第113話 闘技大会エントリー

 闘技大会の会場の下見を終えたクリム達は広場の入口へと戻ってきていた。

 広場の入り口には大会エントリー受付口と張り紙のされた折り畳み式テーブルが二卓並べて設置されており、それぞれのテーブルには女性の受付係員が座って参加者のエントリーを待ち構えていた。

 ゴウとアサギが一足先に左側のテーブルでエントリー手続きを進めていたため、クリムは右側のテーブルの女性に話しかけた。

「こんにちは。大会へのエントリーをお願いしたいのですがよろしいですか?」

「はい、承ります。あなた方はもしかしてセイランさんのご親族の方達ですか?」

「ええ、その通りですけどなぜ知ってるんですか?」

「つい先刻セイランさんからの言伝が有りまして、あなた方が大会にエントリーするためにこちらにお越しになるだろうと聞いていたのです。それで外見の特徴も伺っておりましたので分かった次第です。」

「なるほど。」

 セイランがいつの間に根回ししたのかとクリムは疑問に思ったが、大統領と共に行方不明事件の被害者家族に会いに行く途中でアラヌイ商会の支部にでも立ち寄ったのだろうと納得した。

「エントリーするのはサテラ様とアクア様のチーム、並びにクリム様とシュリ様のチームの二組でよろしいですね?」

「はい、間違いありません。」

「承知しました。それでは本人確認のためにIDカードを提示していただけますか?」

 受付の女性はIDカードを読み取る魔導機を取り出しながら言った。それはクリム達が港町シリカのレストラン・ハーレアイナで食事した際に、会計処理を行うために使用された装置とほぼ同じ物であった。

「分かりました。お願いします。」

 クリムが腕輪型のIDカードを装着している左腕を差し出すと、女性はすかさず魔導機をかざして情報を読み取った。

「はい、確認できました。クリム様ですね。他の参加者の方も順番にIDカードの提示をお願いします。」

 女性に促されてサテラとアクアそしてシュリも同様に本人確認を済ませた。

「ご協力ありがとうございます。参加される方全員の本人確認をさせていただきました。これにて大会エントリーは完了です。お疲れさまでした。」

「ずいぶん簡単ですね。ゴウとアサギの方は何やらまだ手続きをしているようですが、何か問題が有ったんでしょうか?」

 クリムはいまだ隣のテーブルで手続きを続けている格闘家親子を見ながら言った。

「あちらの方達とお知り合いなのですか?」

「はい。まだ出会って間もないですがここまでの道案内をしてもらいまして、話を聞いてみればちょっとした縁もありましたので彼らの道場にお邪魔させてもらう予定になったのです。」

「なるほど。ちなみにあちらのおふたりは特に手続きに問題が有ったわけではなく、選手紹介のための情報を提供して頂いているところの様ですね。」

 女性は隣のテーブルの会話に聞き耳を立てて状況を確認したのだ。

「選手紹介ですか?」

 クリムは聞き返した。

「はい、大会当日には各選手の情報をまとめたパンフレットが配られますし、試合の前には軽くアナウンスにて紹介させていただくので、そのための事前情報ですね。情報提供は任意になりますが、例としては扱う武術の流派、そして使用する武器が有れば銘や武器種について、他には自称他称問わず二つ名や通り名なんかも伺っていますね。みなさんもせっかくですから何か情報提供していただけませんか?」

「なるほど面白い試みですね。そう言う事なら情報提供するのもやぶさかではありません。」

 クリムはエコールの記憶を受け継ぐのと共に、祭り好きな性格もまた受け継いでいたので、大会を盛り上げる趣旨の企画に対しては好意的に受け取ったのだった。

「ありがとうございます。それではおひとりずつお願いします。っとその前に、サテラ様は昨年大会に参加した際に提供して頂いた情報が有りますので、特に変更が無ければそのまま流用させてもらってよろしいですか?」

「はい大丈夫です。特に変更はありません。」

 サテラが答えた。

「承知しました。では残りのみなさまは順番にお願いします。」

 女性に促されたクリムはアクアとシュリに一度視線を移したが、とりあえず自身から情報提供を行うことにした。なぜクリムが最初に手続きをしようと考えたのかと言うと、元々話を進めていたのが彼女だからと言うのもあるが、こういった手続きは初めてであろうシュリとアクアに手本を示すためでもあった。

「ではまず私からいきますね。私の戦闘スタイルはグランヴァニアに伝わる実戦闘法・ソレイル流剣闘術です。ソレイル流剣闘術はあらゆる武器の扱い方および無手での格闘術をまとめた戦闘技術体系でして、特に対ドラゴンを想定したものとなっています。中でも私が得意としていたのは剣を用いた闘法でしたが、あいにくと今は剣の備えが無いので素手の技しか使えませんが、まぁ支障はないです。それと私の通り名ですが、かつては龍殺しドラゴンスレイヤーなどと呼ばれた事も有りましたが、現代に悪龍はいない様ですからこの名前は封印するとしましょう。通り名と言うか職業になりますが、ここは龍の巫女と名乗る事にしましょう。」

「承知しました。クリム様はサテラ様と同じ流派なのですね。それに龍の巫女と言うのもサテラ様と同じ職業ですし、おふたりはどういったご関係なのですか?」

「サテラと私の関係は少し複雑ですが、端的に言えば遠い親戚ですね。」

「なるほど。言われてみればおふたりはよく似ていらっしゃいますね。あら?でもクリム様は亜人種ですがサテラ様は人間ですよね?異種族間では子供ができないはずですが、おふたりはどう見ても血縁が有る様に見受けられますし、これはどういったからくりが有るのでしょうか?」

「えっとですね、まず初めに訂正しておくと私とアクアと一応シュリもですが、我々3人は亜人種ではなくドラゴンなのです。そしてサテラはその遥か祖先にドラゴンの血筋を持っていますから、我々は遠い親戚にあたるのです。」

 クリムはサテラとの関係を簡潔に説明した。詳しく話すと長くなるので随分省略しているが、別に情報を秘匿しているわけではなく単純に話す必要性を感じなかったからである。

「そうでしたか。セイランさんの言伝でみなさんがドラゴンである事は聞いていたのですが、立ち入った事情を伺ってしまった様で失礼しました。」

 女性は深く頭を下げ陳謝した。

「いえ、それは別に構いませんが、あとの2人の手続きもお願いします。」

「分かりました。ではお次の方お願いします。」

「なら次は俺がいくっすよ。」

 女性の言葉に応じてシュリがシュバッと手を挙げ名乗りを上げた。

「シュリ様ですね。クリム様と同様に流派や使用する武器、通り名などがあれば申告をお願いします。」

「俺は流派とかないし武器も使わないっすけど、そうっすね・・・俺の事は昏き深淵より来たる偉大なる種族の末裔とでも呼んでくれっす。」

 シュリは両手を海老のハサミに見立ててチョキチョキと動かしながら言った。それは以前クリムに披露した偉大なる海老族のポーズだった。

「ずいぶんと物々しい二つ名ですが、本当にそれでよろしいのですか?」

「ばっちりっすよ。」

 シュリは自信満々に答えたが、受付の女性はクリムに目配せして本当にその名前でよいのか意見を求めた。見た感じ真面目そうなクリムならチームメイトであるシュリの突飛な二つ名を改める様に窘めてくれると期待したのだ。

「いいんじゃないですか。かっこいいですし。」

 ところが女性の思惑とは裏腹に、クリムはシュリが考えた中二病全開の二つ名を普通に気に入っていたのだった。

「えっと、それではその二つ名で登録させていただきますね。」

 女性は思うところがないではなかったが、当人達が満足しているならそれでよいかと深く考えるのはやめた。

「よし、これでおふたりの情報は登録できました。最後はアクア様ですね。お願いします。」

「はい。」

 アクアはシュリに倣って元気に手を挙げながら返事をしてから自己紹介を始めた。

「私の武術は海皇流戦闘術だよ。あと武器は使わないよ。」

「なるほど、お三方は武器をお使いにならないのですね。みなさんドラゴンの尻尾や角が有りますからある意味産まれ持った武器を備えているとも言えますが、どういうわけか今大会は素手での参加者が多いですね。」

「そうなんですか?」

 女性が漏らした独り言に対してクリムが聞き返した。

「はい。みなさまご存じかもしれませんが、今大会の主催者にしてチャンピオンのおふたりは魔剣を振るう剣士でして、大会参加者つまりは挑戦者が武器を使用する事はむしろ奨励されているのですが、理由は不明ですがなぜか今大会は素手での参加者が多いですね。」

「なるほど。武器の使用が認められている武闘大会にあえて素手で乗り込むとなれば、相応の実力と自信を持った方達なのでしょうね。正直それほど期待していなかったのですが、なかなか楽しめそうですね。」


 クリムが話に割って入ってきたため登録手続きが途中のまま宙ぶらりんとなったアクアは、クリムと受付の女性双方の顔を覗き込んで手持ち無沙汰となっている事をアピールした。

 それに気づいた2人は話を中断しアクアの登録手続きを再開するのだった。

「失礼話が逸れましたね。登録手続きを進めましょう。では改めまして、アクア様は通り名や二つ名をお持ちですか?」

「サテラはなんて呼ばれてるの?」

 アクアは今朝産まれたばかりであるため当然二つ名など持っていないが、チームメイトであるサテラに合わせようと考えて質問したのだ。

「私はさっき受付の方がおっしゃっていた通り龍の巫女で登録していますよ。」

「そっかー。なら私も何か名前付けた方がいいかな?」

 アクアは姉であるクリムに視線を送り意見を求めた。

「そうですねぇ。アクアはクリムゾンの眷属であると同時にアクアマリンの力を受け継いでいますから、三原龍たるクリムゾンとアクアマリン、2人の原龍プライマルドラゴンの力を受け継いだ存在になるわけですね。それなら二原融合じげんゆうごうの龍なんてどうですか?」

「うん、かっこいい!」

 アクアは両手を上げて喜び、クリムの提案した二つ名を即座に受け入れた。

「それではそのように登録しますね。」

 話を聞いていた女性は2人の尖ったネーミングセンスについていけなかったが、やはり当人達が満足している様なので口出しは差し控えたのだった。


「これにて登録はすべて完了です。どうやらあちらの手続きも終わったようですので、ちょうどよかったですね。それではまた明日、大会本番でお会いしましょう。」

「はい、ありがとうございました。また明日。」

 受付を終えたクリム達は女性にお礼を言った後、同じく受付を終えたゴウとアサギと合流した。

「そちらもエントリーを済ませたようですな。それでは予定通り道場に向かいましょうか。」

 ゴウがクリムに確認した。

「そうですね。引き続き道案内をお願いします。」

「了解しました。迷わぬようについて来てください。」

 こうしてゴウに先導されたクリム達は、一路彼等の滞在する古武術道場へと向かうのだった。

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