第28話 恋の法則は奇々怪々
フェミナは魔王に恋をしたことで、彼女の暴走する力を制御できるようになったことが分かったが、シャイタンには別の疑問が浮かんでいた。
「フェミナさんは魔王様のどこに恋したんですか?言ったらなんですけど、魔王様の言動を見る限り好きになる要素が見当たらないんですが。」
「おい待て。なぜ我はいきなり貶されているのだ?」
女に興味がない等と斜に構えて、フェミナの気持ちにちゃんと向き合わない魔王の様子を目の当たりにしていたので、シャイタンから見た魔王の男としての評価は急降下しているのだった。シャイタン自身も異性に興味がなく、魔王とは似た者同士なのであまり人のことは言えないのだが、それはそれ、これはこれである。
「シャイタンって誰かに恋したことないでしょ?」
シャイタンの疑問に対し、フェミナはやれやれと呆れた様子で問いかけた。
「ええ、まぁその通りですけど。それがどうしたんですか?」
シャイタンは小さい女の子が好きではあるが、それは恋と呼べるものではなく、どちらかと言えば小動物を愛でる様な感覚と近い物である。
ここで少しシャイタンが女の子を好きになった理由について補足しておく。その理由とは、彼女の同年代の男子達が彼女にとって恋愛対象足りえなかったからであった。と言うのも、先述の通り彼女の強力な魔力は抵抗力の低い異性を魅了してしまう特性を持っていたため、同年代の男子はその影響でみんなシャイタンに好意を寄せていたのである。彼女の人柄を知りもせずに無条件に好意を向けてくる相手というのは、顔がいいから好きくらいの薄っぺらい存在である。碌に名前も知らない男子達から数え切れないほどモーションを掛けられていた彼女は、いつしか異性そのものをつまらない存在と認識する様になり、次第に興味を失っていったのだった。
異性への興味を失ったからと言って同性への興味を持つ必然性は無いし、小さい女の子だけが好きな理由にもなっていないのだが、シャイタンの中ではそれらの事象が一本の線で繋がっているのだった。
「誰かを好きになるのに論理的な理由なんて無いのよ!私はヤクサヤを一目見た瞬間恋に落ちたわ!」
フェミナはクワっと目を見開いて堂々と宣言したのだった。
魔王本人の前で話す内容ではないが、お互い告白するのもされるのも日常化しているので、魔王はフェミナの言葉をもはや気にも留めていない。
「なんですかそれ?顔が好みだったとかそう言う事ですか?」
シャイタンはフェミナの言っている意味がよくわからなかったので聞き返した。
「やっぱりわかってないわね。顔がいいとか優しいとか、恋ってそんな理由で落ちるものじゃないの。まぁあえて言うなら全部好きなんだけど、いい所も悪い所も全部含めて好きになっちゃうのが恋なのよ。恋は盲目って言うでしょ?」
それは恋をすると周りが見えなくなり正常な判断ができないと言った意味の諺なので、恋をしている本人が自覚しているなら当てはまらないのではないかとシャイタンは思うのだった。
「うーん?いまいち納得いかないですね。魔王様の強力な魔力に中てられて、好きだと勘違いしたとかじゃないんですか?私も全然知らない男の子によく告白されますし。」
「たしかにヤクサヤも知らない女の子からよく一目惚れされていたけど、それは一時的な物でしょう?魔力の影響下から離れれば熱病の様な恋心も消えて、なぜ好きだったのか分からないと、ヤクサヤに惚れた当人達から直接聞きだしたから確かな情報よ。でも私の恋はヤクサヤと離れていても変わらない本物の恋心よ。第一
「それもそうですね。ならその気持ちは本物って事になりますかね。」
シャイタンは元々恋心に懐疑的であったが、フェミナの恋愛論を聞いているうちに恋とはなんなのか、さらに分からなくなってしまった。
「恋ってなんなんですかね?」
「シャイタンもいつか好きな人ができたら分かると思うわよ。」
「そういうものですかね。魔王様はどう思います?」
フェミナ一人の意見を鵜呑みにすると視野が狭まるので、他の人の意見も聞こうとシャイタンは考えたのだった。
「そこで我に話を振るのか?別によいが、我は恋愛には興味がないし一般論しか言えんぞ。」
「そんな女に興味ないのがかっこいいと思ってる思春期男児みたいな言い訳はいいですから、正直な気持ちを教えてくださいよ。フェミナさんの事どう思ってるんですか?」
「待て貴様。それは関係ないであろうが。というか思春期男子とは何だ。別に格好つけてなどおらんわ。」
魔王の恋愛観を聞いていたはずが、なぜかフェミナへの想いに話がシフトしているのだった。
フェミナは自分の気持ちは数え切れないほど伝えていたが、逆に魔王が彼女をどう思っているのかは聞いたことが無かった。それは内心否定されて現在の関係が壊れるのが怖かったからである。シャイタンのストレートな質問に対する魔王の答えにはフェミナも興味があったものの、半分聞きたくない気持ちもあり複雑な心境であった。
「いいから教えてくださいよ。何か本心を言えない様な後ろめたい理由があるんですか?」
「この魔王に後ろ暗い気持ちなど一欠けらも存在せぬわ。」
「ならいいじゃないですか。ほらはーやーくー。」
「むぅ・・・そうだな。我はフェミナの事は憎からず思っておる。ただフェミナには何度も言っておるが、まずは魔族国家の繁栄に注力したいのでな、国家が安定するまでは誰とも契りを結ぶつもりは無いのだ。」
「いまいちはっきりしないですね。半端な返事をしてフェミナさんをキープするなんて卑怯だと思わないんですか?」
シャイタンは魔王の煮え切らない態度が少し気に入らなかったので悪絡みしだした。シャイタンは他人の恋愛には然程興味が無いし、フェミナとも特別親しい間柄ではないので、割と無責任な善意の押し売りである。
なお魔王はフェミナに他の男ではだめなのかと曲がりなりにも聞いてはいるので、特に彼女をキープ扱いしているわけでもないのだが、はっきり好きか嫌いか言及していない現状ではそう見られても仕方がない。
「口が過ぎるぞ貴様。」
魔王は卑怯という言葉に少しムッとして言い返したが、それはフェミナに対して不誠実な態度を取っている自覚が無意識的にあったためである。まったく心当たりのない非難であれば軽く流せる寛大な魔王だが、核心を突かれて思わず動揺したのだ。
脱衣所での一件もあり魔王は自身の態度に省みる所があると考えていたので、知らず知らずに言及を避けていたフェミナへの本心に関して、この機会にはっきりさせようと思い立った。
「ほらほらどうなんですか?」
「そうまで言うならば答えてやろうではないか。我はフェミナの事を・・・。」
「ちょっと待ったー!心の準備をさせて!」
魔王がようやく本心を告げようとしたその時、フェミナが慌てて遮った。魔王の本心を聞くのが怖くなりヘタレたのである。
「フェミナさん案外というか、やっぱりというか初心ですね。」
シャイタンはフェミナと魔王の馴れ初めを聞いて、恐らくフェミナには恋愛経験がない事は察していた。魔王に一目惚れしてからずっと片思いをしているらしい彼女は、他の誰かと付き合ったりはしていないだろうと推測していたからだ。そして今の反応を見て推測は確信に変わったのだった。この人処女だな、と。
「よし!おっけー!落ち着いたわ!続けて!」
フェミナは明らかに落ち着いていないが覚悟はできた様だ。
「そうか。ならば改めて告白しよう。フェミナよ、我は貴様とならばいずれ連れ添う事になっても良いと思っておる。どれだけの歳月を要するかわからぬが、我が野望が果たされた後、まだ貴様の気持ちが変わっていなければ、その時改めて我と夫婦の契りを交わしてはくれまいか。」
「えぇ・・・急に告白なんて極端過ぎませんか魔王様。ねぇ、フェミナさん?・・・フェミナさん?」
フェミナの事をどう思っているのかと聞いただけなのに、急にプロポーズを始める魔王に驚きを隠せないシャイタンだった。そしてシャイタンがフェミナの方を見ると、彼女はブルブルと身体を震わせているのだった。
「大丈夫ですかフェミナさん?」
「よ・・・」
「よ?」
「よっしゃー!」
フェミナは歓喜の叫びを上げながら、高く掲げた拳を振り下ろした。
<パァンッ>
フェミナの全精力を込めた拳が水面を叩くと、その凄まじい勢いに湯船のお湯はすっかり空になるほど吹き飛ばされてしまった。
「ぬお!」「ニャー!」
「おっと危ない。」
体の小さい魔王とチャットは吹き上がるお湯と一緒に吹き飛ばされそうになったが、咄嗟にシャイタンが二人を捕まえたので事なきを得た。
<ザアアアッ>
吹き飛んだお湯はスコールの様に降り注いだが、そのほとんどは湯船から溢れて排水溝へと流れていってしまった。
ほとんどお湯のなくなった湯船で三人が呆然とする中、フェミナだけはガッツポーズをしていた。
「・・・少し長湯になってしまいましたし、そろそろ上がりますか。」
「そうだな。」
シャイタンはフェミナの突然の暴挙に文句のひとつでも言おうかと思ったが、降り注ぐお湯が彼女の頬を伝いまるで涙を流しながら喜んでいるように見えた事から、そのどこか儚げな美しさに一瞬見惚れて、喜びに水を差すのも無粋だろうと喉まで出かかっていた文句を飲み込んだのだった。
「ヤクサヤぁ!返事はもちろんオッケーよ!」
「うむ、そうか承知した。」
こうして、フェミナの数万年に及ぶ片思いは案外あっさりと結実したのだった。実情としては魔王から正式に彼女をキープする宣言が出されただけであり、その関係性はこれまでとあまり変わっていない気もするが、婚約が成立したも同然なのでフェミナにとっては大きな変化と言えるのだ。
「ちょっといいですか魔王様?」
「どうしたシャイタンよ。」
「そんなに簡単にプロポーズするなら、どうして今までフェミナさんの告白を断っていたんですか?」
「そのことか。そうだな、いい機会だから真意を話しておくか。念のため言っておくが我がフェミナに告白したことも含め、この場で聞いた話は全て他言無用だ。よいな?」
「はーい。」
「フェミナとチャットは知っておるだろうが、我の野望はすべての魔族達を束ね上げた統一国家の成立である。そのためには既存の権力者どもから実権を奪う必要がああったのだが、我の強い魔族達の事だ。当然反発は必至である。」
「そうですね。」
「ゆえに我が伴侶を得ればその者に危害が及ぶことを懸念していたのだ。我単独であれば魔族達が徒党を組んで反抗を試みようとも軽くあしらう自信はあるが、人質を取られては流石に守り切れるか分からんからな。国家運営が安定するまでは、とフェミナに念を押していたのはそのためだ。」
「なるほど、そんな理由だったんですね。ちゃんと説明していればフェミナさんも暴走したりしなかったでしょうに、怠慢ですよ魔王様。」
「元よりすべてが終わるまでは誰にも話すつもりのなかった事であるからな。いつ叶うともしれぬ我が野望に、フェミナを付き合わせて本当に幸せかとの疑念もあったゆえ、その心が離れていくのならばそれもまたやむなしと思っておったのだ。」
「その心配は要らないわ。たとえ一生このままでも私はあなたに付いていくわよヤクサヤ。むしろ私に付いて来てもいいわよ!」
シャイタンから見たフェミナは、心なしか魔力が充実し生命力に溢れているように感じられた。それは恋が実った事による心情の変化がもたらした変容であり、シャイタンの気のせいではなかった。恋する乙女は無敵なのだ。
「貴様らくれぐれも言っておくが他言無用であるぞ。この場におらぬ最高幹部達にも知らせる必要はないと心せよ。」
「分かってますよ。」
「秘密は守るニャー。」
「大丈夫大丈夫。さっさと魔族どもをまとめ上げて結婚するわよ!」
フェミナだけはちゃんとわかっているのか怪しい返事をしていたが、いまさらながら少し照れてしまい彼女に強く念を押せない魔王だった。
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