第135話 母娘の情報整理

 魔王達との第五種接近遭遇(直接の対話)を果たしたクリムゾンは、思いのほか上手く話が転がり魔王との再戦の約束を取り付ける事に成功したので、少々浮かれた足取りで格闘場へと向かっていた。


『もしもしクリムゾン。聞こえますか?』

 交渉中は口を出さずに黙っていたクリムがクリムゾンに念話で語り掛けた。

『聞こえてるよ。どうしたの?』

『上機嫌ですね。』

 クリムゾンはいまいち感情表現が希薄なので一見普段と変わらない口調で返事をしたが、わずかに抑揚が上がった声と(念話なので実際に声を出しているわけではないが)その身に纏う魔力の変化から、クリムは母の感情の高まりを読み取っていた。そうでなくとも、クリムは魔王達との会話の一部始終を見聞きしていたので、クリムゾンが浮かれている事は簡単に予想できていたが、それらの付随情報によって予想を確信に変えたのだ。

『うん。なんかよく分らないけど、魔王がまた戦ってくれるみたいだからね。その内って言ってたけど、その内っていつだろう?』

 クリムゾンは魔王からの再戦の申し出に浮かれてしまい、その詳細な時期や場所を詰めていなかった事に気付き、気分が落ち着いてきたところで疑問が生じていた。

『そうですね。あなた達の会話から察するに魔王は現状弱体化しているそうですし、恐らく元の力を取り戻してから再戦するつもりなんじゃないでしょうか?』

『そっかー。ぼくとしてもどうせ戦うなら強い方がいいけど、魔王あいつは今の状態でもその辺のロード・ドラゴンに匹敵するくらいの力はありそうだし、やる気さえあるなら多少弱くても気にしないんだけどな。』

 クリムゾンは歩きながら振り返り魔王をじっと見つめた。

 自身を値踏みする様な視線に気づいた魔王は、無遠慮なドラゴンの言動に対抗心を燃やしていたので、とりあえず睨み返した。クリムゾンとの対談を経る前の魔王であれば、即座に目を逸らし逃げの一手に出ていたはずなので、クリムゾンと向かい合う覚悟を決めた魔王の心境の変化は、好意的ではないにせよ因縁浅からぬ二人の関係性を進展させたと言えるだろう。

 さて、クリムゾンの言葉は基本的にはすべて本心であり、魔王が感じた様な他意はないのだが、真剣に向き合っている相手からしてみれば、軽んじられ舐められていると感じるのも無理はないだろう。


 ところで、クリムは双方の思考の行き違いに気付いていたが、なぜかクリムゾンに都合のいいように話が進んでいたのであえて指摘しなかった。

『よくよく考えてみれば彼女が元の力に戻っても、以前あなたと戦った時の再現にしかなりませんし、ともすればもっと鍛え直してくるつもりかもしれませんね。そうなるとすぐに準備は整わないでしょうね。』

『そうなんだ?うーん、まぁ気長に待とうかな。シゴクとの約束もあるし、迷宮作りとか宝物集めとか、他にもやることは色々あるしね。』

『ああ、迷宮と言えば、人間をあなたと戦えるレベルまで鍛える為の養成施設にするつもりでしたが、それとは別にさらなる力を求める者達に向けた上級者コースを作ってもいいかもしれませんね。私の構想では財宝目当てや功名心に駆られた人間の欲望を利用して挑戦者を呼び集める予定でしたが、純粋に力を求めているゴウやアサギの様な格闘家、あるいは今の魔王の様にあなたへの敵愾心を燃やしている者であれば、見返りが無くとも単純に鍛える為に迷宮に挑戦してくれることでしょう。』

 クリム達が話している迷宮とは現状影も形もない構想だけの存在である。クリムゾンの力を持ってすれば迷宮作成自体は一昼夜もあれば可能だが、クリムが考える様な養成施設としての機能を満たすには、それなりに設計に気を遣わねばならないし、迷宮内部で侵入者を迎え撃つ配下を集める必要もあるので、迷宮自体はすぐに用意できても即座に稼働というわけにはいかないのだが、その辺の予定は概ね未定である。


『あっ、そうだ。話は変わりますけど、私はてっきり魔王は男だとばかり思っていたのですが、女だったんですね。』

『んー?今は姿が変わってるけど、昔の魔王は男だったと思うよ。ぼくにはあんまり違いが分からないけどね。』

 ドラゴンには雌雄が無い事に加え、とりわけクリムゾンは戦闘以外の事に興味が無い特異なドラゴンであったため、魔王の弱体化には目敏く気付いていたが、性別が変化している事は大して気にしていなかったのだ。

『そうなんですか?見たところ魔王の仲間の内一人は魔法で変身していますけど、魔王には変身している形跡はないですよね。つまり今の姿が彼女の本性だと思うのですが、魔族は後天的に男から女になることが有るんですかね?』

 クリムはドラゴンだが、ある程度人間的な思考も合わせ持っているので、後天的に性転換したであろう魔王を不思議に思ったが、魔族に関する知識が乏しいためそれが普通の事なのか異常なのかすら判断が付かなかった。人間はもちろん自然と性転換などしないが、シュリの元の種族である深海海老は後天的に性別が分岐するという話を聞いた直後だったので、もしかしたら魔族にもそう言った特性があるのではないかと考えたのだ。

『どうだろ?よく知らないけど、そうなってるんだからそうなんじゃない?』

 クリムゾンはあまり興味が無さそうに適当な返事をした。

『全然興味なさそうですねあなた。かくいう私も彼女達の事情を詮索するつもりはないですが、もしかしたら魔王が弱体化している理由にも繋がるかもしれないですよ?』

『おお、なるほど。そういう事ならちょっと話聞いてみようか?』

『いえ、あなたはどうも彼女に嫌われている・・・とまでは言いませんが、何やら好意的ではない様子ですから、素直に答えてくれるとは思えませんね。私もあなたの眷属なので恐らく似た様な対応を受けるでしょうし、初対面の相手に自分の弱みを話しはしないでしょうからそっとしておきましょう。彼女の口ぶりからすると、どうやら力を取り戻す算段は付いている様でしたしね。』

『そっかー。ならほっとこうか。』

 クリムゾンには複雑な感情の遷移が未だよく分かっていなかったので話半分で聞いていたが、クリムの助言に従い魔王の事情には口出ししない事に決めたのだった。

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