第155話 海皇流古武術奥義 魔導遷移の型・爆炎<マジカル☆エナジー・トランジショナル・ルーティーン・モード=エクスプロッシブ>

 紆余曲折あったが、ようやくやる気を出したアクアと、最初からやる気満点の師範代2人との、ドラゴン対人間の異種族格闘技頂上決戦、その第二幕が切って落とされようとしていた。ところでサブタイトルがバカ長い。


「さてとゴウよ、予想通りだがお嬢ちゃんの実力は、どうやら俺達の遥か上を行っているようだな。」

 レツは構えたまま、アクアから視線を逸らさずにゴウに問いかけた。

「ああ。先ほどまでは手を抜いていた様だったが、それでもなお、速さもパワーも我々を上回っていたからな。」

 ゴウもまたアクアへの警戒を緩めることなく答えた。


 なお件のアクアはというと、先ほどは彼女から仕掛けて2人の防御の技術を確認できていたので、今度は攻撃の技術を見ようと考えていたため、2人の動きを待ち構えて自ら動くことはなかった。


 どっしりと構えて動こうとしないアクアを前にした2人は、それなりに経験を積んだ格闘家であるため、彼女が自分たちの出方を待っているのだとすぐに気が付いた。

「お嬢ちゃんはこちらの動きを待っているようだな。彼我の戦力差を考えれば、罠・・・と言うわけではないだろう。俺たちの技を見せてみろと、そういうことだろうな。」

 レツは再度ゴウに問いかけた。

「真剣勝負においては、敵の誘いには乗らないのが定石だが、今回はその限りではないな。圧倒的強者である彼女が、我々に攻撃のチャンスをくれているわけだ。」

 ゴウはアクアが強力なドラゴンだと頭ではわかっていたが、それでも幼い姿のアクアに拳を向ける事に少なからず負い目を感じ、なかなか拭い去れずにいた。しかし、たった一合の攻防ではあるがアクアの実力の片鱗を垣間見たことで、彼女をようやく真の実力者であると肌で感じ、いまいち乗り切れない気持ちを払拭したのだった。

「であれば、出し惜しみはなしだな。お嬢ちゃんの期待に添えるかはわからんが、せっかくの好意だ、奥義の限りを尽くして応えよう。」

 レツはそう言うと、重心を下げて体の前で両手を開手で構えるという、どちらかと言えば防御寄りであったそれまでの構えを一変し、前傾姿勢で今にも飛び掛かりそうな攻撃的な構えに変化させた。その激しくも流麗な舞のごとき構えは、燃え盛る炎の様であった。また構えの変化に合わせて、その身に纏う魔力にも変化が起きており、それまで全身に静かに、ほぼ均一に纏っていた魔力は、四肢へと集中した上で炎の様に揺らめいていた。

「応っ!」

 ゴウは簡潔な返事とともにレツと同じ構えを取り、また同様に魔力を炎の様に変化させた。アクアに小手先の技は通じないと悟った2人は、最初から最大火力の秘奥義を繰り出すことを決めたのである。


 ところで、サテラのエコール談義に付き合わされていたアサギは、試合が始まったことを理由にサテラの話を遮り、クリムの元へとやってきたのだった。

「試合が始まったので見に来たのですが、なんだかもう佳境みたいですね。」

 アサギがクリムに話しかけた。

「そうですね。2人がアクアの想定よりずっと強かったので、アクアの闘志に火が付いたみたいですね。念入りに言い含めておいたので手加減するつもりはあるでしょうけど、人間に合わせた手加減がどこまでできるかは疑問が残るところです。あの子はああ見えて混じりっけなしの純粋なドラゴンですからね。レツさんとゴウさんの方も次の一撃に全力を懸けるつもりの様ですから、いずれにしても決着は早いでしょうね。」

 クリムは状況を分析しつつ、直接口には出さなかったが、アクアが加減を間違えて2人を消し飛ばさないかと少し心配していた。というのも、今朝方アクアは、周囲に居たシュリやスフィーを気に掛けることなく、クリムゾンの縄張り(滞在期間約1日)である洞窟を崩壊させかけた前科があったためだ。それゆえクリムは、アクアがちゃんと手加減できることを期待しつつも、油断していて出遅れた今朝の反省も踏まえ、いつアクアが暴走しても止められる様にと、念のために心構えだけはしていた。

 強大な力を持つドラゴンが他の生物に対してどういった対応を取るのかは、個々人(龍)の裁量に任される部分であり、これといった決まりごとが有るわけではないの。しかしクリムゾン並びにクリムは、数千年前のクリムゾンが起こした災厄の折にそうなった様に、人間を始めとした他種族がクリムゾンを恐れて敬遠し、誰も彼女と戦ってくれなくなる事を懸念しているので、基本的なスタンスとしては他種族に対して友好的に接するつもりでいるのだ。そして良好な関係を築きつつ、強者を見繕ってクリムゾンに挑んでもらう、という指針で現在は活動している。なのでクリムはアクアもその指針に沿った行動を取るようにと、人間社会におけるドラゴンの在り方などをもろもろ教えているのである。

「2人の手足に何か炎の様なものが見えますけど、あれって何ですかね?」

 アサギは構えを変化させた父と叔父の姿をじっと観察し、彼らの四肢に集まった魔力に言及した。

「おや?アサギさんは魔力が見えるんですか?」

 クリムは少し驚いた顔をして逆に聞き返した。というのも、何度も繰り返し述べてきたことだが、人間は魔力感知能力が低く、長年魔法を研究し、魔力の制御技術を鍛えた高位の魔導士でもなければ、魔力を感じ取ることすら困難な種族的特性を備えているからである。


 なお元来魔力は無色透明であり、光の加減で見えるようなモノではないため、”見える”という表現は正確ではないかもしれない。しかし第六感的な雰囲気で感じ取った魔力を、理解しやすい様に視覚や聴覚、嗅覚という形に情報を置き換えて脳が処理することは、往々にして起こる事象であり、”見える”という表現はあながち間違いでもない。また余談だが、多量の魔力が高密度に集中した場合、重力場が生じて光を屈折させる現象が起きるので、実際に魔力を視認することが可能となる。ただしレツとゴウの魔力量は、人間にしては多いとはいえ、物理的に視認できるほどの規模には至っていないので、今回アサギが魔力を視認できている理由とは関係ない。


「あれって魔力なんですか?うっすらとですけど、ゆらゆらと揺れているのが見えますね。」

 アサギは目を細めて、先ほどよりさらに注意深く2人を観察しながら言った。

「なるほど。アサギさんは相手の次の行動を見切る能力、武術的な用語でいうところの、いわゆる観の目が優れているという話でしたが、その辺の事情が絡んでいるのかもしれないですね。」

 クリムははたと思い至った様子で言った。

「そうなんですか?」 

「ええ。元々魔力を感知する能力が高かったのか、あるいは観の目を鍛えたことで魔力を視認できるレベルにまで昇華したのか、因果関係はわかりませんが、人間としてはなかなか得難い力であることは間違いないですね。あの2人が実力を認めているだけあって、やはりあなたの素質は目を見張るものがありますね。」

 クリムは既にアサギの素質に目を付けており、鍛えればクリムゾンのいい相手になってくれると勝手に期待を掛けていたが、その期待を超える素養を既に身に着けているアサギに感心し、素直に称えたのだった。

「えっと・・・よくわからないですけど、そんなに褒められると照れますね。」

 アサギはクリムのまっすぐな瞳から、彼女がお世辞抜きに本音で自身を称賛しているのだと分かったが、特に何をしたわけでもないのに褒められるのが申し訳ないような、妙な居心地の悪さを感じたので、思わず視線を外して頬を掻いた。

 2人の掛け合いを一歩引いて眺めていたシャイタンは、急にアサギを口説き始めたクリムの言動に何事かと驚き、若干引いていたが、ついさっき彼女も無自覚にアサギを口説いていたので人のことは言えないだろう。


 さて、観覧者達が試合そっちのけでじゃれ合っているのを他所に、当の格闘家達は周囲のガヤに気を取られることなく真剣に向かい合っていた。

「ふんっ!」「はっ!」

 レツとゴウは思い思いの掛け声とともにさらに気合を入れて、手足に集中した魔力を練り上げていった。そうして揺らめきの激しさを増していった魔力は、ついには臨界を超えて発火現象を起こした。

「おおっ!」

 それを見たアクアは思わず声を漏らした。まだ人間のことをよく知らない彼女だが、今日出会った幾人かの人間達の言動から、彼らが魔力の操作が苦手な種族であることはわかっていたので、魔力を直接別のエネルギーへと変換した2人の技に面食らったのだ。

「待たせて悪かったなお嬢ちゃん。これが海皇流古武術奥義、魔導遷移の型・爆炎だ。発動に時間がかかる関係で実戦向きではないが、俺たちが現状扱える中では最大最強の技だ。一応確認しておくが、全力で打ち込んで問題ないな?」

 両腕の魔力を燃え上がらせながらレツがアクアに確認した。

「もちろんいいよー。」

 極限まで集中力を高めて奥義を発動しているため、鬼気迫る表情のままで質問を投げかけたレツだったが、それとは対照的にアクアは軽い返事をした。アクアは彼らの発する猛烈な炎に臆することなく、思いがけずに飛び出した大技にむしろ心躍らせて笑顔をこぼしたのだった。

「よし!ならば遠慮なく全力で行かせてもらおう!連携でいくぞゴウ!」「応っ!」

 アクアのともすれば狂気的な笑顔に、一瞬恐怖を覚えたレツとゴウだったが、怖気づきそうになる心を奮い立たせると同時に、その身に纏った炎の勢いも増しながら決死の突撃を敢行した。

 専業の武闘家である彼らは日ごろの精神鍛錬が功を奏して、わずかに芽生えた恐怖心を抑え込むことに成功していたのだ。

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