閑話 魔族陣営・旅立ち
第64話 魔王の現有戦力
―――所変わって魔族達が住む最果ての島。魔王が復活し、シャイタンを加えたことで新生した魔王軍は、魔王を中心に活動を開始していた。
すこし間が開いたので一応おさらいしておくと、魔王軍の最優先目標は弱体化してしまった魔王を元に戻す事であり、そのために古の昔に封印されたという
ちなみに旅に参加するメンバーは先述の通り魔王とシャイタン、それに加え人間社会に詳しい
新生魔王軍が結成され活動を開始した翌日、旅に出るメンバーは昨日の内に荷造り等の準備を済ませて早朝から海岸に集まっていた。また旅に参加しない最高幹部達も魔王の出立を見送ろうと改めて集合していた。
島から別の大陸への移動手段は船を使うか、空を飛んでいくか、もしくは転移魔法を使うという3パターンが通常取られる手段であるが、後者二つの方法は人間達に魔族が現れた事を察知される可能性が高いので、今回は船での移動が選ばれた。最果ての島の周囲は常に暴風雨が吹き荒れており小型船では転覆の危険性が高いのだが、魔王並びにシャイタンは嵐をものともしない強力な結界を張る事ができるので、今回の旅には小型船が用意された。あえて小型の船を使うのは、大陸に着いた際に乗り捨てても魔族の痕跡を残さない様にするためである。帰りの足は現地にて別途用意する事になるが、帰還時は最悪人間達に存在を察知されても構わないので、転移や飛翔魔法が使えるのだ。
小型船に荷物を積み込みすべての準備は整ったので、後は魔王の号令を待つばかりとなっていたのだが、しかしここにきて魔王は1つの懸念があったため、旅の出立の前に解決しようと考えていた。
「全員集まったか。」
「はい。魔王軍最高幹部並びにシャイタン、全員揃っております。」
「よし。出立に先立ち我が現状どれほど弱体化しているのか確かめておきたいのだが、さてどうしたらよいか何か案はないかシェンよ?」
魔王はフェミナの襲撃を受けた際、掴みかかってきた彼女を自力で払いのける事ができなかったため、自身が想像以上に弱体化している事に気付き、どの程度弱体化しているのか正確に把握する必要があると考えたのだ。
魔王に問われたシェンは少し考えてから口を開いた。
「それでしたら誰かと立ち合うのが最も分かりやすく、かつ手っ取り早い手段かと存じ上げます。」
「そうだな。やはり実戦で確かめるのがよいか。ではシャイタンよ、少し付き合え。」
「え?私ですか?」
急に指名されたシャイタンは思わず聞き返した。
「貴様の力が本来の我に匹敵する事は聞いている。であれば今の我の力を計るのにこれ以上の適材はなかろう。」
「はぁ、まぁそうですね。」
「不服か?」
「いえ、少し相手をするくらいなら別に構いませんよ。」
シャイタンは先日魔王を腹パン一閃で気絶させた前科が有ったので、正直今の魔王では自分の相手にはならないと考えていたのだ。
「よし。では早速始めるぞ。」
「はーい。」
魔王は船の周りに集合していた一団から少し離れ、砂浜の方に移動した。それにシャイタンも続き、2人は距離を取ってお互い向かい合った。
他のメンバーは2人から少し離れた位置で観戦する事にしたが、シェンは戦闘開始の合図のために2人の間に立った。
「2人とも準備はいいですか?」
シェンが確認する。
「いつでもよいぞ。」
「私も大丈夫です。」
2人の同意を得たシェンは開いた右手を頭上に振り上げ、空手チョップのように振り下ろしながら試合開始の宣言をした。
「試合開始!」
宣言と同時にシェンは飛びのき、観戦者達の列に加わった。
そして試合の方はと言うと、まずは魔王がシャイタンに飛び掛かる展開となった。
「先手必勝!」
魔王は弱体化している分自身の方がシャイタンより格下であろうと分析していたので、受けに回れば勝機はないとの判断から先手を取ったのだ。
小さな体のリーチの不利を誤魔化すために飛び蹴りを放った魔王に対し、シャイタンはその動きを予測していたかの如く軽くいなし、そのまま蹴り足を掴んでポーンと空高く投げ返した。
魔王はきりもみ回転しながら吹き飛ばされたが、両手から魔力を噴射する事で姿勢を制御しどうにか空中で体勢を立て直した。そして魔王が投げ飛ばされた方向に目をやると、そこに居たはずの少女の姿は消えていた。魔王は背後から殺気とは違う妙な気配を感じて振り返ろうとしたが・・・
「隙ありです。」
時すでに遅し、シャイタンに完全に両腕を抑えられる形で捕まってしまったのだった。
魔王はどうにか拘束を振りほどこうと暴れたが、がっしりとホールドされた腕はびくともしなかった。それでも魔王は諦めずに頭突きや後ろ蹴りを繰り出したが、シャイタンは腹話術の人形でも操る様に魔王の身体をフラフラと揺すり、魔王の苦し紛れの悪あがきをことごとく不発にしてしまうのだった。
「まだやりますか?」
シャイタンは魔王に問いかけた。
魔王はこれに応えず、魔力を全開にして身体能力を強化した。
しかしそれを見たシャイタンもまた同じ様に魔力で身体能力を強化したので、結局拘束を振りほどくことはできないのだった。
「むぅん・・・参った。」
「はい、お疲れ様です。」
魔王が負けを認めたのでシャイタンは拘束を解いた。
「ある程度予想してはいたがまるで歯が立たんとはな。シャイタンよ、貴様強いな。」
「ええ、よく言われます。」
シャイタンは自身の力を驕ってそう言ったわけではなく、事実としてよく言われている事なので正直に答えたのだった。
模擬戦闘が終了したので観戦していた最高幹部達も2人の側に近寄ってきた。
「それで実際戦って見て何かわかりましたか?」
シャイタンは戦闘を終えて何か考え事をしている魔王に問いかけた。
「ああ。肉体的に貧弱になっているのだから当然と言えば当然だが、やはり身体能力が著しく低下しているな。特にパワーがまるで足りん。」
「そうですね。最初の飛び蹴りは実のところ直撃してもなんともなかったので、受け流す必要すらなかったですしね。」
「言ってくれるではないか。まぁ事実なのだろうが、まさかこの我が弱者の気持ちを味わう事になるとは思わなかったぞ。」
魔王は自分より強い魔族と相対したのは産まれて初めての経験だったため、これまで自身と対峙した魔族達の気持ちが初めて分かった様な気がしていた。
「でも魔力で身体強化した後はそれなりのパワーでしたよ魔王様。」
「うむ。我は身体こそ小さくなったが、どうやら魔力は変化していない様だからな。それゆえ此度の試し合いでは魔力を使うつもりはなかったのだが、いざ負けそうになったら少し悔しくなってな。およそ敗北など知らなかったゆえ気付かなかったが、我は負けず嫌いだったのだな。うーむ・・・しかし何か忘れているような。」
魔王は自分でさえ知らなかった自身の新たな一面を見出して少し驚いていた。しかし敗北を喫したことで何か重要な事を忘れている様な感覚に囚われたのだった。それはまさしくクリムゾンと戦い敗れた記憶の事であった。
「そう言えば、さっきの戦いでは私から攻撃はしませんでしたが、魔王様はたぶんものすごく打たれ弱くなっていますよ。」
魔王が再び考え込みそうになったのでシャイタンは少し話題を変えようと試みた。会話の流れから魔王の記憶が戻りかけているのではないかと察したからだ。
「そうなのか?」
魔王はシャイタンの言葉に気を取られ、記憶を辿るのをやめた。
「先日魔王様が復活した際に、色々あって魔王様が騒いだので少し大人しくさせようと当身を一発入れたのですが、その時魔王様は見事に失神してしまったんですよ。覚えてませんか?」
「うん?言われてみれば、何か衝撃を受けた様な。」
魔王はお腹を摩りながら言った。
「まぁ覚えていないのも無理はないですね。復活したばかりで混乱していた様子でしたし。魔王様は恐らく以前ほど頑丈ではないので、その事を気に留めておいてくださいね。」
「わかった。気を付けるとしよう。」
魔王は自身の弱体化の状況を詳しく把握したことで、今の状態の危うさをより強く認識していたので、シャイタンの忠告を素直に受け入れたのだった。
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