第136話 人間の強さ(クリムの所感)

 クリムゾンと魔王達が格闘場へと戻って来た。

「おや?もうお話は済んだんですか?」

 クリムゾン達に気付いたアサギが声をかけた。

「うん。誤解も解けたしもう大丈夫だよ。」

 クリムゾンは意図せず魔王の敵愾心を刺激し、新たな誤解を産んでいたが彼女自身はその事を知らない。

「そうですか、それはよかたったです。では改めまして、シイタさん達に道場の案内をしましょうか?ちょうどアクアさん達には一通り施設の紹介をし終わったところですし。」

 アサギは魔王の後ろに控えていたシャイタンに問いかけた。

「うーん?そうですねぇ。ところでクリムゾンさん達はこれから何をするんですか?」

 シャイタンはクリムゾンとその仲間達の姿を見回すと、少し考えてから逆にアサギに聞き返した。

「クリムゾンさん達の方はこのあと少しお話してから、実際にうちの流派の動きなんかを体験してもらう感じですね。」

「なるほど。そういう事でしたら私達もそちらに合流させてもらってもいいですか?その辺にあるトレーニング器具の説明でしたら、似た様な器具を使ったことが有るので必要有りませんし。」

 シャイタンは自分でそう言いながら、魔族の島にあったトレーニング器具と人間の扱う器具がよく似ている事に違和感を覚えたが、アサギにその辺の話をするわけにはいかないので、ひとまず疑問をひっこめた。

「そうですか。分かりました。という事なんですが、クリムゾンさん達もそれでいいでしょうか?」

「いいよー。」

 クリムゾンは特に何も考えず、これを了承した、


 魔王が率先してクリムゾンとの関りを持ってしまったため、時すでに遅しの感は否めないが、魔王達はできるだけドラゴンに関わらずに行動しようと事前に話し合っていたし、シャイタンは島を出る前にシェンからドラゴンには手を出すなと釘を刺されてもいた。では、なぜシャイタンがクリムゾン達と合流しようなどと言い出したのかというと、クリムゾンやアクア、そしてシュリとスフィーが、(中身はどうあれ)彼女好みの小さな少女の姿をしていたからである。ドラゴンは危険と知りながらも、可憐な幼女たちとお近づきになりたい気持ちが勝ったのである。なおクリムはシャイタンとおおよそ同年代の外見をしていたため、わずかばかり彼女のストライクゾーンから外れていた。


 アサギとシャイタン達が話している一方で、施設見学を終えたアクア・シュリ・スフィーの3人はクリム達と合流していた。

「みなさん道場見学はどうでしたか?」

 クリムはクリムゾンと魔王達の対談を覗き見する片手間に、見学組の様子もそれとなく気に掛けていたので大体の状況は把握していたが、当事者の視点からは別の意見もあるかもしれないので報告を促した。

 これにまずシュリが答えた。

「人間はわざわざ身体を鍛えるために運動してるんすね。深海ではいかに普段のエネルギー消費を抑えるかが基本っすけど、地上は食べ物が多いから余裕が有るんすかね?」

「そうですねぇ。深海が過酷な環境であるのはその通りでしょうけど、かと言って地上の生物だって、みんながみんな余裕をもって生きているわけではないですよ。人間達が生活に余裕を持ち、平和と自由を謳歌しているのは、ひとえに他の生物を脅威とみなしていないからですね。生態系の枠組みに収まらないドラゴンを始めとする怪物達や、あるいは根本的に生物ではない精霊の類を除いた場合、地上において人間はほとんど敵無しですからね。」

 ドラゴンを怪物と評するクリム自身もドラゴンなのだが、今は人間視点での一般論を述べているだけなので、彼女がドラゴンを本気で怪物だと思っているわけではない。

「へー、人間って強いんすねー。」

 シュリは人間であるサテラや格闘家の面々を見回して言った。

「ええ、人間は現代においても広大な地域を支配し、世界の覇権を握っているそうですから、生物として強い種族なのは間違いないですね。ただ、おそらくあなたが考えている様な強さとは少し違うと思いますけどね。」

「どういうことっすか?」

 クリムの無駄に思わせぶりな言葉に対しシュリは模範的な反応を示した。アホっぽい言動とは裏腹に案外聞き上手な海老である。

「あなたの考える強さとは、食うか食われるかの生存競争において、上位捕食者として君臨するための力。より簡潔に言えば殺し合いを制する能力を指していますよね?」

「そうっすね。他になんかあるんすか?」

「人間の持つ強さの話をする前に、まず前提として競合生物と比較した人間の戦闘力がどのくらいなのかを話しましょうか。種族としての平均的能力を比べると、人間は純粋な身体能力や頑強さは元より、魔法・武器を使った戦いにおいても、魔族やエルフとはくらぶべくもなく遥かに弱いです。寿命も短いですしね。極端に体格の小さい小人族なんかが相手ならまた違ってきますが、多くの亜人種は人間より身体能力が高いですし、人間は魔法が苦手な方ですから、その点でも優位性はないですね。龍の巫女であるサテラの様に、例外的に人の域を超えた力を持つ人間も居るので一概には言えませんが、人間はお世辞にも戦闘能力が高い種族とは言えないんですよ。」

 すぐそばで話を聞いていたサテラに視線を向けながらクリムがそう言うと、サテラは照れくさそうにはにかんだ。サテラはクリムに対し憧憬の念を抱いているため、自身が褒められたようで照れたのだ。なおクリムの言葉は、サテラ個人の強さに言及したわけではなく、歴代の龍の巫女全般についての発言である。

「はえー、よく分んないっすけど、深海生物で言えば人間は中型魚くらいの立ち位置なんすかね?」

「ええ、個体数が少ない大型の魚をエルフや魔族に当てはめるなら、そういう事になりますかね。」

 深海生物にそこまで詳しいわけではないクリムは、シュリの喩えが的を射ているのかいまいちわからなかったが、概ね正しいだろうという体で話を続けた。

「あれ?じゃあなんで人間が世界の覇権を握ってるんすか?深海では順当に強い鮫とかの大型魚が生態系の頂点に立ってるっすよ。」

「深海の話に喩えるのは難しいですが、人間は個としての力は弱いながらも、群れを成した時に発揮される力が大きい特徴があるんですよ。」

「海老族は数が多いし増えるのも早いから、大型魚に襲われて多少の犠牲が出たとしても、大多数が逃げ切れば勝ちみたいなところがあるっすけど、そういう事っすかね?」

「人間が用いる戦術は多岐に渡るのでそれがすべてではないですが、一部を犠牲に大多数を救うという手法が取られる事もありますね。ですが、逃げているだけでは上位捕食者を倒して支配領域テリトリーを広げる事はできませんよ。ここで言う群れの力は防御に徹した生存戦略のことではなく、力を合わせて個人では倒せない相手を打ち倒すという攻撃的な意味合いですね。」

「ほうほう、なるほど。三本の矢って奴っすね。」

 シュリは顎に手を添えると、きりっと無駄にいい顔で言った。

「あなた地上のことに疎いわりに、妙に文化的な知識だけは有りますよね。そんな言葉どこで覚えたんですか?」

 クリムは怪訝な顔で問いかけた。

「たぶん偉大なる海老の種族に伝わる集合智の一部だと思うっすけど、俺も膨大な記憶の海アーカイブのすべてを理解しているわけじゃないっすから、どこで得た知識なのかまでは分からないっすね。」

「そうなんですか?うーん、人間の言葉を借りるなら、今でこそ生態系ピラミッドの最底辺に位置している深海海老ですが、もしかしたら遥かな古代では人間に並ぶような高等生物だったのかもしれないですね。生態系の話を始めると上位なら高等だとか下位だから下等という、人間本位な区分に思うところがないでもないですが、長くなるので今は止めておきましょう。」

 クリムはシュリが持つという海老族の集合智がどういったものか概ね理解したが、未だその全貌は測りかねていたので、仮定を交えつつ推理した。


 以前述べた通り、ある程度成長したドラゴンは自然エネルギーや大気中の魔力を吸収するだけで生存可能であるため、捕食による栄養補給が不要となる。つまり食うか食われるかの生存競争を日々繰り広げている生態系からは逸脱した存在である。そんなある種の超越者であるドラゴンの視点から見た場合、生態系ピラミッドに属する者達に上下の貴賎はなく、最上位の消費者である人間も、最下層の分解者である海老も、さほど変わらない存在なのだ。

 少しばかり生態系ピラミッドの仕組みを説明すると、生態系に属する生物たちは相互に影響を及ぼし合って均衡を保っており、いずれかの階層の種族が崩れれば全体のバランスが崩壊するという、どの階層が欠けても立ち行かない相互助力関係にある。それゆえに上位の階層だから優れているなどとということはなく、全階層が対等な関係であると言えるのだ。


 少し話が逸れたので軌道修正して、クリムとシュリの会話に戻ろう。

「要するに人間は群れになれば強い相手にも勝てるから世界の覇権を取れたんすか?」

 シュリは今までの話から一つの結論を導き出した。

「いえ、たしかに人間には群れを成して戦術を練り、道具や罠を駆使する事で強敵を打倒する知恵があるのですが、その辺の能力は亜人種達も持っていますから、人間だけが特別優れているとは言えませんね。」

 クリムはシュリの意見を一部認めつつもやんわりと否定した。

「なら別の部分に人間の強みが有るんすね?うーん?人間だけが持っている強みって言うと、他の生物を脅威に感じていないって話からすると、恐怖心が無いのが強みだったりするんすか?」

 シュリはうんうんと頭を悩ませて先ほどとは別の答えを捻り出した。

「恐怖心に着眼したのはなかなか鋭いですね。その辺の精神的な性向が人間を現在の繁栄へと導いた強みだと言われています。ただ恐怖心が無いというのは人間の強みとは真逆ですけどね。」

「そうなんすか?」

「ええ、人間はどの生物よりも怖がりで臆病で、常に最悪の事態を想像して漠然とした不安から空を仰ぐような、個人差はあれど基本的には悲観的な種族なんですよ。」

「ええー?それって強みになるんすか?ビビリなのと攻撃的な行動に出る事の繋がりが分からないっすけど。」

 シュリの経験的な感覚からすれば恐怖を覚えた生物は逃げるのが必定であり、恐怖から一転攻勢に転じるとは想像しがたいのだった。

「もちろん強みになりますよ。人間は実際に体験した危険を強烈に記憶し、さらにそこから類推される似た様な危険にまで対策するという、度を越したビビリ症に由来する警戒心の高さが強みなんです。」

「ん-?よく分んないっすね。具体的にはどういう事っすか?」

 抽象的なクリムの説明にシュリは首を傾げて聞き返した。

「例えば毒を持った蛇に噛まれて酷い目に遭ったとしましょう。するとその人は毒が無い蛇を見かけても同じように警戒する様になるって感じですね。類型の生物をカテゴリー分けして、未知の敵にも対応できるなら、それが多少間違っていたとしても生存戦略上有効なんですよ。」

「なるほど、だから度を越したビビリなんすね。危なくない物まで危ないと思い込んで用心するなんて、ちょっとマヌケな気もするっすけどね。」

 シュリは歯に衣着せるという事を知らないので、人間であるサテラ達の前で堂々と人間を馬鹿にしていたが、思った事をそのまま口にしているだけで悪気はない。

「たしかに、行き過ぎた用心が無用な争いを産む事も有るので、必ずしもいい事ばかりではないですが、そう言ったケースは稀で多くの場合は上手くいくので、差し引きプラスって感じですね。」

「了解っす。よく分かんないけど分かったっす。」

 シュリは難しい話が続くと集中力が切れるので、とりあえず分かった事にして話を進めようとしていた。

「いや、どっちですか?まぁいいでしょう。」

 クリムもシュリの集中力が切れかけているのを察したので、要点だけを話そうとまとめに入った。

「そんな怖がりな人間が何故現在では他の生物を脅威に感じないかと言うと、実態はどうあれ脅威だと感じた物があれば次々に対策していった結果ですね。広い領土を獲得し支配していれば見えない外敵に怯えずに済みますし、個体数を増やし続けていれば数的有利から人間より強い種族にも対抗できますから、すべては安心を得るための努力の結果と言えますね。恐怖心や不安が極端に強いからこそ、それらを抑え込むための努力を惜しまなかったんですよ。」

「なるほど。窮鼠猫を噛む。攻撃は最大の防御って奴っすね。」

「ええ、ちょっと違う気もしますけど、ニュアンス的には大体そんな感じですね。」

 シュリはまたしても妙な知識を披露したが、クリムは特につっこまずに流した。

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