第116話 ルインズの国家運用形式

 隠れ魔族の国ルインズオブルインとの交信を終えて戻ってきたマリーも交え、魔王達はこれまでの経緯などを雑談も交えて話し合っていた。

 魔王とマリーが顔を合わせて話すのは、魔王がまだ魔王となる以前の遥か昔の事であったが、魔王が自己を封印し眠りにつく以前の動向は人間社会にとっても無視できない問題であったため、そこで暮らすマリーの耳にもそれなりに入ってきていた。またマリーは諜報活動のために人間の国をたびたび訪れていたチャットと接点を持っており、魔王の最側近の1人である彼女を通してより詳しく魔王の動向を知る事ができたので、魔王本人とは会っていなかったものの概ね正しく魔王の行動や思考を把握していた。もちろん魔王が既に復活していた事は知らなかったし、ましてや幼女化しているとは夢にも思わなかったが、ひとまずわが子の復活と久しぶりの再会とを喜んだのだった。

「パパにはとりあえずあなたの事は伏せておいたけど、それでよかったかしら?」

 マリーが魔王に問いかけた。

「うん。そうしてもらった方がいいね。私が復活した事実は最高幹部の5人に加えて復活のために協力してくれたシイタだけが知っている事で、他の魔族には秘密にしているからね。」

「そうだにゃー。シイタの島外への出征に伴って仕事を休む必要が有ったからフミナの両親には事情を話してあるけど、本当はマリーにもサヤちゃんの事を話すかどうか迷ってたくらいだにゃ。バレてしまったものはしかたにゃいけど、当面の間は秘密にしておいて欲しいにゃ。」

 魔王の答えにチャットが補足した。

「ええ、分かったわ。」

 マリーは元より魔王復活の事実を誰かに話すつもりは無かったが、念のために一応確認したのだった。


「ところで、あなたがヤクサヤを復活させてくれたのね。えっとシイタちゃん・・・本名はシャイタンちゃんだったかしら?」

「はい、一応そうなりますね。」

 シャイタンは煮え切らない返事をした。なぜならシャイタンは魔王の復活が不完全となったのが儀式の際に魔力を暴走させた自身の過失が原因ではないかと疑っていたからである。シェンとチャットとの話し合いでは魔王が幼女化した原因はクリムゾンとの戦いで受けた精神的なダメージから来るものだろうと推測されていたが、それでもやはり自身が儀式の際にミスを犯したことが心に引っ掛かっていたのだ。

「長い事この子と会っていない私が言うのもなんだけど、改めてお礼を言わせてもらうわね。本当にありがとう。」

 マリーは真剣な顔でシャイタンを見つめ深々と頭を下げた。

「いえ、大したことはしていませんのでお気になさらず。それはさておき、マリーさんって本名じゃないですよね?本当はなんて名前なんですか?」

 マリーの真摯な態度を受けて一層気まずくなったシャイタンは話を逸らす事にしたのだ。

「私の魔族名はマーバラージャよ。と言っても、私はずっとこっちで暮らしているし、今となってはマリーの方が耳馴染みがいいくらいだけどね。」

「へぇ、そうなんですか。」

 シャイタンは実のところマリーの本名に大した興味が無かったので、気のない受け答えをした。自分から聞いておいて失礼な態度であるが、咄嗟に思いついた事を聞いただけなので仕方がない。

「そう言えばさっき話していたパパさんってサヤちゃんのお父さんですよね?」

「サヤちゃんって言うのはヤクサヤの事よね?それならあなたの言う通りパパ、つまり私の夫はヤクサヤの父で間違いないわよ。」

「そうですよね。ところでパパさんはマリーさんとは一緒に暮らしていないんですね。入管の所長だと言っていましたしルインズを離れられないのかもしれませんが、それならマリーさんがルインズに住めばいい様な物ですし、別々に暮らしているのは何か理由があるんですか?」

 シャイタンは話題の転換ついでに疑問に思った事を聞いた。

「パパと私は普段は一緒に住んでいるわよ。パパの本職は私と同じく魔動機開発者だけど、今は一時的にルインズで働いている感じね。と言うのも、ルインズの国家運用が少し特殊なせいなんだけど、政府機関の仕事はルインズ国籍を持つ隠れ魔族が持ち回りで順繰りに担っているのよね。それで今はちょうどパパに順番が回ってきているのよ。」

「そう言う事でしたか。しかしまた何故ルインズはそんな妙な形態を取っているんですか?国の運用を担う立場となればそれなりに責任を伴うはずですし、能力とやる気のある者が役職に就くべきだと思いますけど。」

 シャイタンは最果ての島での生活や仕事を通して、シェンを始めとした魔王軍最高幹部達が魔王に成り代わって国家運用を担っていた事を知っていた。そして同じ魔族でありながらまるで違う国家運用スタイルを取るルインズの、順番が回ってきたら仕方なく役をこなす様な、一見すると責任感のない形態に驚いたのだ。

「ルインズはそれまで各地に散らばっていた隠れ魔族達が、誰が言い出したでもなく徐々に集まって形成された共同体で、他の国とは成立の経緯も役割も違うのよね。まず隠れ魔族について軽く説明しておくと、事情は様々だけど多くの場合は魔族社会における際限のない権力闘争を忌避して人間社会へと出奔した者達だわね。そんなわけだからルインズに集まった者達は他者の上に立つ事に消極的なのよ。それでも他国との関係を維持するために最低限の国としての機能は必要だから、当番制で役職を担う事にしたのよ。」

「なるほど。それなら仕方ないですね。」

 シャイタンは諸々の事情により希望の職業に就く事ができず、その高すぎる能力から半ば強制的に仕事を決められてしまっていたので、気は乗らなくてもやらねばならない仕事が有る事は身に染みてわかっていた。それゆえに隠れ魔族達の気持ちも分からないでは無かったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る