第154話 海皇流古武術奥義・空即是色と色即是空

 互いの技を見せ合うためにルール無用の他流試合を始めたアクアとレツ&ゴウだったが、アクアはわずか一合打ち合っただけで、2人の格闘家の実力を認め、少しだけ本気を出すことにしたのだった。


 アクアはやる気を出して構えたが、ふと先ほどのレツとのやり取りが気になったので、ひとたび構えを解き声をかけた。

「ところで、さっき使ってた高速移動法って、何て名前だっけ?」

 ようやく本腰を入れて構えたアクアを前にして戦慄していた2人の格闘家は、負けじと気合を入れて身構えていたので、急に構えを解いて話しかけてきたマイペース過ぎるドラゴンの言動に、思わずずっこけそうになった。しかし強いとは言えアクアは子供なので、情緒の振れ幅が大きいのはある程度仕方がないと考え、2人の格闘家もまた構えを解いて彼女の問いに応じることにしたのだった。

「さっき俺が使った移動術のことなら、海皇流古武術奥義の一つ、空即是色くうそくぜしきだな。」

 レツが答えた。

「おお、そんな名前だったような・・・違うような?」

 アクアはピンときた様子で手を叩いて感嘆の声を漏らしたが、すぐに語気を弱めて首をかしげた。


 さて、先般アクアはクリムゾンの魔力によって変異した巨大鮫・マナゾーと戦ったが・・・戦ったと言っても、アクアがマナゾーを一方的に蹴り飛ばしただけなので、到底戦いと呼べるものではなかったが・・・それはそれとして、マナゾー戦においてアクアは、海皇流戦闘術の基本技術である高速移動法を使用していたのだが、その時は自身の使った技の名前が思い出せなかった。それゆえ同じ技を使うレツに技名を聞いたのだった。

 しかしレツの答えを聞いたアクアは、いまいちしっくり来ていなかった。と言うのも、アクアが扱う海皇流戦闘術とレツ達が扱う海皇流古武術は、元をただせば海皇龍アクアマリンの興した武術体系の仲間であるが、戦闘術は龍人ドラゴニュートが使用することを前提とした原型の武術であり、古武術の方はアクアマリンから人間に伝えられたのち、人間達が継承していく中で人間向けに改良してきたものである。そういった経緯から双方の技の基本的な部分は同じだが、細やかな部分は若干変わっているのだ。それは技名に関しても例外ではなく、長い時をかけて継承される中で変化していたのだ。

 余談だが、アクアの高速移動術の本来の名称は、海皇流戦闘術の基礎的な魔力運用法、跳龍跋扈ちょうりゅうばっこ穹足零式きゅうそくぜろしきである。穹足零式の効果は、普段意識せずにその身に纏っている魔力も含めたすべての魔力を完全に遮断し、また本来肉体が持つ質量も反重力子を操作する魔法によって極限まで軽減し、疑似的にゼロ化する技術だ。より直感的に説明すれば(厳密には違うが)体重が減って身軽になる技である。そのやたらと長く、無駄に難しい漢字を多用している名称は、海皇龍アクアマリンが自ら名付けたものであるが、穹足零式の意味するところは”自在に空を駆ける”くらいのニュアンスである。そして跳龍跋扈の方は特に意味は無いが、カッコいいと思って考えた移動術を表す修飾子である。

 さらに余談だが海王流古武術の空即是色は、魔力を遮断するところまでは穹足零式と同様であるが、人間には反重力子を操るような高度な魔法が使えないので、そちらの効果はオリジナルから模倣できていない。しかし、魔力を遮断する効果だけでも案外バカにできないものである。余計な魔力放出を抑えることで、無意識的に身体駆動に用いる一部筋肉のみに魔力を集中して無駄なく強化できるし、行動を起こす一瞬だけに魔力を絞ることで、瞬発力を高めつつも魔力消費を抑える副次作用が起きているのだ。また、多少なりとも身軽になることで産まれる精神的高揚感は、集中力を研ぎ澄まし、魔力の制御をより緻密に行うことを可能にしている。ちなみに空即是色の意味するところも説明しておくと、空とはすなわち無であり”世界のすべては無によって構成されている”みたいな意味合いである。そして目には見えない、万物を構成する何かとは、要するに魔力のことである。

 さらにさらに余談だが、空即是色には対応するもう一つの奥義、色即是空しきそくぜくうが存在し、それこそがレツとゴウが先ほどから臨戦態勢になるたびに行っている、全身に魔力を纏う技術である。人間にとっては意識的に魔力を纏う技術は訓練を要する特殊技能であるが、ドラゴンにとっては息をするのと変わらない簡単なことであるため、海皇流戦闘術の方には色即是空に相当する技は存在しない。

 補足が長くなったが、アクアが自身の使う技の名前を思い出せないのは、無駄に難読漢字を並べ立てたアクアマリンのせいである。アクアにはアクアマリンの記憶が受け継がれているが、精神が幼い彼女にはその記憶のすべてを理解することはできていないのだ。


 いまいちすっきりしないアクアは、しばし首をかしげて自身の技の名称を思い出そうとしていたが、いくら頭をひねっても答えは出てきそうもなかったので、ひとまず考えるのはやめて目の前の好敵手達に再びその意識を向けた。

「まぁいいか。それじゃ、改めて続きを始めようか。」

 そう言うとアクアは再度構えを取り、全身に滞りなく魔力を纏った。

「今度はこちらから攻めるぞゴウ!」「応っ!」

 アクアが構えると、和やかに談笑していた格闘家2人もそれに応じて構えを取り、ようやく他流試合の第2ラウンドが始まろうとしていた。


 技を見せ合うのが最優先の目的とは言え、一応は真剣勝負の最中であるのに随分と間延びした試合展開を見せる両者なのだった。

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