第39話 クリムVSマナゾーVSエビゴン 浅瀬の小競り合い

 シリカ島近海に現れた怪物の調査をしたクリムは、怪物の正体が巨大海老であることを突き止めた。彼女がエビゴンと名付けたその海老は人間達が危惧したような津波を起こす力はなく、人間達の思い過ごしであったとクリムは結論付けたのだった。なんやかんやでエビゴンと打ち解けたクリムは、エビゴンを狙って忍び寄ってきた深海魚の存在を察知し対峙するのだった。


「姉御よろしく頼むっす!」

 捕食者を恐れてクリムの背後に隠れようとするエビゴンだったが、その巨体は小さな少女の背中には到底隠れきれるものではなかった。

「あなたは戦わないんですか?」

「無理っすよ。俺の種族はあいつにとってはただの餌なんす。見つかったら逃げの一手っすよ。」

「私一人で十分でしょうけど、それにしたってあなたでかい図体の割に情けないですね。所であれは何者なんです?」

「あいつはマナゾーって呼ばれてる深海鮫っす。海底に這っている俺達みたいな海老や貝をバリバリ食べる、深海の捕食者ピラミッドにおける頂点っす。」

「あなたもそうですが、本来深海に居るはずの鮫がなんでまたこんな浅瀬に居るんでしょうね?あなたと同じく津波に流されてきたんですかね?」

「俺には分かんないっす。あっ!マナゾーが来るっすよ!」

 海面下で静かに様子を伺っていたマナゾーは、クリムが一瞬目を逸らした隙を見て突進してきた。そのスピードはそれほど速くなく、ドラゴンであるクリムから見ればまるで脅威ではなかったが、遊泳能力の低いエビゴンを捕らえるには必要十分な速度であった。そうしてのんびりと泳いできたマナゾーが接近してくるに従い、クリムは違和感に気が付いた。マナゾーが思ったよりもずいぶん小さかったのである。その体長は大きく見積もってもせいぜい1m弱で、到底エビゴンを捕食できるとは思えない体格であった。

「エビゴン。あなた本当にこれが怖いんですか?」

 クリムは向かってきた小型鮫の尻尾を掴んで引き揚げるとエビゴンに見せた。

「おわーっ!見せなくていいっす!」

 エビゴンは顔を背け両手の鋏で目を覆い隠して怯えている。

「私がしっかり押さえてますから、目を逸らさずちゃんと見てくださいよ。もしかしてあなた、蘇生前に比べて巨大化しているんじゃないですか?こんな小鮫があなたを食べるわけないですよ。」

「え?マジっすか?」

 エビゴンは鋏をそっと目からずらして、クリムに捕まっているマナゾーを確認した。

「本当だ!マナゾーが小さい・・・いや俺が大きくなってるんすね!」

 エビゴンは両手を上げてガッツポーズで勝利を確信している。

「クリムゾンの細胞の影響ですかね。鱗と角が生えているだけかと思いましたが、あなたは元の海老とは完全な別種に進化しているのかもしれませんね。」

「よく分かんないっすけど、これなら怖いものなしっす!」

 調子に乗ったエビゴンはクリムに捕まり身動きの取れないマナゾーを鋏でつついた。すると怒ったマナゾーはエビゴンの爪先に噛みついたのだった。

「ギャー!噛まれたっす!」

「まったく、調子に乗るからですよ。」

 クリムはマナゾーを引きはがそうと引っ張るが、捕食者の意地なのかしっかりと食いついて離そうとしない。

「早くとってほしいっすー!」

「暴れると危ないですよ。」

 エビゴンは鋏をぶんぶん振りまわしたが、クリムは元よりマナゾーの食いつく力も中々に強く、エビゴンの腕関節は変な方向に曲がってしまった。そしてついに・・・


<バキンッ>


 竹を割った様な小気味よい音がして、エビゴンの右腕は鋏の根元から折れてしまった。

「あいたー!」

「あらあら。大丈夫ですか?」

 クリムはマナゾーをポイっと海にリリースしてエビゴンの怪我の具合を確かめた。そうこうしている隙にエビゴンの鋏を手に入れたマナゾーは海の方へと帰っていった。

「骨が折れたー!死んじゃうっすー!」

「あなた甲殻類なんだから骨なんてないでしょう。」

「あっそれもそうっすね。」

 エビゴンは本気なのかとぼけているのか分からない反応を見せたが、その口ぶりからするとあまり痛みは感じていないようであった。

 エビゴンの鋏が折れて少しだけ驚いたクリムだったが、深刻な怪我ではないようだったので安心した。

「マナゾーは居なくなったようですね。深海に帰ったんでしょう。」

 クリムは海に手を浸し広域ソナーで周囲の確認をしたが、マナゾーは探知にかからなかったのだ。

「やっぱりマナゾーは怖いっす。触らぬ鮫にたたりなしっす。」

「そんな諺はないですが、まぁ余計な手出しはしない方がいいでしょうね。あなた図体の割にあまり強くないようですから。」

「はい姉御。反省したっす。」

「本当にわかってるんですかね?」

 エビゴンの軽い返事に反省の色は見られなかったが、別にエビゴンはクリムの手下というわけでもないので、その浅慮な言動を諫める義務も権利もないと考え、あまり強くは言わなかったのである。

「それでは改めて私は調査報告をしてくるので、あなたはここで待っていてください。」

「了解っす。」


 こうしてシリカ島近海に現れた怪物騒動は解決し、クリムは依頼者である受付嬢の元へと報告に向かうのだった。

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