彼女の考えに、もっと触れてみたい。
教室の扉を開けると、教壇の上にいた先生がこちらを少し見ながら、入学式について話し続けていた。私は空いている席をすぐに探して、急いでそこにすべりこんだ。周りの学生は驚いた様子で少しだけ私を見て、すぐに先生の方に顔を向けた。
恥ずかしい…。
みるみるうちに、顔が赤くなっていくのを感じる。
なんで登校初日から遅刻なんてしちゃうんだろう…。ほんとおっちょこちょいだわ、私。
さっきまでは綺麗な女の子に出会えて嬉しかったのに、急に後悔する気持ちが押し寄せてきた。
恥ずかしすぎて、うつむいて自分の手のひらばかり見てしまう。
いけない。しっかり先生の話を聞かないと。
勇気を出して前を見つめたとき、前から三番目の席に見覚えのある女の子がいた。その子はまさしく、私が玄関の前で出会ってすっかり見とれてしまった、あの綺麗な女の子だった。
同じクラスだったんだ…。
信じられない。こんな偶然があるなんて。いや、これは偶然なんかじゃない。きっと、運命が私にサインを送ってくれているんだわ。あの子と友達になりなさい。仲良くなりなさい。そういうメッセージを発しているんだ。
そうだ。そうとしか考えられない。
私は、昔からすべての出来事には意味があるんじゃないかと思っていた。私がこの世に生まれたことも、お父さんやお母さんや妹と暮らしていることも、友達に出会えたことも、それこそ道行く知らない人とすれ違うことだって、きっと何らかのメッセージがある。そう思って、生きてきた。
一つ一つの出来事に意味なんてない。ただ偶然が重なって、生まれたり、家族になったり、出会えたりするだけだ。そう思う人もいるかもしれない。まるで数学の確率の問題みたいに、目の前にあるものはただ偶然、そこに存在するだけだ。そう信じている人もいるかもしれない。
もしかしたら、それが本当のことなのかもしれない。私は、そこに意味があると思いたいだけなのかもしれない。
でも。それじゃあまりにも寂しい気がした。私がここにいることも、あの綺麗な女の子と出会えたことも、すべてに意味なんてないのだとしたら、そんなに虚しいことって、きっとない。
私は二つの考えの間で迷ったとき、必ず決めていることがある。それは、自分の心が明るくなる方へ向かうということだ。だって、結局物事の答えなんていつもわからないんだから、それなら自分が前向きにいられる考えを持った方がいいにきまっている。
私はあの女の子と出会えたことに隠されたメッセージがあると思う。もしないのなら、私がこの手で作り上げる。
私は小さく、自分の拳に力を入れた。
入学式が終わって、帰りのホームルームが済むと、それぞれの学生が教室を出ていきはじめた。ちょうどそのとき、私は思い切って綺麗な女の子のところに行き、話しかけてみた。
「あの、私!長谷川唯っていうの!今日から同じクラスだね!よろしくね!」
その子はいきなり話しかけられて驚いたようだったが、すぐに笑顔になって私の挨拶に応えてくれた。
「長谷川さん、よろしくね。私は芹沢茜。」
芹沢さんは微笑んでいた。桜の花びらのようなその笑顔を見るだけで、私の心はじんわりと温かくなる。ああ、この人に出会えて本当によかった。
「芹沢さんはさ、どこの中学から来たの?」
「私は東区のあたりかな。」
「じゃ、東西線で通っているんだ。」
「そ。電車で片道三十分くらいかな。中学の時より朝早く起きないといけないから、不安だわ。私、結構朝弱くて。」
少し恥ずかしそうに照れている芹沢さんが可愛い。ぎゅっと抱きしめたくなるような気持ちになる。私の部屋の枕元に置いているクマのぬいぐるみを思い出す。丸くてふわふわな、幸せになる私の相棒。
「そうだよねー。中学の時はさ、朝八時ギリギリで起きても間に合ったのに、高校に入ったら朝七時には出ないと間に合わないよね。ちゃんと起きれるか不安。私も北区から来ているから、片道三十分くらいかかるんだ。
芹沢さんはさ、どうしてここの高校選んだの?」
彼女は私から視線をそらし、少し上を見上げながら口元に手を移して考えている。私はそこに上品で知的な印象を抱いた。
「そうだね、やっぱり県で一番の進学校だったからかな。いい大学入りたいから、とりあえずいい高校に入ろうと思ったの。」
「そーなんだ。私ここの高校に大好きな中学のときの先輩がいて、その人にすすめてもらって入ったんだ!芹沢さんが言っていたように、ここって頭いいしさ、きっと私が知らない考えを持った人がいっぱいいると思って。それで入ったんだ。」
「そっか。長谷川さんは、自分とは違ういろんな人と話したいんだね。それって、すごい素敵なことだと思う。」
さっきよりも少しトーンを下げて、まるで秘密を打ち明けるように話す芹沢さんの姿に引き込まれる。素敵?それって、一体どういう意味なんだろう?
「知らないこと、自分の考えとは違うこと、そういう新しいものに出会ったとき、長谷川さんみたいに楽しめる人って実はけっこう少ないと思う。たいていの人はすごく怖く感じる。それで、見ないふりをしたり、自分の中に閉じこもったり、攻撃したりするの。
でもそんなことをしても、何も成長できない。内にこもっていても何も変わらない。やっぱり人は外に出て新鮮な空気を吸わないとね。だから、元気いっぱいに話しかけてくれる長谷川さんが、私は好きだな。」
芹沢さんはそう言って、少しはにかんだ。私の名前を呼んで、褒めてくれたことがうれしくてうれしくてしようがない。
芹沢さんのこと、もっと知りたいな。彼女の考えに、もっと触れてみたい。
そんな気持ちが心の中に芽生えた。彼女と話せば話すほど、その気持ちはどんどん大きくなっていった。
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