第186話 龍のグループ
クリムはいまいち入浴を楽しめていない3人(クリム含む)の状況を確認し、どうしたものかと頭を悩ませていた。なぜなら近くに冷めた顔をした者がいては、せっかく入浴を楽しんでいるアクアやサテラ達に水を差しかねないと考えたからである。そしてクリムは温かいお湯とは対照的に冷え冷えな彼女達の空気感を誤魔化すために、ひとまず適当な会話で場を繋ぐことにしたのだった。
「さて、先ほどはドラゴンの遺伝子を取り込んで起きるタイプの龍化現象について話しましたから、ついでなのでそれ以外の方法で起きる龍化現象についても触れておきましょう。」
楽しめていない方の3人組の沈黙を破ってクリムが切り出した。
「別の方法があるんすか?」
蟹料理を思い出して涎を垂らしていたシュリだったが、クリムの言葉を聞くと我に返り、口元を拭ってから聞き返した。
「はい、龍化現象にはいくつかパターンがありますよ。ですが、その話をする前にドラゴンの種類についても軽く話しておきましょう。」
「ドラゴンの種類?ドラゴンはドラゴンじゃないんすか?」
「はい。他種族からはあまり知られていない事ですが、実はドラゴンには大別すると2種類のグループが存在しているんです。まず1種類目が龍王グラニアを祖とする血縁一族ですね。クリムゾンやセイランをはじめとして、クリムゾンの眷属である私やアクアも含まれるグループですが、現存するほとんどのドラゴンはこちらに属していますね。」
「ふむふむ。」
シュリは触覚をゆったりと上下に動かしながら、真剣な表情でクリムの話に耳を傾けていた。
「そしてもう1種類のグループはそれ以外の、グラニアの一族以外のドラゴン達と言うことになります。こちらのグループに属する者達は、例えば既存のドラゴンから呪いや加護を受けて、または龍化の秘法と呼ばれる特殊な儀式魔法によって、あるいは呪いの魔道具によって、経緯は様々ですが後天的に龍化した者達をひとまとめにしたグループです。グラニアの様な特定のドラゴンを祖として成り立った一族と言うわけではないですから、厳密には1種類の仲間として分類すると語弊があるのですが、グラニアの一族と比べるとごく少数なので一つにまとめてしまっています。」
「ほうほう、なるほどっすねぇ。つまり俺はそっち側の、その他のグループになるんすね。」
シュリは真面目な顔で情報を分析し推論を述べたのだった。
その様子は今までの彼女のアホっぽい言動からは想像しがたい、妙に理知的な振る舞いであったため、クリムは少し違和感を覚えたものの、真面目に話を聞いている分には文句はないのでとりあえず話を続けた。
「はい、そう言うことになりますね。まぁあなたの場合ですと、龍の血肉を摂取して身体の一部にドラゴンの力を宿した程度の、いわば限定的な龍化を果たした者達とは違って、一度死んだ上でクリムゾンの細胞を取り込んで復活したという特殊な経緯がありますから、元々の海老の遺伝子とクリムゾンの遺伝子を併せ持って、その全身を龍化して産まれ変わった生物と言えます。なので、ある意味あなたはグラニアの血縁でもあるんですよね。」
クリムはシュリの推論を一部認めつつも、彼女の特殊過ぎる成り立ちのために画一的な分類法では判断しきれない微妙な存在であると告げたのだった。
「そうなんすか?うーん、なんだかどっちつかずな感じっすねぇ。」
シュリは自身の立ち位置がよくわからなくなり首を傾げて唸った。
「どちらのグループに属するにせよシュリはシュリですから、あまり気にする必要は無いですよ。以前にも話したかもしれませんが、ドラゴンは親子関係と姉妹関係以外の繋がりが薄いので、グラニアの一族だからと言ってみんな家族ってわけでもないですからね。例えばセイランはクリムゾンの妹なので、私から見たら叔母に当たるわけですが、私が家族とみなしているのはクリムゾンとアクアのみで、セイランは他人と言う認識になります。そういった意味では、クリムゾンを長とした組織の仲間として共に行動しているあなたやスフィーの方が、所属する組織が違うセイランよりも親しい間柄と言えますね。」
分類の話を始めたのはクリム自身であるが、彼女が話したかった内容から逸れてシュリの特異性の話になってしまっていたので、一旦話を区切るためにまとめに入ったのだった。
「へー、ドラゴン同士でもみんな仲良しってわけじゃないんすね。」
シュリはドラゴン種の持つ奇妙な仲間意識に関心を示すと同時に、クリムから仲間と呼ばれたことに喜び、図らずも口元を緩めたのだった。
「ところで、グラニアに関してはやはり少し特殊な存在でして、クリムゾンやセイランの様に彼女の直接の眷属ではなくとも、グラニアの一族である限り彼女に対する帰属意識を少なからず持っているんですよね。かつての人魔大戦の折に彼女の命を受けたドラゴン達が人間側に味方したのもそのためですし、守護龍制度によって各国にドラゴンが配備されたのも彼女の思いつき、もとい提案によるものでした。グラニアの命令、と言うかお願いに強制力は無いので、すべてのドラゴンが大人しく従うわけではありませんが、お願いの内容が気に入らないだとか、別件で忙しいだとか言った事情が無い限りは、大体のドラゴンは言うことを聞いてくれますね。普段は自由気ままにバラバラな行動を取っているドラゴン達ですが、グラニアの一声でにわかにまとまりを見せるので、それが彼女が龍王と呼ばれ恐れられる所以ですね。」
クリムはことのついでなので、シュリとは違う意味で特異な存在であるグラニアについても説明した。
「グラニアって言うと旦那のご母堂様っすよね。たびたび話題に上がるから名前だけはよく聞くっすけど、どんなお方なんすか?」
「グラニアは外見的には巨大な黒龍で、性格は温厚なお母さんって感じですかね。超然的で浮世離れした、人間からすれば取っつき難い性格の者が多いドラゴンですが、グラニアはかなり人間的な価値観や感性を持っている変わり者ですね。」
「俺が知ってるドラゴンは姉御達とセイラン姐さんと、後は洞窟で会った2人くらいっすから、超然的な性格ってのがそもそもよくわかんないっすけど、要するに普通って感じなんすね。」
シュリが言う通り、クリム達並びに四大龍の面々は感情豊かで人間味がある性格をしているので、平均的なドラゴンから見ると変わり者ばかりであり、そんな彼女達しか知らないシュリにしてみれば、むしろ普通のドラゴンの性格がどういった物なのか見当もつかないのだった。
シュリにその点を指摘されたクリムは、なるほどと納得した。
「グラニアにはそのうち会う機会もあるでしょうから、口で説明するより実際に見た方が早いですね。人を取って食うような怪物ではないので、怖がる必要は無いとだけ覚えておいてくれればいいです。」
「わかったっす。百聞は一見に如かずってやつっすね。」
シュリは座学よりも実体験による学習を得意としていることもあり、クリムの言葉に同意したのだった。
話がひと段落したところで、クリムは他のメンバーを見渡しその動向を確認した。そしてサテラを見てハッと思い出したように口を開いた。
「グラニアとは別にもう1人特異な存在が居ましたね。正確には1人ではなく、サンライトの力を宿して産まれた歴代の龍の巫女全員がこれに当てはまるわけですが、現存するのはサテラ1人ですし、私が知る限り同時に2人以上の龍の巫女が存在した記録はありませんから1人と言って差し支えないでしょう。」
クリムは自身の言葉につっこみを入れ、さらに自己解決した。
「それはさておき、人間であるサテラはもちろん私達の家族ではないですし、同じ組織の仲間と言うわけでもないですが、かと言って他人とも言い難い特殊な存在である事もたしかです。居酒屋で話した様に、龍の巫女はすべてのロード・ドラゴンに対して眷属の様に、つまりは実の子供であるかのように振る舞うことができますからね。」
「ドラゴンはみんなサテラを子供みたいに感じるって事っすか?俺にはよくわかんないっすけど。」
シュリはサテラに視線を向けたが、子供を産んだ経験が無く、それどころかまだ性別すら確定していない間性の状態である彼女には母性が無いのだった。
「私もサテラを我が子の様には思っていませんよ。私に子供はいませんし、エコールも生涯独り身でしたからね。眷属を持つロード・ドラゴン以外は、龍の巫女を姉妹の様に感じるのですよ。龍の巫女はグラニアの元で他のドラゴン達と一緒に育てられますから、龍の巫女にとってもドラゴンは家族の様な存在ですし、気持ちの行き違いは少ないはずです。ただ私の個人的な感覚と言うか、エコールの記憶の影響が大きいところではありますが、他のドラゴン達が感じる以上に、私だけがサテラに特別な感情を抱いているかもしれませんね。この辺は個人差もあるのでなんとも言えませんが、エコールとサテラは同じ龍の巫女であり、サンライトの力を受け継いだ姉妹の様な存在ですからね。その記憶を引き継いでいる私にとっても、サテラは後輩であり妹の様な存在なんでしょうね。」
クリムはなぜか他人事の様に言った。クリムにとってエコールの記憶は、本来存在しないはずの記憶であるため、感覚的にはまるで実体験した出来事であるかの様に鮮明に覚えているのだが、心情的にはあくまでも他人の記憶なのである。
ところで、クリムとシュリの会話を少し離れた位置でそれとなく聞いていたサテラは、自身の話題が出た辺りから聞き耳を立てていたが、クリムが自身を妹の様に感じているという言葉を聞いて、嬉しそうににやけながらジリジリとクリム達の居る方へとにじり寄っていくのだった。
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