第209話 ここは任せて先に行こう

 クリム達は闘技大会の会場へと向かう途中、ガラの悪い黒ローブ集団・カオスレギオンに待ち伏せされ、大会参加を取りやめるようにと脅されたのだが、そんな彼らの蛮行に待ったを掛ける者が居たのだった。


 わざわざ建物の屋上から登場しカオスレギオンを大声で牽制した深紅の装束の男は、建物の外壁を伝ってスルスルと地面に降り立つと、改めてカオスレギオン達の前に立ちはだかった。

「なにを企んでいるのか知らんが、どうせ碌でもない事だろう。とりあえず殴ってから話を聞かせて貰おうか。」

 そう言うと男は構えを取った。一つ補足しておくと、まずは殴って力関係をはっきりさせてから交渉すると言う姿勢は、男が所属するスフィア教団の基本方針であり、この男が特別に脳筋なわけではない。

 そんな脳筋教団の姿勢はともすれば要らぬ争いを産みかねない野蛮な物であったが、考えるより先に殴ると言う性向はかつて聖女と呼ばれたエコールに通じる物が有ったので、エコールの記憶を持つクリムにしてみれば共感こそしないが頭ごなしに否定することもできないのだった。


 さて少し話が逸れるが、教団の男の構えはクリムやサテラが繰るソレイル流剣闘術に酷似していたため、クリムはその男に多少関心を引かれていた。ちなみにソレイル流剣闘術は初代龍の巫女であるソレイルが小龍ユースドラゴン達の遊び相手になるために編み出した対ドラゴン用の戦闘技術である。ドラゴンと一口に言っても十人(龍)十色であるため、あらゆる状況に対応できるよう徒手格闘術・武器術・魔法を総合的に組み合わせた柔軟性に富んだ武術ではあるが、基本的には巨大なドラゴンとの戦いに最適化された武術であるため、クリムが知る限りではこの武術を修めているのはドラゴンと関わりの深い親龍王国グランヴァニアの住人だけで、中でも本格的に習得している者となると王族くらいのはずであった。とは言っても別に門外不出の技術と言うわけではないのだが、普通の人間がドラゴンと戦う機会はまずないし、そもそも形だけ真似てもドラゴンと渡り合える膂力が無ければ意味がないので、あえてドラゴン戦に特化した武術を学ぶ変わり者は居なかったのである。それゆえに、見たところグランヴァニア人ではないその男が、同武術の構えを取ったことをクリムは訝しんだのであった。


 話を戻して、謎の男が謎の集団に啖呵を切って構えたところから再開する。

「またお前達か大迷惑教団め。いつもいつも邪魔しやがって、今度という今度は許さんぞ。野郎どもやっちまえ!」

 推定スフィア教団の男が武器も持たずに拳を構えたのに応えて、クリム達を囲んでいた武装集団は標的を変えて男に剣先を向けた。

「さぁ君達、ここは私に任せてお逃げなさい。」

 教団の男はクリム達に今来た道を戻る様にと手振りを交えて指示した後、返事も聞かずにカオスレギオン達に飛び掛かって行ってしまった。


 カオスレギオンも後から来た男も、理由は違えど双方クリム達に帰る様に促しているわけだが、両者に繋がりは無くむしろ敵対している事は彼らのやり取りから明らかであった。両者が共謀してクリム達を追い返すために一芝居打っている可能性ももちろんあるが、クリムは魔力の波長を読み取って対象者の感情を把握できるので、双方が本気で対立していることは分かった上での判断である。


 勝手に戦い始めた男達を他所に、クリムは振り返って仲間達に声を掛けた。

「さてと、会場に向かいましょうか。」

 先の予定が詰まっているので、男達は放っておいて会場へと向かうことにしたのである。カオスロードを名乗る彼らのボスが何者なのか、クリムは少々気になっていたが、そのボスは闘技大会に参加すると言う話だったので、わざわざ下っ端に話を聞かずとも直接ボスと話せばよいと考えたのだ。

 これにサテラが異議を唱えた。

「あの人放っておいて大丈夫でしょうか?今のところ優性に立ち回っていますけど、流石に1人であの人数の武装集団に挑むのは無謀だと思うのですが。」

 クリムはサテラの視線を追って再度振り返り、男達の戦闘の様子を観察した。教団の男は自信満々に飛び掛かっただけのことはあり、短剣やナイフで武装した集団を相手取り互角以上の戦いを演じていた。ちなみに武装集団の武器は街中で振るう事を考えてか、小振りで小回りの利く物ばかりであった。

 クリムは戦闘の様子を観察した上でサテラに答えた。

「見たところ1人で何とかできそうですけど、まぁそうですね。一応助けに入ってくれた彼が怪我でもしたら夢見が悪いですね。」

 クリムはそう言うと少しだけ逡巡し、黙って状況の推移を見守っていたクリムゾンに視線を向けて声を掛けた。

「ちょっといいですかクリムゾン?」

「どうしたの?」

 クリムゾンが聞き返した。

「私達大会参加者は準備があるのですぐに会場に向かいたいのですが、彼を放っておくのも不義理ですから、あなたにここを任せたいのです。」

 クリムの提案はクリムゾン1人をこの場に残して他の者は会場に向かうという物であった。

「いいよー。」

 クリムゾンは深く考えずに安請け合いし、すぐさま男達の戦いに横槍を入れに行こうと歩き出したが、クリムがその肩を掴み制止した。

「ちょっと待った。別に今すぐ助太刀しろと言っているわけではありませんよ。彼が危なくなったら適当に手を貸してあげて欲しいのです。見たところ彼1人でも問題ないですから、何か動きが有ったら対処してください。」

「そう言うことか。分かったよ。」

 クリムゾンは素直に従い、戦闘への介入を中止した。

「と言う事なので、ここはクリムゾンに任せて先に行きましょう。」

 クリムは再度サテラに視線を向けて声を掛けた。

「え?クリムゾンさん1人を残して行くんですか?」

 サテラはこれまで行動を共にした中で、クリムゾンがクリムの保護下にあってどうにか人間社会に適応している様に見ていたので、クリムの手を離れて1人にすることに不安を感じたのである。

「大丈夫ですよ。クリムゾンは案外私と一緒に居ない方がしっかりしていますからね。」

 サテラの不安にクリムが答えた。

「そうなんですか?それならいいのですが。」

 サテラは未だ不安を払拭できずにいたが、クリムの妙に自信に満ちた答えにひとまず納得したのだった。


 ところで、クリムがなぜ突然クリムゾン1人にこの場を任せようと言い出したのかと言うと、それにはもちろん理由がある。クリムゾンはクリムと一緒に居るときはクリムに状況判断や他者との会話を一任して黙ってしまう傾向があるが、クリムが居ない時、具体的には四大龍のキナリ・シゴクと相対した時と、魔王達と話し合った時には、彼女なりに考えて他者との会話を行っていたのである。そう言った経緯もあり、クリムゾンの精神的成長のためには、近くで手を貸すばかりではなく、多少突き放して1人で行動させる方がよいだろうとクリムは判断したのである。


「では改めて先を急ぎましょうか。クリムゾンも彼らの戦いが済んだら合流してください。会場の場所は分かりますよね?」

 クリムは仕切り直して状況をまとめた。

「大丈夫だよ。いざとなったらみんなの魔力を追っていくし。」

 クリムゾンが答えた。

「分かりました。それでは行きましょう。」

 こうしてクリムゾンを除いた一行は会場へと向かった。なお男達が戦う真っ只中を通過するわけにもいかないので、空を飛んで回避しつつ通り抜けたのであった。

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