第24話 映画館


映画館のエントランスに入ると朝一番の回のため 人はまばらだ。


それでもグッズショップや、フードショップには家族や恋人達が並んだ短い列が出来ている。


エントランスの中央の柱の所に、見慣れた人影を見つけた。


その人はエンジ色のジャケットにブラックパンツ、肩から掛けているショルダーバッグは赤地に白のクロスラインが入っている。


あのバッグは彼が出かける時、必ず身に着けてくる……


これは俺の脳が見せている幻なのか?


ありえない。


だってその人って…………


立ちすくんでいる俺に向こうも気が付いて、小走りでこっちにやって来た。


「……おはよう、ナギ。」


「修……斗…?」


修斗は俺の目の前で深々と頭を下げた。


「昨日はごめん。ナギの嫌がること言っちゃって俺、ナギに聞いていたのに本当にごめん。」


まぼろしじゃなくて


本当に俺の目の前に修斗がいる。


俺が悪いのに……またこんなに謝って……


涙がとめどなく頬を流れ、ぽたぽたと足元の絨毯に落ちて染みを作っていく。


「でも今日は約束の………?!……ナギ?」


修斗は絨毯の染みを見て驚いて顔を上げ、俺達の視線はやっと会った。


「修斗ぉぉぉ!!」


俺は思いっきり修斗の胸に飛び込んだ。


「ナ、ナギ?!」


「ぐすっ…うっく……ひっく……修、斗っ…ごめ…ご、めん、っ……」


泣きながら謝っているから、ちゃんと言葉になってない。


それでも修斗は解ってくれて両腕を俺の背中に回して優しく抱きしめてくれた。


「俺もごめん。本当に悪かったよ。」


「違っ、俺の方が……」


「でもはじめに怒らせたのは俺だから俺が悪いんだよ。ごめんな、ナギ。」


「ううん、違う俺が……」


「………じゃあ、二人とも悪かったってことにして仲直りしよう。1つ目の命令のキャラメルポップコーン買わなくちゃな。」


「!」


修斗の胸に沈めていた顔を上げると すぐそばに嬉しそうな笑顔が俺を包み込んでいる。



「なにあれ?あの人達何してんの?」


「しっ!見ちゃ駄目よ。」


まるで痛いものを見るような親子の視線と声が刺さり俺達は我に返る。


ここが公共の場と言うことすっかり忘れていた。


慌てて抱き合った腕を放した。


もう、メチャクチャ恥ずかしい。


「ちょっと 端に行こう。」


修斗の手を掴んでぐいぐい引っ張ってエントラスのど真ん中から壁際に移動した。


昨日の最後のLIMEで修斗は……


『俺のためを思ってしたくもない命令をさせてしまって悪かった。命令は無効にしよう。無理に付き合うのはつらいだろう。もうやめにする。』


そう書いていたことを思い出して俺は恐る恐る聞いてみる。


「修斗……あの………昨日の最後のLIMEで……」


「あー、うん。ちょっと落ち込んでつい書いちゃったんだけど、その後すぐに『やっぱりさっきのなし!』って送り直そうとしたら電池切れちゃってサ……」


それなら充電したらすぐに送ればいいじゃないか、俺一晩中待っていたのに……そう思ったけど。


電源切って先に連絡たったの俺だしな………そんなこと言えない。


修斗は少し間を開けてぽつりと言った。




「………それで俺、自分自身に賭けをしたんだ。」


「賭け?」


「ナギが俺のことをまだ好きなら今日ここに来てくれる。来てくれなかったら諦めようって……」


ちょっと待て、それって……


あのまま俺が他の所に行っていたら本当に修斗と別れることになっていたっていうこと??


背中を嫌な汗が流れた。


「バカっ!!一人で勝手に決めるなっ!!」


「ごめん。でもナギはここに来てくれたじゃないか。俺……ナギの恋人になってもいいかな?」


この期に及んでまだ疑問形で聞いてくるなんて……


修斗を見つめる瞳にまた涙が溢れてくる。


でもこの涙は昨夜の悲しい涙じゃない。


「バカ……俺 意外の奴を恋人にしたら一生許してやらないからな!!」


修斗が一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニッコリと俺に微笑みかけ


「そんなこと絶対にならないよ。ナギ以上にかわ…… じゃなかった。俺はナギしか好きになれないから。」


「!!…………ひ、人が良すぎるよ。俺 こんな意地っ張りのやつなのに……」


「俺の王様はナギだけだからさ。」


「え?」


「本当、ナギが王様で良かったと思うよ。俺が王様だったら、ポップコーンじゃなくて毎日ナギを泣かすような命令をしているかもしれないからな。」


「???俺が泣される命令???」


「あー………それはまた今度教えるよ。」


「ずるいっ!!今、教えろよーっ!!」


「え……ゴホン。それはここでは言えないよ。あ、ほら!早くしないとポップコーン買う時間なくなるぞ!!」


「あっ!待って!!」


俺はフードカウンターに向かう修斗の背中を慌てて追いかけた。





❤おしまい❤

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