十三 四人旅

「ディグ」

「……今度は何だよ、義兄さん」

「お前、ちょっと旅に出てこい」

「…………は?」

カキルの突拍子もない提案にディグラッドは目を丸くする。

「この際だから言わせてもらうが、お前がいつまでも塞ぎ込んでいたらジーナは落ち着いて眠れねぇだろうし俺も気が休まらねぇんだよ」

「けど、だからって──」

「良いか。その辛気臭さが無くなるまで帰ってくんじゃねぇぞ」

「か、帰ってくるなって……ジーナの墓やワシの工房は……」

「どっちも俺が手入れしておいてやるから心配すんな」

「そういう問題じゃ──」

「ゴチャゴチャうるせぇ!」

「がふっ!」

怒号を上げるカキルに思い切り背中を叩かれたディグラッドは噎せて咳き込む。

「ぅげほっ、ごほっ……」

「御託は良いからさっさと旅支度をしてこい!」

「ったく、毎度のことながら乱暴だな……」

ディグラッドが自分の工房に向かうのを見送った後、カキルは突然の展開に困惑するセナたちの方に向き直る。

「なぁお前ら、もし都合が悪くなけりゃあいつを……ディグラッドをお前らの旅に同行させてやっちゃあくれねぇか?」

「僕たちの、ですか?」

「ああそうだ。事情はまぁ、さっき聞いての通りだ」

溜め息混じりに言いながらカキルは頭を掻く。

「要はおっさんの傷心旅行に付き合うてくれってことやろ。セナはん、どないするんや?」

「僕は良いけど……D2や成涸はどう?」

「異論はありません」

「俺も構わへんぞ──って、俺も頭数に入ってるんか?」

「あっ……駄目だった?」

「ええで気にしいひんで、ちょい驚いただけやさかい」

「じゃあ決まりだな。世話の焼ける奴だとは思うが、宜しく頼む」


「──ということがあったんだ」

「義兄さんの奴、まーた勝手に話を進めやがって……」

セナから事の経緯を聞かされたディグラッドは眉間を指で押さえながら頭を横に振る。

「事後報告になってもうたけど堪忍な、おっさん」

「まぁ今更しょうがねぇと割り切るさ。それはそうと次の行き先は決まっているのか?」

「機焔街ゼトフに向かい、メルガ博士の研究所を訪ねる予定です」

「ゼトフか、ここからそう遠くはないな」

「ところでそのメルガ博士……?のとこへ行って何をするんや?」

「うーん、どう言えば良いのかな……」

セナが説明に悩んでいるとげんなりした顔で周囲を警戒するディグラッドが話しかける。

「……とりあえずそろそろ動かないか?ここでいつまでも立ち話をしていたら義兄さんにどやされそうな気がしてな……」

「それはちょっと……避けたいね」

「せやったらちゃっちゃと出発しよか」

「うんそうしよう、D2」

「一時保存フォルダから機焔街ゼトフへのルートデータをロード完了。これよりナビゲートを開始します」


「そういやディグラッドのおっさん、仕事請けたの久しぶりやったんやってな」

「なっ、」

ゼトフへ向かう道中、唐突に成涸が振った話題にディグラッドは固まる。

「ジーナさんが亡くなってからはずっと休んでいたんだよね」

「お前ら何でそれを……って、義兄さんから聞いたのか!」

「ご名答~」

「カキルさん喜んでたよ。ようやく墓参り以外のことをする気になったんだって」

「ナガレの武器に対する思い入れの強さがディグラッドの心を動かし、仕事への意欲を取り戻させたのだろうとも言っていましたね」

「で、実際のとこはどうなん?」

からかうような口振りで成涸が訊ねるとディグラッドは青筋を立て、わなわなと握り拳を震わせる。

「あー……おっさ」

「とりあえず一発殴らせろ」

「……その顔、えげつのう怖いで」

ディグラッドが無言で拳を振りかぶったのは成涸が真顔でぼそりと呟いた直後のことだった。


「──機焔街ゼトフへの到着を確認。ナビゲートシステムを終了します」

「グノスと同じ……いやそれ以上に栄えてるのかな……?」

眼前の光景──グノスの繁華街を彷彿とさせる賑わいに圧倒されながらセナは呟く。

「機焔街ゼトフの交易が盛んなのは南端に設けられた発着場に世界各地から飛空艇ひくうていが来航していることが大きいかと」

「ひくうてい?」

聞き馴染みの無い言葉にきょとんとする成涸の様子にセナとディグラッドは目を丸くする。

「……お前、もしかして飛空艇を知らないのか?」

「見たことも聞いたこともあらへんわ」

「あの空を飛んでいる船のことだよ。本当に見たことが無いの?」

「邦で船いうたら海を渡るものやさかいなぁ」

「そ、そうなのか……」

「なんやセナはんもおっさんもけったいな顔をして」

何に驚かれているのか分からない、と言わんばかりの顔で成涸は首を傾げた。

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