第214話 腹ごしらえ
―――ところ変わって
クリムゾンが誘拐犯に連れられてどこかへと向かっていた頃、クリム達は闘技大会の当日エントリーを済ませてから出店で朝食を買い終えて、広場のテーブル席に座って一息ついているところだった。クリムはクリムゾンがこちらに向かっている最中であると知っていたので、朝食には手を付けずに待っていた。しかしクリムの計算ではとっくに姿を見せてもおかしくない時間になってもクリムゾンが一向に現れず、大会の予選が始まるまでには朝食を食べ終えておかなければならない事情もあって、とりあえず先に食べ始める事にしたのだった。
「クリムゾンはまだ来ないみたいですから、先に食べちゃいましょう。試合までまだ時間はありますけど、食べた直後に運動すると体に悪いですからね。」
「待ってたっすよ。いただきまーす。」
クリムの合図を待っていたシュリは許しが出ると同時にバクバクと食べ始めた。
クリムはなぜクリムゾンが姿を現さないのか気になってはいたが、何かやらかせば魔力の反応でわかるので、今のところは問題を起こしていないはずだと考えていた。またクリムゾンの自主性に任せてあまり口出ししない方針を取ろうと決めたばかりだった事もあり、ひとまず母を信用して他のメンバーに懸念を伝える事はしないのだった。
クリム達が和やかに朝食を楽しんでいると、軽快な駆け足の音と共に元気の良い挨拶が飛び込んできた。
「おはようございますみなさん!」
クリムが振り返り声の主を確認すると、そこに居たのは昨日クリム達が出会った格闘家の少女アサギだった。またアサギのすぐ後ろからは、彼女の父にして同じく格闘家である大男のゴウが小走りで追いついてきていた。
「おはようございます2人とも。」
クリムは食事の手を一旦止めると、椅子を引いて体を向き直りアサギとゴウに挨拶を返した。
アサギが食事中の一同の顔を見渡すと、昨日道場に訪れたメンバーからは1人足りない事に気が付いた。
「おや?クリムゾンさんが見当たりませんね。別行動ですか?」
「ええ。ここに来る道すがらにカオスレギオンを名乗る集団に通せんぼされてしまいまして、その場はクリムゾンに任せて私達だけで先に来たんです。どうやら彼らの狙いは闘技大会の参加者を追い返す事だったみたいですが、あなた達は大丈夫でしたか?」
クリムは軽く状況を説明しつつ質問を返した。
「そんなことが有ったんですか。うーん、私達は特に誰とも会っていませんね。準備運動がてら港の方を走ってからこちらに来たので、道場から会場へのルートは通っていませんし、そのカオスなにがしが待ち伏せしていたのだとしたら、当てが外れたのかもしれません。」
「そうですか。」
アサギの答えを聞いたクリムは大会会場である広場を見回し、人の入りがまばらである事を確認した。クリム達はかなり早めに会場入りしていたため、到着時点で他の大会参加者がほとんど集まっていない事をなんとも思わなかったのだが、観客席がぼちぼち埋まり始めても未だ参加者と思しき人物は集まっていなかった。
「大会参加者の集まりが芳しくない様ですが、他の方達はカオスレギオンに邪魔されて到着が遅れているのかもしれませんね。」
「大会参加者はそれなりに腕に覚えのある闘技者ばかりのはずですけど、その通せんぼしてきた集団と言うのはそれほどの手練れだったんですか?」
状況証拠から導き出されたクリムの推測に対してアサギが疑問を呈した。
「いえ、多少タフなことを除けば素人同然のチンピラの集まりでしたよ。あなた達2人なら難なく撃退できるでしょう。」
「なるほど。それならわざわざ助太刀に行く必要はありませんね。」
アサギは他の参加者を助けに行くべきかと迷っていたが、クリムのまったく慌てない態度を見て取りやめたのだった。
ところでカオスレギオンはクリムの目線から見るとお粗末な襲撃者だったが、一応ナイフや短剣で武装した十数人からなる武装集団であるため、腕に覚えのある武芸者であっても、人間である限りは刺されればただでは済まないので、気の抜けない相手である。
「2人はもう朝食は済ませたんですか?」
カオスレギオンの話がひと段落したところでクリムが問いかけた。
「はい、食事はもう済ませてますよ。」
「そうですか。話は変わりますが、あなた達の流派から今回の大会に参加している人は他に居ないんですか?」
人間としてはかなりの実力を持つ2人に対して、クリムゾンへの挑戦を打診したいと考えていたクリムは、彼らと親密になるために朝食の席に誘おうと思って聞いたのだが、既に食べ終えている旨を聞いて誘う口実を切り変えた。
「うちから出ているのは私達だけですね。他所の大会で同門対決が発生すると公平性に欠けますから、その辺の調整は事前に済ませてあります。」
クリムの何気ない問いかけは流派の内情に関わる質問であったため、道場を預かる身である師範代のゴウが答えた。
「なるほど。公平性に欠けると言うのは、同門同士がぶつかった場合に手を抜いて体力を温存する八百長戦法の事ですね。ルール上問題ありませんが、見ている側としてはいい印象を受けませんし、そう言った疑いを掛けられないための措置ですね。」
クリムはエコールの記憶と照らし合わせて、過去にそう言った戦法を使ってきたセコイ門派が居たことを思い出しながら言った。
「はい。もちろん我々は同門同士であってもいざ戦うとなれば全力を尽くしますが、互いの手の内を知った上での戦いは、どうしても演舞の様になってしまいますからね。お子さんの情操教育のために道場に通わせる親御さんが多い時世を考えると、流派を代表して戦う大会でクリーンなイメージが損なわれる事態は避けねばなりませんから、色々と気を遣うのです。」
ゴウはクリムの指摘を肯定した上でさらに道場経営における事情を付け加えた。
「なるほどですねぇ。あっ、ちなみに私達は私とシュリ、アクアとサテラの2チームで参加しますが、八百長する気は無いので安心してください。」
「ええまぁ、それに関しては疑うべくも無いですが、分かりました。」
ゴウはクリムとアクアがドラゴンである事を知っており、昨日のアクアとの戦いでその強さも目の当たりにしていたので、人間相手に姑息な手を使ってくる等とはもとより思っていないのだった。
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