第119話 魔王覚醒

 シャイタン達が悠長に話し込んでいる中、魔王は1人、自身の中に眠っていた巨大な負の感情と戦っていた。

 遥か昔、魔王がたった1人で深紅の魔龍と戦いそして敗れた折には、負の感情によって精神が崩壊しかけた事で防衛本能が働き無意識的に自己を封印したが、現在はかつて屈した負の感情にどうにか抗う事ができていた。それはチャットが語る愛の力、すなわちラブパワーで強化されたフェミナの魔力が、魔王の魔力と混ざり合う事によって封印術の進行を妨害していたためであるのはたしかだった・・・が、それとは別に魔王自身の中に芽生えたある感情、あるいは元よりそこにあった事にようやく気付いたとも言える正の感情が、負の感情を抑え込んた事こそが封印の進行を抑えている最大の理由であった。


 魔王の中に芽生えたある感情・・・それはひとえにフェミナへの愛情である。


 封印される以前の魔王は親しい身内、すなわち家族という自分自身が強いだけではフォローしきれない弱点を持つことを恐れ、フェミナからの求愛を幾度となく断り続けていた。しかし幼き日より魔王に寄り添い、魔王が封印されてなお変わらず想いを向け続けたフェミナの純真な気持ちはしっかりと魔王の元に届いており、普段の言動には現さずとも魔王の中に確かな恋心を産んでいたのだ。

 実のところ魔王はフェミナと初めて会った際、大人の魔族でさえも魅了してしまう彼女の美貌に目を奪われ、一時言葉を失うほどに見惚れていたのだが、まだほんの小さな子供だった魔王は既に魔族統一という野望を抱いており、そのためには惚れた腫れたといった浮ついた感情は不要と考えていたため、彼女に興味を持たない様に努めていた。ところが先だってフェミナ自身が告白した通り、彼女もまた魔王に一目惚れしており、一緒に住むようになった後には絶え間なく猛烈なアタックを仕掛け続けてきた。その甲斐あっていつしか硬く閉ざした魔王の心は揺らぎ、無意識ながらも彼女への思いを募らせる様になっていたのだ。山奥で祖父と2人きりで暮らしていた魔王にとって、フェミナは初めて出会う同年代の異性であり、それゆえ魔王には異性に対する耐性がまったくと言っていいほどなかったので、飛びぬけた力を有するとは言え年頃の男児であった彼が、好みの容姿を持つ積極的な少女に対して特別な感情を抱いたのはごく自然な流れと言えよう。

 魔王はかつての戦いで感じた恐怖によって真っ黒に塗りつぶされていく意識の中で、まるで光の届かない深海に取り残されたような孤独感に震えていたが、フェミナと出会い共に歩んできた記憶だけが輝きを失うことなくその手の中に残っている事に気付いた。魔王はその記憶を改めて見つめ直し追体験していく中で、彼の復活を待ち望んでいた他の魔王軍幹部達と、母マリーが絶縁した後もずっと気に掛けてくれていた事も芋づる式に思い起こしたのだ。またそれと同時に魔王の手の内に残っていた光はだんだんと輝きを増していき、その体を暖かく包み込んでいくのを感じた。すると先ほどまで感じていた孤独感と恐怖心は薄れ、ついにはすっかり消え去ろうとしているのだった。

 かつての魔王は自身が持つ強大な力に驕り、なまじ1人でなんでもできてしまったがために仲間を多く抱えながらも、さして協力を必要としていない節が有った。ところがクリムゾンに敗れ自身が無敵ではないと知り、ようやく彼を慕い助けようと駆け回る仲間達の存在とありがたみに気付かされたのだ。魔王は支配者たるもの孤独であるべきという独自の哲学を持っていたが、それは裏を返せば大切な者を持ってしまえば守り切れないかもしれないという不安の表れであり、家族を遠ざけたりフェミナを拒絶していたのも、自身の力が及ばない事態が発生するわずかな可能性を恐れたためであった。

 そしてその不安という名の毒は魔王の判断力を徐々に蝕み、長大な魔族史上でも過去に類を見ない異常事態である人類との世界大戦に際してはより強く発揮された。そう、仲間が傷つくことを無意識に恐れた魔王は、最高幹部達さえも遠ざけて1人で最前線に立つという愚行を選んでしまったのだ。もちろん人類だけが相手であれば魔王が敗北する可能性は万に一つもなかったが、ドラゴン達が人類サイドの味方として戦争に介入してきた後もなお、魔王単騎で戦線を維持する作戦を続けたのは紛れもなく判断ミスであった。すでに起こってしまった悲劇を嘆いても仕方がないが、魔王はすべて一人でやろうとして失敗した過去から学び、今ようやく仲間の力を当てにする事を覚えたのだ。


 こうして魔王は自分自身のトラウマを打ち破り、暴走する魔力を制御を取り戻して自身を封印する結晶の進行を停止させることに成功したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る