第115話 魔族の通信機、人と亜人の現在について

 ひょんな事から母マリーに正体を見破られてしまった魔王だったが、久々の再会で母とどう接してよいか悩んでいたので、色々考える手間が省けて反って好都合でもあった。そして諸々の悩みは投げ捨て、母とは普通に接する事にしたのだった。


 魔王の母との予期せぬ再会によって発生した問題が解決したので、チャットはこの家を訪れた本来の目的に話題を移した。

「ルインズに連絡したいから通信装置を貸して欲しいにゃ。」

「それは構わないけど何を連絡するの?」

 マリーは小型の通信機を戸棚から持ち出しながらチャットに聞いた。

「関所で3人のIDカード登録をしてきたから、ルインズの入管に伝えておきたいのにゃ。3人の身元確認用書類が近々届くはずだからにゃ。」

 入管とは入国管理局の略である。

「それならパパに連絡しましょう。あの人は今ルインズで入管の所長をしているから、私から話しておくわよ。」

「そう言う事なら任せるにゃー。」

「了解よ。それじゃちょっと失礼するわね。」

 マリーはさっそく通信機を使い隠れ魔族の国であるルインズオブルインと交信を始めた。

 隠れ魔族の国ルインズオブルインには、その地がまだ魔王領であった時代に魔族によって強力な結界が張られ、表向きは人間の国となっている現代でも依然としてその結界は存在している。魔法に長けた種族である魔族の結界は、比較的魔法が苦手な種族である人間には解除法が分からないからである。

 結界によって外部からの魔力の侵入が阻害されるため、ルインズが他国と魔法的な手段で連絡を取る事はできないと人間の間では周知されている。しかしそれは人間の話であり、もちろん魔族であるマリーはその限りではない。結界を抜けるバックドア、すなわち裏口を備えた通信機はすでに開発されており、人間には内緒で隠れ魔族の間ではルインズとの通信手段が確立されているのだ。なお通信機以外にも秘密裏に開発され魔族の間でのみ利用されている魔動機はいくつか存在するが、隠れ魔族は人間に成りすましている関係で、あまりにも高度な魔法効果を備えた魔動機を作れば怪しまれるから秘匿しているだけで、人間を欺き何かをしようと言った様な他意はない。


 ところで魔王はこの家を訪れた際にとある疑問が浮かんでいたため、マリーが交信している間にチャットに確認する事にした。

「チャットは母さんが出てきた時驚いてたけど、母さんの家だと分かっていたからここに来たんじゃないの?」

「隠れ魔族達は数年ごとに住居をローテーションして、ひとつ処に長く留まらない生活をしているのにゃ。だから隠れ魔族の誰かが居るのは分かっていたけど、まさかマリーが居るとは思ってなかったのにゃ。」

「なるほど。それは分かったけど、隠れ魔族達はどうしてそんな面倒な事をしているの?ずっと同じ家に住んでいればいい様に思えるけど。」

「魔族は人間より遥かに寿命が長いからにゃー。ずっと姿が変わらず若いままだと怪しまれるにゃー。だから定期的に住居を変えてご近所付き合いなんかをリセットしているのにゃ。100年もすれば人間は世代が入れ替わるから、そうしたらまた同じ土地に住むこともあるにゃ。」

「寿命の違いからくる問題か。魔族と人類が共存する事を考えると大きな障害となりそうだね。」

 魔王はかつて魔族と人類が共存できる道を目指していたが、その考えは人魔大戦を経た今でも変わっておらず、力を取り戻して魔王の座に返り咲いた暁には過去に成しえなかった理想に再び挑むつもりでいるのだ。それゆえに人間社会で魔族が暮らす上での問題点は無視できない事項だった。

「亜人種の中には人間よりずっと寿命が長くて魔族と変わらないくらい長命な種族も居るし、寿命の違いが必ずしも問題になるわけじゃないと思うにゃ。隠れ魔族は正体を隠して人間に成りすましているからこそ起きる弊害だにゃ。正体を隠す必要が無くなればそう言うものとして受け入れられるんじゃにゃいかな?」

「それもそうか。ところで亜人種と言えば、町中を歩いていた時すれ違う人達の中に結構な割合で亜人種が居たね。人間種と亜人種はあまり仲がよくないと聞いていたけど、この国ではそうでもないのかな?」

 魔王の知っている常識は彼女が封印される以前、すなわち5万年も前の話であるため、それらが現代と乖離しているのは言うまでもないだろう。

「たしかにサヤちゃんが知っている時代の人間種と亜人種は互いに距離を置いていたし、ともすればいがみ合っていた節もあったにゃ。ところがその関係はとある事件をきっかけに大きく変化したのにゃ。その事件では人間の国はほとんど壊滅して、文明も崩壊寸前まで追い詰められたにゃ。そこで被害が軽微だった亜人の国が人間の国に支援する事でどうにか持ち直したのにゃ。それ以来人間種と亜人種は以前よりもずっと距離が縮まって、今では同じ国で多種族が暮らすくらい仲良くなっているのにゃ。」

 ここで言うとある事件とは6200年前にクリムゾンが起こした厄災の事である。魔王はクリムゾンとの戦いに敗れた事がトラウマとなっており、現在は彼の暴龍と戦った記憶さえも消えている状態であるため、魔王に余計な刺激を与えない様にチャットはクリムゾンの名前を伏せて話を進めているのだ。

「人間種に致命的な危機が訪れた事で両陣営がその枠を超えた協力を余儀なくされ、結果的に協調の道が開かれたわけか。雨降って地固まるとは少し違うけど、災い転じて福となすという奴だね。」

「そうだにゃー。事件が起きてよかったとは言わないけど、それがきっかけで種族間の軋轢が緩和されたのはたしかだにゃ。」

「かつて私達魔族はちょっとしたボタンの掛け違いから人間との関係がこじれて、果ては大戦にまで発展してしまったけど、ともすればそうした共存の道を選べたはずなんだよね。亜人と人間が協調に至った道筋は、魔族と人類が協調するためのモデルケースにできそうだし、時間ができたら詳しく調べてみようかな。」

「そう言う事ならルインズに行くといいにゃ。あそこなら当時の事が色々記録に残っているはずだにゃ。」

「それじゃあそのうちルインズにも行ってみよう。今は先に片付けるべき問題が有るから、それが終わってからになるけどね。」

 話がひと段落したところでルインズとの交信を終えたマリーが戻ってきたので、一旦話合いは打ち切られた。

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