第145話 格闘義兄弟レツ&ゴウ

 クリム達および魔王達がそれぞれ状況整理を済ませたのを見計らって、道場の師範代レツが声を掛けた。

「双方相談は済んだみたいだな。そろそろこっちの話を始めてもいいか?」

「はい、こちらは大丈夫ですよ。お願いします。」

 クリムゾン陣営は代表でクリムが答えた。

「こっちも問題ないにゃー。」

 一方魔王サイドはチャットが答えた。魔族の面々は未だクリムゾンをはじめとするドラゴン達に対する警戒心が完全には解けていないので、忌避感が無いチャットが答えたのだ。

 双方の了承を得たレツは話を続けた。

「よし、そんじゃ早速だが本題に入らせてもらうぜ。ゴウから聞いたんだが、そっちのお嬢ちゃんは、うちの武術の創始者と言われているアクアマリンの技を受け継いでるんだってな。」

「アクアマリンの技なら使えるけど、『そうししゃ』ってなんのこと?」

 レツはアクアが当然その辺の話を理解しているものと思って問いかけたのだが、当のアクアはなんのことかと言った様子で、首を傾げて聞き返すのだった。アクアは格闘家であるアサギ達がどの程度の力を持っているのか、どんな技術を使うのかには関心があったが、武術の成り立ちはどうでもよかったのでよく覚えていなかったのだ。また、創始者という言葉の意味もよく分っていなかった。

「創始者というのは最初に始めた人って意味ですよ。彼らの話からすると、アクアマリンは我流で作った武術を人間達に教えていた様ですね。」

 要領を得ないアクアにクリムが耳打ちした。

「おお、なるほど。」

 アクアはアクアマリンの記憶を持っているが、精神が幼いためその記憶のすべてを理解してはいないのだ。

 アクアのとぼけた反応で少々話の腰を折られたレツだったが、気を取り直して話を再開した。

「それでだ。俺達はうちの流派の源流となる技術を、早い話がアクアマリンの技を見せて欲しいんだが、聞くところによればお嬢ちゃんもうちの流派に興味が有るようだし、ここはひとつお互いの技を見せ合うために、手合わせしてみないか?」

 それはレツからの他流試合の打診だった。

 彼らの扱う武術は海皇流古武術であるが、それは先述の通りアクアマリンが創始者として人間に伝えた技術を、長い年月をかけて人間達が錬磨してきた物であり、アクアマリンによって伝えられた武術を人間向けに発展・改良した武術であると言える。

 一方アクアの扱う海皇流戦闘術は、まさしくアクアマリンが作った源流の武術そのものであるため、流派の代表とも言える師範代を務めるゴウとレツは、自分達が、そして先人達が発展させてきた技がオリジナルに通用するのか、さらに言えばオリジナルを超える事ができているのか、どうしても試したいという欲求に駆られていたのだ。

「いいよー。」

 アクアは彼等の思惑などもちろん知らないが、特に断る理由もないのであっさりと了承した。

「やり過ぎない様にしてくださいねアクア。特に大規模な破壊を伴う技は使っちゃダメですよ。」

 おそらく何も考えていないであろうアクアに、クリムは念のため耳打ちした。

「うん、わかった。」

 アクアは素直に頷いた。


 クリム達が旅をしているそもそもの目的は、戦う相手を求めているクリムゾンに挑戦してくれる者を探す事なので、力を求め鍛える事を生業としている格闘家は、挑戦者となってくれる可能性の高い魅力的な人材なのだ。仮にアクアが手加減を誤り死傷者が出たとしても、クリムゾンの力を持ってすれば簡単に蘇生できるのだが、いたずらに痛めつけてドラゴンに対する恐怖心が根付いてしまうと、せっかくの有力な挑戦者候補がクリムゾンと戦う前に心折れてしまうかもしれないので、事前にアクアには本気を出さない様にと釘を刺していたものの再度注意を促したのだ。


「そうと決まればさっそく準備するから少し待っていてくれ。やるぞゴウ。」

「おう。」

 レツはゴウに合図すると、2人揃って手際よく格闘場の戸締りを始めた。

「何してるんですか?」

 彼らの行動に疑問を感じたクリムが問いかけた。

「ゴウから聞いていると思うが、うちの流派には護身のためや心身を鍛えるためにと格闘技を学ぶ、ライト層に向けた安全で殺傷力の低い表向きの技と、師範代クラスにのみ伝承されている本来の古武術の技が有るんだ。アクアマリンの技を受け継いだ格闘家、それもドラゴンが相手となれば、俺達も当然奥義の限りを尽くすつもりだが、なにぶん秘伝の技なのでな。心身ともに半人前の門下生達に見せるわけにはいかんから、格闘場を締め切っているんだ。」

 レツは扉や窓に鍵を掛けながら答えた。

「なるほど。」

 クリムは納得しかけたが、その時ふとアサギと目が合った。

「おや?アサギさんはいいんですか?彼女にもまだ秘伝の技は教えていないと、ゴウさんが先刻言っていましたが。」

「そうですね。秘伝の技があるなんて今日初めて聞きましたし、当然技は習っていないですけど、私はいいんですか?」

 クリムの疑問に乗っかる様にしてアサギもレツに質問を投げかけた。

「アサギは年齢的に若すぎるからまだ秘伝の技は教えていないが、表の技の練度を鑑みれば、実力的にも精神面でもすでに師範代クラスと言って差し支えないからな。身内びいきと思われるかもしれんが、実際表の技に限られているとはいえ、道場間での交流試合や模擬戦では、俺やゴウでもアサギには敵わないくらいだしな。」

 レツはやはり戸締りをする手を休める事なく作業しながら答えた。

「へー。アサギさんは小さいのにすごいんですね。」

 クリムは小さな身なりの少女でありながら、大男であるレツやゴウを打ち負かすというアサギの実力を素直に称賛したが、体格差を見れば勝負にすらならない様に思われたので少々懐疑の目を向けていた。かくいうクリム自身も体格的にはアサギと大差ない少女なのだが、ドラゴンである彼女は魔力操作によって身体の質量を増加させて体重差を覆す事ができるし、身体強度も人間とは比較にならないので、体格差の影響は人間ほど決定的な実力差には繋がらないのだ。

 クリムが疑念を抱いていると気付いたレツはさらに補足した。

「アサギは動体視力が高い上に勘が鋭くてな、先読みによる回避や防御が的確なんだ。フェイントを見切る観察眼の精度も飛びぬけて高いしな。そしてその見切りを利用して、ガードをすり抜けて打ち込む打撃と、相手の攻撃に合わせる必殺のカウンターを武器に試合では負けなしの強さを誇ってるんだな。見切りの勘に関しては鍛えてどうこうなるもんでもない、格闘センスがものを言う部分だな。大柄な俺やゴウの方が当然一撃の破壊力は高いだろうが当たらなければ意味がないし、小柄な分素早いアサギを捕らえるのも難しいから、試合形式では分が悪いんだ。」

 その理屈だと実戦形式でも普通にアサギに分がある様にクリムは感じたが、大人達の顔を立ててあえて指摘はしなかった。

「なるほどなるほど。それはなかなか期待が持てますね。」

 クリムは改めてアサギをまじまじと見つめたので、アサギの方は少々照れていた。


 体格差による不利は先述したドラゴンの様に、魔力操作を習得すればある程度は緩和できるので、持ち前の格闘センスが高いというアサギに対して、クリムは大きな期待を寄せたのだった。もちろんその期待はクリムゾンに挑戦して、いい勝負ができる潜在能力を持った人間としての期待だ。クリムゾンからは戦う相手の強さはある程度以上なら気にしないと言われてはいるが、どうせなら強い方がクリムゾンに取っても、挑戦者にとってもいいだろうと、クリムは独断で選考条件を高めているのだ。

 以前に述べた通り、ドラゴンの眷属は母の願いや想いを受けて産まれ、その願いに沿った性向を持って成長するのだが、それが良きにせよ悪しきにせよ母の思惑から外れて、想定以上の行動に出る事がままあるのだ。親の心子知らず、というわけではないが、子供とは得てして親の思い通りにはならないものなのだ。

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