第151話 アクアの提案
少女達がいろいろと話し合いをしていると、どちらが先にアクアと戦うか問題で、互いに譲らず醜い言い争いをしていた大男2人はついに決着をつけようとしていた。
ゴウとレツは平行線の話し合いをじっくり進めるために、互いに正座して向かい合っていたが、レツはおもむろに片膝をついてゆっくりと立ち上がった。
「やはり譲る気はないかゴウ。」
立ち上がったレツに呼応するように、ゴウもまた一歩遅れて立ち上がった。
「ああ、こればかりは譲れないな。二度とはない機会だからな。」
2人はしばしにらみ合ったのち、同時に構えを取った。
「ならばっ!」「応っ!」
「「拳で決着をつけるしかあるまい!」」
2人は体内に内包する魔力をその身に纏う様に放出し、戦闘態勢を取った。
海皇流古武術の奥義を極めた男達による全力の魔力放出は人間としては破格の出力を誇っており、種族としての基礎スペックが人間のそれを遥かに上回っているはずの魔族やドラゴンにさえ通用しうるレベルに達していると、クリムの目には映った。
もちろん魔族の中でも最上位に位置するシャイタン及び魔王達と、たった一頭でこの星の全生命を相手取りぼこぼこに蹂躙していたクリムゾン、並びにそれに準ずる力を有する眷属のクリムとアクアには、多少人間の域を超えた程度の力では及ぶべくもないが、平均的な魔族や経験の浅い若いドラゴンが相手という条件付きではあるが、彼らの力は上位種族にも通用しうると評価したのだ。
「あの2人、私が思った以上の力を持っているみたいですね。はっきり言って侮っていました。」
クリムは誰にともなく呟いた。
「そうですね。私達はゴウさんが盗賊と戦うところを見ていましたが、どうやらあの時は本気を出していなかったみたいですね。」
クリムの独り言にシャイタンが補足した。
「そうなんですか?まぁいずれにせよ、アクアマリンが人間に伝えたという武術は、数千年を経てもしっかり継承されているみたいですね。人間用に改良しているというような話でしたが、あの構や魔力を纏う技術は、アクアが扱う海皇流戦闘術とほぼ同質のものと見受けられますし、恐らく基本的な部分は変えずに守っているのでしょうね。」
クリムは2人の魔力の流れと構えを改めてまじまじと観察し、先だってアクアが見せた海上での戦いと比較して評価した。
「なるほど。」
シャイタンはアクアマリンが誰なのか、そしてアクアと格闘家達の関係性も知らないので、クリムが何を言っているのかほぼわかっていなかったが、さほど興味もなかったので適当な相槌を打ったのだった。
さて、クリム達が少し離れて見守っている中で、互いの出方を見てじりじりと距離を詰めていた大男達だったが、そんな2人の間に無造作にアクアが飛び込み、今にも戦闘開始しようとしていた所に割って入った。
「なんで2人で戦おうとしてるの?」
アクアは2人が自身と戦う順番を決めるためにいろいろ話しているのを傍で聞いていたが、あまりに進展がないため退屈で途中から聞いていなかった。そして2人がなぜか急に戦闘態勢に入ったので、彼らの殺気立った魔力に触発されて飛び出し、疑問を投げかけたのだ。
「待たせちまってすまないなアクアちゃん。話し合いでは決着がつきそうもなかったんで、この際どっちの練度が上かはっきりさせておこうと思ってな。」
レツは左手を軽く胸の前に掲げると、拳をぎゅっと握りしめながらアクアの問いに答えた。
「すぐ済むから、もうちょっと待っててくれお嬢ちゃん。」
ゴウもレツに追従するように拳を握りしめながらアクアに言った。
「どうした?ついに諦める気になったかゴウ?俺達の実力は拮抗しているだけに、本気でやりあえば長期戦は免れんはずだ。無論俺はあきらめるつもりなどないから、お前が折れると、つまりはそういうことだろう?」
レツはすぐに済むというゴウの言葉をわざと曲解して自身の優位を誇示した。
「いいや、当然私が勝つつもりだぞ。兄貴は実戦レベルの試合となると、たまに他所の師範代と手合わせする程度であろうが、私は実力の近いセンジュと毎日のように拳を交えて研鑽を積んでいるからな。私に利があるのは火を見るより明らかであろう。」
ゴウはレツの煽り文句に応じるように自身の勝利を確信している理由を明かした。
「経験の差がすべてではないことはアサギを見れば明白だと思うが、どうかな?」
レツは若いながらも自分達より優れた戦闘センスを持つアサギに視線を向けて、ゴウの持論に異を唱えた。
「そう言われればそうだが、兄貴の言い分はアサギの個人的な資質の高さからくる例外だろう?もとより実力が近い我らに置き換えれば、経験の差が勝敗を分ける最後の一手になり得るはずだ。」
ゴウはレツの異議には欠陥があると指摘し、さらに反論した。未だいがみ合いを続けている2人は、またも平行線の舌戦を繰り広げたのである。
これに対しアクアは首をかしげて問いかけた。
「うーん?別に2人まとめてかかってきてもいいよ。どのみち2人とも戦うつもりなんでしょ?」
「何だって?」「いや、さすがにお嬢ちゃん相手に2人掛かりは気が引けるな。」
レツとゴウは互いに顔を見合わせると、揃ってアクアの提案に難色を示した。
一歩引いて様子を窺っていたクリムだったが、ようやく話がまとまりそうかと思った矢先に再び議論が暗礁に乗り上げたところで、ついに重い腰を上げて仲裁に入ることにしたのだった。そして、まずは話題の中心であるアクアに話しかけた。
「ちょっといいですかアクア?」
「どうしたのおねえちゃん?」
「いえ、2人まとめて相手をすると提案したのが少し気になったので、確認に来たんですよ。あなたはたしか強者と1対1で戦いたいと言っていたはずですが、それでいいんですか?」
クリムはアクアとの今朝方の会話を思い起こして、その矛盾を指摘したのだ。
「うん。1対1の方がいいけど、1対多の場合は別に構わないよ。それに2人が相手じゃ私がやりたい戦いにはならないだろうし。私は2人の使う技に興味があっただけだからね。」
アクアは目の前の2人では自身の相手をするには役者不足であると明け透けに告げたが、それは相手の気持ちを慮るような思慮を持ち合わせていない幼い精神性がゆえに出てしまった言葉であり、また事実でもあったので特に悪気はなかった。
「そういうことでしたか。あなたがそれでいいなら何も言いませんが。」
クリムはアクアの言葉を聞いて意気消沈している大きな子供達に目を向けたが、彼らの微妙な感情の変化はアクアにはまだ難しいと判断して、特に何も言わなかった。
さて、ドラゴンを相手取り手合わせできる機会に、子供のように心躍らせていた大男2人は、元より勝てるとまでは思っていなかったものの、歯牙にもかけない様なアクアの発言によって、少なからず自尊心を傷つけられていた。そして、先ほどまで大人げなく口論していたのが嘘のように冷静さを取り戻していた。
「その、なんだ。すまなかったなゴウ。俺としたことが、年甲斐もなくはしゃいでいたようだ。」
まずはレツが謝罪した。
「いや、こちらこそすまなかった。相手の実力を見誤り、自身を過大に評価するなど、武術に身をやつす者としてはあまりに未熟だったな。」
ゴウもこれに応じ、さらにアクアの言動に少しばかり反骨心を抱きながらも理解を示した。
「おや?話がまとまったようですね。それでは道場での模擬戦としては変則的かもしれませんが、2人まとめてアクアが相手をするということでよいですね?」
クリムは2人の様子を見て声をかけた。
「ああ、俺はそれで構わないぞ。うちの流派は多人数相手だから勝てませんでしたなんて、甘えた事は言わない実戦武術を標榜してるからな。1対1に限らず、多人数での乱戦や、即席の共闘なんかはむしろ得意分野だ。」
レツはクリムの心配を払拭するついでに、自身の流派の特徴を語った。
「私もそれでいいぞ。こちらが2人掛かりだからと言っても相手はドラゴンだからな。手を抜くつもりはないから、お嬢ちゃんも油断しないでくれよ。」
ゴウは改めてアクアの方が格上であると認識した上で、やはりその幼い見た目に惑わされて、どこか煮え切らない言葉をかけた。
「うん。全力でかかってきていいよ。私は本気は出さないけど、わざと技を受けてあげるつもりもないから、甘い攻撃をしてきたらはじき返すよ。」
アクアは強者の余裕ではないが、ゴウの魔力の流れから迷いを感じ取ったので、変に手心を加えた攻撃をしないようにと釘を刺したのだ。
「よし。双方意見がまとまったようなので、さっそく試合を始めましょうか。」
クリムは両者の意思を改めて確認し、なかなか前へと進まなかった議論を終わらせたのだった。
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