフック。


 ちと頭が弱いが、こいつも天才肌だ。


 身長2メートルを超える巨漢で、怪力と技術をあつかう暴風雨のような暗殺スタイルを好む。


 いちおう、俺はこいつのお兄ちゃんとして、それなりに優しくしてやってきたわけだけど……うん、迷いがないよ、この子。完全に俺のこと殺す気じゃん。


「はあ……こんな家族のあり方は間違ってるってずっと思ってた。なぁカドラー、お前だったらわかってくれると思ったが」

「ウヒヒッヒ……にいちゃん、ダメだよ、パパの命令は絶対なんだ。だから、殺すね」


 カドラーがぬらり、ゆらりと暗殺歩法『陽炎かげろう』にはいった。


 対象には、残像が重複して見えるライトフックの秘儀のひとつ。

 初見の相手には、まず実像をとらえることすら、ままならないのだろうが……まあ、俺には効かない。


 どんだけその技を見てきたと思ってんだ。


 赤い絨毯をもっと染めてやる、とかなんとか言いながら、厳しい鍛錬のすえ分厚くなった手のひらをわきわき、にぎにぎして近づいてくる実の弟カドラー。


 仕方ない、やろう。


「にいちゃん、にいちゃん……バイバイッ!」

「ああ、じゃあな」


 カドラーの動きが一息ひといきに俊敏になり、巨体が俺の目のまえに現れる。


 せまる巨腕。この角度首を外しにきてる。

 ここは彼の名誉のため、技を受けてもいいが。


 ただ、弟よ、それは困るんだ俺。

 首はずされたら、にいちゃん、死んじゃう。


 ゆえにーー。


 首を掴みにかかる腕をスッと上体をひいて、滑らかに避ける。


 技でもなんでもない、ただの背後へのステップ。


「ッ!?」

「なっ!」

「ありえない、なんだあのスウェイは……ッ!?」


 背後の親戚達が目を見開くのを視界端に、俺は自身の体の筋肉ーー右フックを打つために最適化され、進化した前人未到の『右フック筋』を覚醒させる。


 さあ、目を覚ませ、右大胸筋アンディ!


「フッ」

「っ! にいちゃーー」


 視覚にとらえさせない黄金の一閃。

 血湧きプラズマの尾を引く、カウンター右フックでもって、目の前から巨体をフェードアウトさせる。


 弾ける熱量ただようなか、父の書斎は静謐につつまれた。


「ぁ……」

「な、何が……」

「へ……?」


 壁を幾枚も突き破り、はるか向こうに消えた弟。


 1%以下の筋肉稼働率。

 最大限に手加減はした。

 たぶん生きてるだろう。


 俺は手をパンパンッ、と打ち合わせて彼らへ向けて一言「さようなら。ありがとうございました」と淡々とのべ、書斎の扉に手をかけた。


 ん?


 扉の先に人の気配。


「マリアか。何してるんだ?」


 扉をあけると、廊下で妹の姿を見つけた。


 その美しい蒼瞳には、優しさとは裏腹に、仕事とあれば割り切り、いかなる殺人をもおこなう冷徹な心を秘めている。


 今回の追放審問には呼ばれてなかったが、気になって聞き耳でもたてていたのだろう。


「いや、盗み聞きしてたんじゃないです。部屋にいたら、カドラーが壁を突き破って飛んでくるビジョンが見えたので、何事かと……それより、兄様! 兄様はライトフック家を去るのですね! でしたら……でしてら、このマリアもオトモします! 私も家をでます!」

「なに戯言言ってんだ。それじゃな、たぶん俺はもう戻らないから、これからのライトフック家はお前に任せたぞ」


 稀代の暗殺者である妹の、細やかな黒髪をなでくりまわし、俺は彼女の細い肩にてをおいて廊下をあるきだした。


 後方で当代最強にして、最大の稼ぎ頭であるマリアを引き止めんとする父親の声と、姉を押さえつけようとして蹂躙される弟・妹たちの声が聞こえてくるが、それはもう俺には関係のない話。


 初代ライトフックの意思は俺が勝手に継ぐ。

 だから、もうこんな血も、涙も、情もない家族なんかとはおさらばさ。


 さてと、から、はやくライトフック家ここをでようか。

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