第46話 ドラゴンの宿痾(しゅくあ)

 レストランで料理を注文したクリムは、料理が出来上がるまでの間にサテラから話を聞くことにしたのだった。

「それで何が聞きたいんですか?」

 サテラはこれまでの会話や行動からクリムが悪しき存在ではないと判断していたため、彼女の情報収集に協力的な態度を示した。

「そうですね。まずは四大龍について教えてくれますか?」

「四大龍とは、何かと争いの火種を産んでいた四大国を牽制するためにグラニアによって選出された四頭のドラゴンの総称ですね。四大龍は人類の国を守るために配置された守護龍とは異なり、どの国にも属さない独立した存在で、四大国間の緩衝地帯に縄張りを作って大国同士の衝突を防ぐ役割を担っていますね。ちなみに四大龍の構成員は先ほど述べた通り、クチナシ・セイラン・キナリ・シゴクの四頭です。選考基準は単純な戦闘力の高さだと聞いていますので、ドラゴン種の最高峰であるロード・ドラゴンの中から、さらに寄り抜かれた最強の四頭と言う事になりますね。」

「なるほど。四大国の侵略活動へのカウンターというわけですか。」

 クリムはエコールの記憶から、四大国同士の争いがかつての世界的な大戦を引き起こす要因となったことを知っていたので、四大龍を設置したグラニアの意図は容易に理解できたのだった。

「補足しておきますが、四大龍の配置と共に当時既に形骸化していた守護龍制度はグラニアによって廃止されました。」

「そうだったのですか。たしかに守護龍が国家間の係争に与える影響力は失われていましたが、私が知る限り特に下流層にあたる人々の間では守護龍信仰は細々と残っていたはずですが、反発は無かったのでしょうか?」

「申し訳ないですが私は先人が語る歴史を知っているにすぎないので、当時の民意までは分かりませんね。ただ一部の守護龍は所属する国家と良好な関係を築いていたので、グラニアの意志に反して現在でも守護龍として国に残っているそうです。」

「そうですか。四大龍と守護龍に関してはよく分かりました。次は現在の世界情勢について教えてください。クリムゾンの見立てでは現在の世界情勢は表面上平和そのものとの事ですが、実際の所どうなのでしょう?」

「四大龍の台頭以降四大国の衝突は起きていないと聞いていますし、私の知る限り現在国際的な紛争を抱えている国はないと思いますよ。私は旅に出てからまだ1年足らずなので、それほど国際情勢に詳しいわけではないですが。」

「そうですか。未だ表面化していないものの燻っている様な魔力をクリムゾンは感知していましたので、水面下で事を起こそうとしている輩がいるのではないかと思ったのですが、その辺は追々調べますか。クリムゾンの戦意を察知する嗅覚は絶対的な精度を誇るので、勘違いの線は薄いです。」

「それは気になりますね。近頃魔族の活動が活発化してるという噂もありますし、そのせいでしょうか?目撃情報が増えている程度の話で、人類との直接の衝突は私の知る限りでは起きていないですが、少し気を付けておきましょう。」

「なるほど魔族ですか。彼らは個々の戦力で見れば人間よりも遥かに強力な種族ですし、クリムゾンと戦う相手としては人間よりも向いているかもしれませんね。噂をあまり真に受けても仕方ないですが、私も心に留めておきましょう。」

 クリムは世界情勢が不安定な方がクリムゾンと戦う相手を探しやすいと考えており、反対にサテラは世界情勢の安定を願う立場である。2人の会話は一見噛み合っているようだが、その思惑には決定的な齟齬があった。しかしクリムゾンの過去の行動を鑑みれば、過程はどうあれ最終的には争いは根絶されるので、クリムとサテラの目的は正反対でありながらある意味では一致しているとも言える。


「姉御はそのクリムゾンって奴と戦う相手を探してるんすか?」

 2人の小難しい話に興味が無いエビゴンは窓から海を眺めていたが、代り映えしない景色に飽きたようで会話に混ざってきた。

「そうなりますね。エビゴンには話してなかったかもしれませんが、クリムゾンというのはあなたが会いたがっている私の親の事ですよ。」

「マジっすか?なら俺が挑戦者になったらクリムゾンの旦那は喜ぶっすかね?」

 エビゴンはバッと両手を上げて海老の威嚇ポーズを取った。しかし本当に威嚇しているわけではなく、興奮状態に陥った事で反射的に臨戦態勢を取ってしまっただけである。人型に慣れていないエビゴンは海老の習性が抜けきっていないのだった。

「旦那ってあなた、一応クリムゾンはメスですよ。ドラゴンに雌雄はないので厳密にはどちらでもないですし、あの人は他者からどう呼ばれても気にしないでしょうけど。」

「そうなんすか?ならクリムゾン先生とか社長がいいっすかね?」

「旦那の方がマシですね。」

「了解っす。それはさておき、俺助けてもらったお礼に旦那に何か恩返しできないかと思ってたんすよ。旦那が戦いを望んでいるなら、俺が戦う相手になれないっすか?」

「うーん、どうでしょう?クリムゾンは挑戦者の強さにはあまりこだわりが無く、とにかくやる気のある相手を望んでいますが、とは言えエビゴンはただの深海鮫であるマナゾーに手も足も出ないくらい弱かったですし、挑戦者として最低限度の強さに達してないですからね。それにクリムゾンはあなたを助けた覚えもないでしょうし、お礼なんて要らないと思いますけどね。」

「そうはいかないっす。旦那がどう思っても俺は俺の感謝の気持ちに嘘はつけないっすよ。嫌でも恩返しは受け取ってもらうっす。なんなら今から鍛えて旦那と戦えるくらい強くなるっす。」

 エビゴンは一層興奮した様子で頭に生やした触角をシャキーンとV字型に伸ばしながら意気込みを述べた。

 こんな押しつけがましい恩返しがかつてあっただろうかとクリムは困惑したが、やる気だけは一人前のエビゴンを強く止める理由もないので、彼女のやりたいようにやらせることにしたのだった。

「エビゴンは脱皮の際に望んだ姿に変身できるようですし、もしかしたら強くなるのも案外難しくないかもしれないですね。あなたは潜在的にクリムゾンの魔力を秘めていますし、よもやと言う事もありますから鍛えるつもりなら私も協力しましょう。」

「よろしく頼むっす姉御。」

「私はあくまでも手助けするだけなので、後はあなたの頑張り次第ですよ。」

「分かってるっす!俺頑張るっすよ!」

<ぐぅー>

 エビゴンはすぐにでも行動開始しようと立ち上がったが、気持ちとは裏腹に彼女の腹の虫は大きな音を立ててそのやる気にブレーキを掛けた。

「何はともあれ、まずはご飯を食べてからにするっす。」

「そうしなさいな。」

 クリムはクリムゾンと戦う相手を世界を旅して探すつもりだったが、クリム自らが挑戦者を育成するという手段もある事に気付かされ、目から鱗が落ちる思いだった。気まぐれに助けたエビゴンだったが、それは決して無駄ではなく、エビゴンとの関りが彼女にとっては大きな糧となったのだ。


「ところで姉御ってかなり強いんすよね?」

「そうですね。自分で言うのもなんですが、かなり強いですよ。」

「ならわざわざ戦う相手を探さなくても、姉御が旦那の相手をしたらいいんじゃないっすか?」

「それは無理ですね。」

「なんでっすか?」

「ドラゴンには眷属を守る本能がありまして、これはドラゴンの宿痾しゅくあと呼ばれるドラゴン種が産まれながらに持つ特性の一つですが、平易に言い換えるとドラゴンの親は我が子を攻撃できないのです。私はクリムゾンの子供ですからクリムゾンは私と戦う事ができません。」

「なるほど。面倒なんすねドラゴンって。」

「そうですね。もっとも私は戦うのが別に好きではないので、仮にドラゴンの宿痾が無かったとしてもあの人と延々戦い続けるなんてご免ですけどね。」

(同じ理由からクリムゾンはグラニアに挑まないのですが、それはエビゴンに言っても詮無き事ですね。)


「ところでサテラは昼食が済んだらどうしますか?私はエビゴンを連れてクリムゾンの元へ一度戻るつもりですが。」

「さっきも言った通り私がこの町に来たのは強力な魔力・・・つまりクリムゾンの魔力を追ってきたからなので、一応クリムゾン本人にも会っておきたいですね。クリムさんの話からすれば、クリムゾンは何か悪さをしようとしているわけではないようですので、ここで調査を打ち切っても良いのですが、個人的に伝説とまで呼ばれたドラゴンを見てみたい気持ちもありますから。クリムさんがよろしければ同行させてください。」

「ええ、もちろん構いませんよ。」

「ありがとうございます。」

 こうしてサテラもクリムゾンの元に一緒についていくことになった。


「話は変わりますが、あなた交易所で龍の巫女の偽物扱いを受けていましたけど、IDカードを提示したらすぐに本物だと証明できたのではないですか?」

「考えてみればそうですね。私は産まれてからずっとグランヴァニアで育ちましたから、旅に出るまでIDカードを作ってすらいなかったので、身分証明にIDを提示するという初歩的な行動が頭から抜けていました。」

 サテラは右手を開いて指輪型のIDを見せながら答えた。

「あなた案外抜けてますね。旅に出て1年と言っていましたが、一人旅はちゃんとできているんですか?」

 クリムはサテラの対応力の低さと呑気な様子を見て少し心配になったのだった。

「大丈夫ですよ。クリムさんが知っているエコールの生きた時代より今の世界はずっと平和ですから、私くらいぼんやりしていても平気なんです。」

「私はそこまで言っていませんが、まぁ平和なのはいい事ですね。」

 龍の巫女はクリムが知る限り人類の中で最高位の強さを持つ存在なので、ともすれば彼女もクリムゾンへの挑戦者にできないかと密かに考えていたのだが、平和ボケしている彼女の様子を見てあまり期待できないと感じたのだった。


 そうこうしているうちに厨房の方から美味しそうな匂いが漂ってきた。

「いい匂いですね。そろそろ料理ができた様ですよ。」

「お腹すいたっす。」

 そしてほどなくしてウェイトレスが料理を運ぶ足音が聞こえてきたのだった。


♦♦♦用語解説♦♦♦

・ドラゴンの宿痾しゅくあについて

 ドラゴンの宿痾は主に3つ存在し、その中の1つが我が子に手を上げられない母性本能である。二つ目は母の願いによりその眷属の性向がおおよそ決定づけられる事である。そして最後の一つは人類に、中でもとりわけ人間に対して好意を持ってしまうという特性である。

 一つ目の眷属を害せないという特性は、かなり強力で龍王グラニアでさえ抗う事ができない。というよりはドラゴンは当人が望まない限り子供が産まれないので、自ら望んで産んだ我が子を害する事はほぼあり得ないのだ。

 残り二つの特性に関してはそれほど強制力がなく個人差も激しい。そのためドラゴンの中には人間に対して敵意を顕わにする、悪龍と呼ばれる者達も存在し、必ずしも人類の味方ではない。


 これらの特性には明確な発生理由が存在するが、作中でその内明かされるだろう。

♦♦♦解説終わり♦♦♦

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る