第68話 アクアの服とクリムの記憶

 クリムゾンが眠っている間に意図せず身籠ってしまった卵から、新たなクリムゾンの眷属が誕生した。彼女の容姿はクリムゾンの姉であるアクアマリンの龍人ドラゴニュート形態とよく似ていたため、その名前の一部を取ってアクアと名付けられた。

 アクアは卵から孵った時点でクリムゾンと同じくらいの背丈で、言葉を話せる程度の知能を有していたが、その記憶や性格がどうなっているのかは未知数だった。通常ドラゴンの眷属は母龍が何か目的をもって産み出すため、どのような性格性向になるかをある程度コントロールできるのだが、今回は眷属を作ろうとすら思っていなかったクリムゾンが、何も考えずに産んだ卵であり、かなり特殊なケースだと言える。

 クリムはアクアが今どのような状態であるのか、クリムゾン並びにアクア本人から話を聞いて情報を整理する事にしたのだった。


「さて、アクアの現状について分析していこうと思いますが、その前にアクアの服を作ってくれませんかクリムゾン?」

「うん、いいよ。」

 この場に居る者は全員人外であり、アクアを含めて裸でいる事をなんとも思わないのだが、クリムは人間であるエコールの記憶を持っている関係で少しばかり人間に近い感性を持っていた。それゆえかわいい妹をいつまでも裸でいさせる事に何となく忌避感を覚えたのだった。それはほとんど無意識下での葛藤であり、クリム自身も何故そのような要望を出したのか疑問だったが、さほど重要な事ではないと思いスルーした。

 一方クリムゾンは特に何も考えていなかったし、クリムの要望に何か疑問を感じる事もなく了承し、昨日と同じ方法でアクアの服を作り出した。

「はい出来上がり。」

「ありがとうお母さん。」

 アクアはクリムゾンから服を渡されるといそいそと着始めた。その様子がぎこちなかったので、クリムゾンの時と同様にクリムは着替えを手伝う事にした。


 アクアの服はクリム達3人が着ているお揃いの服とは造形が異なっていた。巨大な翼を出すために背中側ががっつり開いているノースリーブでタートルネックの黒インナーと、膝上まであるレギンスを着用し、加えてこれまたノースリーブで背中側には翼を出すための穴が開いた空手着の上だけを着用して帯を巻くスタイルだった。


「どうして私達の服とは違うデザインにしたんですか?」

 クリムはアクアが服を着るのを手伝いながらクリムゾンに尋ねた。

「その服はアクアマリンが着ていたのと同じデザインだよ。アクアはアクアマリンそっくりだから、そっちの方がいいと思ったんだよ。」

「なるほど。」

 アクアマリンは人型での格闘戦に拘っていたことをクリムゾンから聞いていたので、クリムはその服装が彼女の戦闘スタイルに合わせた勝負服なのだと理解した。

 ちなみにインナー素材は水着の様にすべすべであった。グラニアが海皇龍と称したアクアマリンは、その名の通り水中戦を得意としていたため、上着だけ脱ぎ捨てればいつでも泳げる恰好をしていたのだ。


 ここで1つ疑問が浮かぶことと思う。クリムはクリムゾンの記憶を受け継いでいるので、アクアマリンについても知っているのではないかという疑問だ。しかしクリムが受け継いでいる記憶はあくまで一部であり、クリムゾンの5万年程の長い人生(龍生)のすべてを知っているわけではないのだ。

 クリムが明瞭に思い出す事ができる記憶は、6200年前にクリムゾンが災厄を引き起こす前後から、現代に目覚めてクリムを産むまでの内容であるため、それ以前のアクアマリンとの戦いや人魔大戦の出来事については朧気である。なお6200年のそのほとんどの期間クリムゾンは深海で眠っていたので、実質的に数年の記憶でしかない。なぜ記憶が一部しか受け継がれていないかと言うと、それはクリムが産み出された目的に由来する。世界中から嫌われることなく戦う方法をクリムゾンに代わって考えてもらうためにクリムは産み出されたので、その願いの元となっている災厄前後からの記憶だけがほぼ完全な形で受け継がれているのだ。

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