第175話 クリムゾンは甘味に飢えている
ミスティックスノークラブの盛り合わせを一通り堪能した一同は、再びお酒を楽しみながら談笑していた。
「最初に頼んだ分の料理はこれで全部だけど、みんな量は足りたかな?物足りなければ遠慮しなくていいよ。お代は大統領持ちだからね。」
セイランは全員の皿がほとんど空になったのを確認してから問いかけた。その問いは、満腹も空腹も存在しないドラゴン達を除外した、他の者への問いかけであった。 しかし、意外なことにセイランの問いかけに反応したのは、ドラゴンであるクリムゾンだった。
「甘いものが食べたいな。」
それまで特に何も喋らず黙々と目の前の料理を食べていたクリムゾンだったが、そろそろ食事会もお開きかと言った頃合いになってようやく口を開いたのである。
「それなら俺も食べたいっす。」「じゃあ私も。」
クリムゾンの要望にシュリとアクアも同調した。
「そういえば隠れ家でクッキーを気に入っていましたね。クリムゾンは甘いものが好きなんですね。」
クリムは思い出した様に言った。
「ほう、そうなのかい?それなら何か甘味を頼もうか。サテラ達も食べるよね?」
セイランは注文用の魔動機端末を持ち出し、甘味のメニューを眺めながら他の者にも問いかけた。
「あっ、はい。いただきます。」「それなら私もお願いします。」
サテラが肯定するとスフィーもそれに続いた。スフィーは先述の通りサテラと仲良くなりたいと思っているため、彼女に合わせる様に行動しているのだ。
「もちろん私も食べますよ。現代の食べ物は美味しいですからね。」
クリムもまたは純粋に知らない食べ物への好奇心からだが、やはり甘味を求めたのだった。
「よしきた、それじゃあ何を頼もうかな。と言ってもここは居酒屋だから、そこまで豊富な種類は用意されてないけどね。クリームあんみつにスライムケーキのチックピーフラワー和え、ミルクフロストのアプリコットリキュールソース味と、ラインナップも大人向けで渋いね。全部人数分頼むとさすがに多いから一人一つ頼むとして、どれがいいか希望はあるかな?」
セイランは1人だけ料理の実態を知っているので勝手に話を進めていたが、一応他のメンバーにも意見を求めたのだ。
「あんみつはグランヴァニアでも食べられていましたからわかりますけど、他の物はどんな料理なんですか?スライムケーキって言っても、まさか本当にスライムを使ってるわけではないですよね?」
クリムが逆に聞き返した。ちなみにスライムとは湿った地域によくいる半透明で不定形の粘性生物だ。特定の季節に湿潤した地面から湧き出てくるとされているが、その生態はよくわかっていない。
「スライムってのは見た目から付けられた名前だね。グランヴァニアでは水餅と呼ばれているお菓子の事だよ。それとミルクフロストは動物の乳を凍らせて削った、要するにかき氷のことだね。」
あんみつも水餅もかき氷も、グランヴァニアに古くから伝わる甘味であり、つまりはクリムが知らない料理だと思っていたそれらは、多少アレンジが加えられているものの、なんのことは無い彼女のよく知る食べ物だったのだ。
「なるほど。水餅はたしかにスライムっぽいですね。・・・そういう事なら、私はあんみつをお願いします。グランヴァニアのことを思い出していたら、無性に餡子を食べたい気分になったので。」
「はいよ。他の子はどうする?」
セイランは続けてクリム以外に視線を向けて希望を聞いた。
「それなら私もあんみつをお願いします。」「じゃあ私も。」
サテラはクリムを真似して、さらにそれをスフィーが真似する形であんみつを頼んだ。
「あんみつが3つだね。クリムゾン達はどうする?」
セイランはさらに続けて残りの3人にも問いかけた。
「よくわかんないけど一番甘いのがいいかな。」
クリムゾンは答えた。
「ここのあんみつは甘さが控え目だし、ミルクかき氷のシロップはお酒ベースだからそこまで甘くないかな。そうなると水餅が一番甘いと思うけど、それでいいかい?」
セイランはアラヌイ商会グループの店に並ぶ食品は一通り試食したことがあるため、記憶を思い起こしつつクリムゾンの問いに答えたのだった。
「うん、じゃあぼくはそれで。」「俺も旦那と同じのを頼むっす。」「それなら私もお母さんと同じのにしようかな。」
クリムゾンがセイランの勧めた水餅を選ぶと、シュリとアクアもそれに倣った。
「よし。あんみつと水餅が3つずつだね。それなら私はせっかくだからかき氷にしようかな。」
何がせっかくなのかわからないが、セイランは誰も選ばなかったかき氷を選んだのだ。
「それじゃ注文しちゃうけど、他に欲しいものは無いかい?」
セイランは注文前に最終確認をしたが、誰からも要望が出なかったため、そのまま手にしていた魔動機へと注文内容を打ち込んだのだった。
その後、注文をして数分と経たないうちに個室のドアを叩く音が響いた。
「おや?もう来たみたいだね。」
「また俺が出るっすよ。」
セイランが呟くと、例によってシュリがいち早く立ち上がり店員を出迎えに向かった。
「随分早かったですね。注文から数分と経っていませんが。」
クリムがセイランに疑問を投げかけた。
「ここで出してる甘味は、別店舗の甘味処に製造を依頼して買い付けた品だからね。あんみつや水餅は冷やしてあるものを盛り付けるだけだし、あとはせいぜいかき氷を削るくらいだから時間はかからないはずさ。客の入り様次第ではあるけど、今はそれほど混んでいないみたいだしね。」
セイランはクリムの疑問に答えた。
「なるほど。」
クリムが納得している間に、シュリはドアを開き店員を招き入れていた。
「おー、なんだかきれいっすね。食べ物じゃないみたいっす。」
シュリは運ばれてきた甘味を見て、その華やかな盛りつけに感心していた。なぜなら、それらは締めのデザートと呼ぶには多過ぎる程のボリュームがあり、想像以上に豪勢だったからである。
まずはクリームあんみつだが、少し深いボウル状のお皿の中央にはたっぷりの餡子と真ん丸の白玉が3つ据えられ、その周りには桃等の種々のカットフルーツが盛り付けれて、その上から三つ豆が散りばめられており、さらに生クリームがたっぷりと添えられていた。
次いでスライムケーキこと水餅だが、長方形のお皿に子供の拳ほどの大きさの、透明な水餅が2つ並んで配置され、その上からは粘度の高い黒蜜が掛けられて皿の中いっぱいに広がっていた。さらに黒蜜の上からは黄金色の粉が適度にまぶされていた。
最後にミルクフロストことかき氷だが、これは案外普通サイズではあったが、さらさらに削られた真っ白い氷の山に、オレンジ色のシロップが皿の底に溜まるほど盛大に掛けられ、さらにその頂上には餡子と生クリームが添えられていた。
それらは、どれもこれも普通の人間であれば一つで腹が膨れてしまう程の量であり、本来は数人で分けて食べる事を前提としたメニューなのだった。
「お待たせしました。あんみつが3つ、スライムケーキが3つ、そしてミルクフロストが1つになります。まずはあんみつの方からお配りしますね。あんみつの方はどなたでしょうか?」
「はい、あんみつは私とサテラとスフィーです。」
クリムは店員の問いに応えつつ、他の2人も指差しで示した。
「俺と旦那とアクアがスライムなんとかっすよ。俺が持って行ってもいいっすか?」
シュリは配られるのを待ちきれない様子で店員に聞いた。
「あ、はい。よろしくお願いします。」
「了解っすよ。」
了承を得たシュリは素早く3人の席へと水餅の乗った皿を配った。
「それでは、セイランさんはミルクフロストですね。」
店員はそう言いながら最後に残った皿をセイランへと手渡した。
「はい、ありがとう。」
セイランがこれを受け取ると、続けて店員は配膳台からティーセットを取り出して準備を始めた。
「甘味には紅茶が付くので今お淹れしますね。」
言うが早いか、店員は予めお湯を注ぎジャンピングを済ませて頃合いとなっていた紅茶を、ティーポットからカップへと注いでいった。
「お待たせいたしました。熱いので火傷に気をつけてお飲みください。」
店員は注いだばかりの紅茶を全員に配ると、テーブルの端にまとめられていた完食済みの料理の皿を回収した。
「それでは失礼します。どうぞごゆっくりお召し上がりください。」
店員はドアの前で一礼すると個室を後にしたのだった。
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