第215話 魔王軍合流

 クリムがアサギとゴウの2人と世間話をしている所に、魔王軍一行が近づいてきた。ちなみにチャットとスペリアはスペリアのIDカードを作成するために別行動しているので不在だ。


「おはようございますアサギさん、クリムさん。それと他のみなさんも。」

 昨日出会ったばかりではあるが、アサギと友人関係を結んでいたシャイタンは人懐っこい笑顔とともに声を掛けた。

「おはようございますシイタさん達。おや?チャットさんが居ませんね。別行動ですか?」

 アサギは挨拶を返しつつチャットが居ない事に気づいて質問した。

「そうですね。実は今回の旅には兄も同行するはずだったのですが、急な用事が入ったため私達だけ先に出発していたんですよ。それで用事を済ませた兄がこちらに向かっていると言うことなので、チャットさんに迎えに行って貰ってるんです。兄も私達と同じくIDカードを持っていなかったので、入国に多少時間がかかると思いますけど、後から合流する予定ですよ。」

 シャイタンの話は半分くらい嘘だったが、即興で適当な話をしているわけではなく、チャット主導の下で事前に話し合って偽装家族の設定は共有しているのである。

「お兄さんがいらしたんですね。ところで、ここに来るまでの道中で何かありませんでしたか?クリムさん達は妙な連中に待ち伏せされて、会場に来るのを邪魔されたそうなんですけど。」

 アサギが重ねて質問すると、シャイタンは一度は首を傾げたが、すぐにハッと何かに気づいた様子で口を開いた。

「ああ、あの人達の事ですかね。ここに来る道すがらに十人くらいの黒ローブを羽織った妙な集団が道を塞いでいましたよ。黙って通り過ぎようとしたらサヤちゃんが腕を掴まれたので、フミナさんが怒って全員まとめて魔法で伸してしまったんですよね。ほとんど話を聞けなかったので、何が目的なのかわかりませんでしたが、なるほど大会参加者を邪魔していたんですね。」

「おお、流石ですねフミナさん。それはさておき、やっぱり大会参加者が狙われているみたいですね。他の参加者の方達がなかなか集まら無いのも、やはり妨害に遭っている影響だと考えてよさそうです。」

 アサギはクリムに視線を投げかけながら言った。

「そうみたいですね。大会が始まるまでにはもう少し時間がありますし、ひとまず様子見しておきましょう。開始時刻間際になってもまだ参加者の集まりが悪い様なら、その時改めて運営の方に事情を説明に行きましょうか。」

 クリムは武闘大会の参加者達について、それなりの水準の実力を備えた武芸者達だと推測していたので、クリムゾンの目を通してみたカオスレギオンの実力を鑑みれば、影響は軽微だろうと考えていた。クリムがその様に考えた理由は、たまたま出会ったアサギとゴウ、そしてアサギの伯父であるレツと言う3人の格闘家が、揃って高い実力を持っていたからであるが、もちろんクリムは彼らが人間離れした強さを持っている事を理解していた。しかしクリムが知る現代の人間の武芸者は龍の巫女であるサテラを例外とすれば彼ら3人だけであり、彼らを基準として同等程度の実力者が大会には集まるのだろうと勝手に推測していたのだ。


「クリムゾンが居ないみたいだけど、どうしたの?」

 話がひと段落したところで、きょろきょろとクリム達の顔を見回していた魔王がクリムに問いかけた。

「えっとですね、細かく話すとちょっと長いのですが、さっきの話に出てきた黒ローブの集団が所属する組織の名前がカオスレギオンと言うのですが、私達がカオスレギオンの妨害を受けていた所に、彼らの敵対組織であるスフィア教団の男が横槍を入れてきまして、私達はそっちのけで両者の戦いが始まってしまったんですよね。それで、一応私達を庇ってくれた教団の男はたった1人だったので、彼が危なくなったらクリムゾンが助ける手筈で、クリムゾンにはその場に残ってもらったんですよ。」

 クリムはクリムゾン不在の理由を順を追って一通り説明した。

「そう言うことか。」

「何かクリムゾンに用事ですか?たぶんもうすぐ追いついてくると思いますけど、何か言伝があるなら私から伝えますよ。」

 クリムが聞き返すと魔王は首を横に振って否定した。

「別に用事ってわけじゃないけど、どこに行ったのかちょっと気になっただけだから大丈夫。」

 魔王はクリムゾンに特段用事が有ったわけではないが、一度手酷く敗北していることもあって、どうしてもその動向が気になってしまうのだった。


 あとからやってきた魔王達3人も加えて、少々大所帯になった一行は全員が座れるように広場のテーブルと椅子を移動させて大きな島を作ったのだった。

 小さな女の子が好きなシャイタンはそれとなくアクアとシュリ、スフィーの傍に席を取ると、食事中の少女達を邪魔しない程度に話しかけたり、スキンシップを図るなどして、仲良くなろうと画策していた。しかし人間と仲良くなることを第一目標に掲げているスフィーはシャイタンが魔族であると勘づいていたのであまり興味を示していなかったし、シュリは食事に夢中でシャイタンのちょっかいをほとんど無視していた。一方アクアはシャイタンがべたべたと触ってきた時に、シャイタンが偽装魔法によって隠している強大な魔力を感じ取ったので、少しだけ興味を示していた。アクアは自身に匹敵する強者と戦い、戦闘技能を高める事を目標としており、シャイタンの実力はアクアのお眼鏡に叶ったわけであるが、しかし同時にシャイタンの魔力からは戦闘意欲がまるで感じられなかったため、アクアの興味はすぐに薄れてしまっていた。

 子供組が和やかに食事を楽しんでいる一方で、外見的に同年代くらいのサテラとフェミナは、ゴウを交えて保護者組で適当に世間話をしていた。サテラもフェミナも実のところそれぞれのグループにおける保護者と言うわけではないのだが、正体を隠して活動していることもあって体面的には保護者を装っているのだ。フェミナは人間社会における一般常識や習わしをチャットからある程度聞かされていたが、実際に現地人の言葉を聞いて自身の認識がズレていないかを確かめていたのだ。

 子供組にも保護者組にも加わらず余ってしまったクリムとアサギ、そして魔王の3人は、闘技大会に参加すると言う共通点が有ったので、主に大会に関する話題を中心にして話し合っていた。クリムと魔王は大会の優勝賞品である魔剣に興味を持ったことが大会参加の決め手だったので、話題の焦点は次第に魔剣に関するものへと移っていた。

「大会の優勝賞品は二振りの魔剣って話だけど、どんな魔法が込められてるのかな?」

 魔王が何気なく疑問を投じると、かつての魔剣の所有者であったエコールの記憶を持つクリムがこれに答えた。

「優勝賞品の魔剣はグラムとバルムンクですね。どちらも絶対に折れず刃こぼれしない魔法が掛かっていますが、それ以外に特別な効果はありませんね。グラムは切れ味が優れた細身の長剣ロングソードで、バルムンクは叩き割る事に特化した巨大な破壊剣バスターソードです。ちなみにドラゴンの牙を素材として製造された一点ものの特注品でして、正式な所有者以外が振るっても本来の力を発揮できない、使用者の魔力を認識する機能が付いていますね。これはドラゴン素材の武器・防具には概ね標準的に搭載されている機能ですが、強力な効果を持つ分悪用されないようにするための措置ですね。」

 クリムの言葉があまりにも具体的であることを訝しんだアサギが続いて質問した。

「なんだか妙に詳しいですね。クリムさんとその魔剣には何か因縁があるんですか?」

 アサギはクリムがドラゴンであると聞いていたので、魔剣の製造にクリムが関わっているのではないかと推測したのだ。

「ええまぁ、因縁と言うか、二振りの魔剣はどちらもかつてエコールがグラニアから預けられた、言わばエコール専用の武器なので、エコールの記憶を持つ私にとっては過去に手放した愛剣の様な存在なんですよ。」

 クリムは既にアサギ達と魔王達には正体を明かしてしまっていたので、今さら誤魔化しても仕方が無いと考えて正直に事実を述べた。

「なるほど。でもおかしいですね。」

 アサギはクリムの答えに納得したが、同時に別の疑問を抱いたのだった。

「何がですか?」

 クリムが聞き返すとアサギは頷いてから答えた。

「いえ、正式な所有者にしか扱えないはずの魔剣ですが、大会主催者の2人は魔剣使いで、そのグラムとバルムンクをそれぞれが振るっていると聞いているので、おかしいと思ったんです。」

「そうなんですよね。魔剣使いは2人の少女だとサテラから聞いていますが、かなり歴史のある闘技大祭グラディアルフェスタの主催者兼絶対王者として、長年姿を変えずに参加しているそうですから、恐らく人間ではないのでしょうけど、何者なんでしょうね。」

 アサギの疑問はクリムも同様に抱いていた物であったためその旨を伝えた。


 3人の少女達が答えの出ない疑問に頭を悩ませていると、そんな彼女達の様子を物陰から隠れて見つめる2つの影があった。その正体は件の魔剣使いの少女2人組であり、より具体的には2人の視線はクリムの顔に向けられているのだった。

 エコールの愛剣グラムとバルムンクを操り、あからさまにエコールとの関わりを匂わせる2人はいったい何者なのか、恐らく次回あたりに判明する。

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