私は知っていたよ。
登校初日から私は芹沢さんと仲良くなった。彼女の好きな教科、好きな映画、好きな音楽…。とにかく知りたいことは全部質問した。聞きたいこと、伝えたいことは山ほどあった。
けれども、彼女のことを知れば知るほど、なぜだか距離が遠くなっていく気がした。芹沢さんは可愛くて、真面目で、誰に対しても親しく接してくれる。そのことにみんなが気づくのに時間はかからなかった。高校生活が始まってわずか一週間で、彼女はたちまちクラスのアイドルになった。
私のクラスでの位置づけは、どこかお調子者で、他の人を楽しませるような存在だった。私は自分のポジションに満足していた。この場所だったら、一番自分らしくいられると感じていたから。
でも、やっぱりなんとなく寂しかった。自分と芹沢さんは違う人間なんだ。そう思うたびに、胸が痛んだ。おかしな話だ。人と人は違っていて、それぞれに良さがあって、互いに認め合うことが大切なのに。そんな当たり前のことを素直に受け入れられない自分のことを変だなと思った。
もしかしたら、私は芹沢さんと関わることで、彼女と同じになれると思っているのかもしれない。今よりももっと素敵で、可愛い人になれると信じているのかもしれない。
ほんとに変な話だ。私は私、芹沢さんは芹沢さんなのに。そんなこと、最初から知っていたはずなのに。
私が冗談を言うたびに、芹沢さんはふふっと笑った。その笑顔を見るたびに、なぜだか切なくなった。彼女は本当に魅力的だった。みんなが芹沢さんの周りに集まる。いつしか私は取り巻きの一人になっていた。彼女と二人きりで話すことも、少なくなっていった。
いつのまにか、私は芹沢さんを遠くから眺めるようになっていた。彼女に話しかけることも、次第にためらうようになっていった。
本当はこんなにも仲良くなりたいのに。話しかけようと思っても、いつも彼女の隣には別の誰かがいた。私の入り込む余地なんてないように思えた。芹沢さんは変わらず私に接してくれたけど、その優しさに包まれるたびに悲しい気持ちになってしまう。
芹沢さんにとって私はきっと、たくさんの友達の中にすぎない。一番の親友でもないし、一番の大切な人でもない。
私は、芹沢さんの中の一番になりたかった。誰よりも彼女に信頼される存在になりたかった。
ああ、もっと仲良くなりたい。もっと、彼女に好かれたい。
そのためには、一体何をすればいい?私はどうすればいいんだろう?
人に好かれるためには、その人が望んでいるもの、欲しいものを差し出せばいい。
そんな言葉を思い出した。確かに、自分の願いを叶えてくれるような人がいたら、誰もが大切にしたいと思うだろう。芹沢さんだって、きっとそうだ。
じゃあ、彼女の願いってなんだ?望んでいるものってなんだ?
わからない。全然わからない。彼女と話していても、その答えが見つからない。彼女は頭もいいし、可愛いし、性格もいい。ほしいものなんてないように思える。
だめだ。普通に接していても、芹沢さんの願いなんてちっともわからない。誰だって、一つや二つ叶えたいことがあると思うんだけれど…。
私は徹底的に芹沢さんの行動を観察した。彼女が朝学校にやってきて、夕方下校するまで何をしているのかをつぶさに見て、そこから何かのヒントを得ようとした。
自分が気持ち悪いことをしているのはわかっている。でも、私は芹沢さんの願いを見つけるのに必死で、倫理観とか道徳とか、そういうことを考える余裕はなかった。そんなものはかなぐり捨ててもいいと思えるくらい、彼女のことで夢中だった。
毎日毎日そうやって観察を続けているうちに、次第に「ある事実」が分かった。
授業中や休み時間中、芹沢さんは一人でいるとき、きまって窓際の前の席の方に顔を向ける。そのとき、彼女の頬は少しだけ紅潮している。すごく愛おしそうな瞳で、ちょっぴり悲しみを感じながら、熱い視線を向けている。
その視線の先には…。
松田くんがいた。
彼のことはあまり知らない。大人しそうな男の子だ。誰かと話しているのを見たことがない。いつも黙って本を読んでいる。なんとなく自分と気が合う雰囲気を感じていたから、前から話してみたいと思っていた男の子だ。いつもどんな本を読んでいるのか、聞いてみたかった。
芹沢さんは松田くんのことを時折見ていた。瞳の奥に強い光が宿っている。人は心が揺さぶられるとき、そんな瞳をしている。その美しい横顔を見れば見るほど、私の頭の中の仮説は確信に変わっていった。
間違いない。芹沢さんは、松田くんに恋をしている。
でも、彼女が松田くんと話している姿を見たことはなかった。二人は仲がいいという噂を聞いたこともない。もしかしたら、芹沢さんは彼と仲良くなりたいのに、まだ勇気を出して話しかけられないのかもしれない。
だとしたら、きっと芹沢さんの願いは『松田くんへの片思いを成就すること』だ。そして、彼女がそんな願いを心に抱いていることを知っているのは、世界中で私しかいない。
この広い地球で私だけが芹沢さんの力になれる。私が二人の間をつなぐ架け橋になるんだ。
やっと彼女のために行動できる気がして、私はうれしかった。
二人の愛のキューピッドになる。
心の中でそうつぶやいて、小さくガッツポーズをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます