第210話 深紅の加護<ブレスオブクリムゾン>
クリム達を先に行かせ、カオスレギオンの集団とスフィア教団の男の戦いを傍観していたクリムゾンだったが、今すぐ助太刀する必要はないとクリムに言われていたので、ひとまず何をするでもなく暇しているのだった。
ただ見ているだけのクリムゾンはさておき、男達の戦いに目を向けてみよう。教団の男は単騎で武装集団に挑むだけのことはあって人間にしてはかなり強く、当初は優位に立ち回っていたが、いくら殴り倒しても何度でも起き上がってくるカオスレギオンの集団に次第に追い詰められていた。カオスレギオンの身振りは素人そのものであり、武術を嗜む教団の男に後れを取りまくっていたが、ドラゴンであるボスに普段からどつかれているせいか彼らは異様なタフネスを持っていたのだ。
「お前たちの悪だくみは既に潰えたはずだ。この辺で引いたらどうだ?」
教団の男はゾンビの様に向かってくる集団を殴り倒しながら言った。
「そうはいかねぇ。このまま黙って帰ったら俺達がボスに殴られるからな。」
殴られた男は即座に立ち上がって答えた。
「ならば足腰立たなくなるまで何度でも倒してやろう。」
教団の男は口では強がっていたが、その動きは精彩を欠いており明らかに疲れが見え始めているのだった。
教団の男が劣勢に傾きつつあると分かったクリムゾンは、彼が危なくなったら手を貸すようクリムに言われていた事を思い出し、戦いに参加しようかと一歩踏み出したが、あまり目立たない様にとセイランから言われていた事もまた思い出したので二の足を踏んだ。武装集団を蹴散らすだけであればクリムゾンにとっては造作もない事だが、目立たない様に戦う術が、もっと言えば目立つ目立たないの基準がいまいち分からなかったのである。クリムゾンは目立たずに戦う方法をこの場で判別するのは無理だと早々に諦めたので、劣勢に立った男を手助けする方法に考えをシフトしていた。そしてしばらくの逡巡ののち、以前エコールと戦った際にエコールが使っていたある魔法に思い至った。その魔法とは、グラニアの魔力の一部をその身に宿し、戦闘能力を向上させる身体強化魔法・
「
男を手助けする方法を見出したクリムゾンは、相手の了承を得る事もなく早速行動に移した。ちなみに魔法の名称は自身の名前に合わせて変更していた。
魔法を受けた男は全身から一瞬だけ光を放つと、溜まりつつあった疲労が吹き飛び、それにとどまらず未だかつてない力の充実を感じていた。そして急に動きの切れが戻った男の猛反撃により、一時は数の利に任せて優勢に立ちかけていたカオスレギオン達には動揺が広がっていた。
「うろたえるなお前ら!さっきまで虫の息だったんだ、長くはもたん!」
リーダー格の男が及び腰になっていた集団を一喝した。教団の男が元気になったのは、燃え尽きる瞬間に大きく燃え上がる炎の様に、力尽き掛けた男が最後の悪あがきで振り絞った力だと考えたのである。
ところがリーダーの目算はまったくの的外れであったため、クリムゾンの魔力を受けた教団の男の勢いはまるで衰える事が無く、カオスレギオン達は1人、また1人と倒れていくのだった。
「くそっ!お前ら退くぞ!」
カオスレギオンの半数近くが昏倒した段階でリーダーの男は状況を見誤ったことを確信し、撤退の指示を飛ばした。すると、まだ動ける者達が倒れた者を担ぎ上げて、即座に撤退を始めたのだった。戦闘技術はまったくの素人だったカオスレギオンだが、撤退を決めてからの行動は妙に手慣れた調子であったため、教団の男が呆気に取られている隙に、声を掛ける間もなく黒ローブ集団は煙の様に立ち消えてしまったのだった。
「なんなんだあいつら・・・いや、それよりもなんだったんだ今の力は?」
クリムゾンと共に取り残された男は、戦闘状態の解除と共に消えてしまった謎の底力に疑問を感じたので、両手を握ったり開いたりしつつ独り言をつぶやいた。
「さっきのはぼくの魔法だよ。」
クリムゾンが前置きもなく急に声を掛けたので、男はびくっとして振り返った。「うおっ!びっくりした!・・・っと、君はさっきあいつらに絡まれていた子だな。みんな逃げたと思っていたが1人残っていたのか。ところで魔法と言うのはどういうことだい?」
クリムゾンがそれなりに老齢のドラゴンだとは知らない男は、見た目だけなら幼い少女に優し気な口調で問いかけた。なおクリムゾンには大きな角と地面を引きずるほど長い尻尾と翼が生えており、どう見ても人間ではないのだが、スフィア教団には亜人種の信徒が多いため男はその点はまるで気にしていなかった。
余談はさておき、クリムゾンは男の質問に対して口で説明するより実践した方が早いと考えたので、先ほどと同様に男に加護の魔法を掛ける事にしたのだった。
「
クリムゾンが言葉と共に手をかざし魔力を送り込むと、再び男は全身に力が漲るのを感じたのだった。
「おお!これは紛れもなく先ほど感じた力だ。なるほど、君は魔導士だったのか。私が押されていたから手助けしてくれたんだな。助かったよ。」
男は察しがいいような悪いような微妙な反応を示した。
「ぼくは魔導士じゃなくてドラ・・・」
クリムゾンは男の言葉を訂正しドラゴンである事を正直に名乗ろうとしたが、半分言いかけたところで昨日のセイランの言葉を思い出して言い淀んだ。セイランはドラゴンである事を積極的に隠してこそいないが、わざわざ自分から開示しないようにとクリムゾン一行に言い含めていたのだ。
「ドラ?」
言葉の途中で黙ってしまったクリムゾンを不審に思った男が聞き返してきたが、クリムゾンは上手く誤魔化す言い訳が思い浮かばなかったため、2人の間にはしばしの気まずい沈黙が流れるのだった。
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