ぶれ〜ぶす

鷹山トシキ

第1話

 夏目流星は練馬で私立探偵をしている。 2004年は最悪な年だった。

 この年は、電話で身内を装い金銭を騙し取るオレオレ詐欺(振り込め詐欺)が多発、警察官や弁護士を名乗った複数人が登場するなど手口も巧妙化した。

 また、政治家の年金未納が明らかになったりした。

 流星はクーラーのきいた事務所で依頼人の水原由加と話をしていた。彼女はどことなく、この年に流行った冬ソナに出てたチェ・ジウに似ていた。

「彼が浮気をしてるんです」

「気のせいじゃないんですか?」

 由加の彼、宇佐見猿時は議員秘書をしている。

「気のせいなんかじゃありません、加藤棗とラブホテルから出てくるのを見たんです」

 西武豊島線にある豊島園駅近くのラブホだったらしい。

「そのラブホの客は年増ばかり?」

「ふざけないでください!」

「そう怒らないでくださいよ」

 流星は10万で調査を引き受けることにした。国会議員は性的倒錯者が多い。流星の知人の神江って議員は会員制SMクラブのメンバーだ。

 流星は咳をゴホゴホした。

「風邪ですか?」

 由加が心配してきた。

「大丈夫」

 由加は30歳だったから宇佐見もまだ若いのかと思ったが、55歳らしい。もともとはデパートの外商部長で、由加もそこの店員をしている。

「ってことは彼はあまり政治のことを知らない?」

「はい」


 5年以上前の記憶をなくした篠田要次が新宿中央公園で発見され、恋人の栗野みのりや友人の寺田シゲオと共に幸せな日々を送っていた。

 しかし、ある夜覆面男に頭を金属バット交で殴られたショックで篠田の記憶が蘇り始め、無意識のうちに奇妙な行動を取るようになる。


 一方、ポアロと名乗る謎の男が、5年前のある作戦のことや、ミッチェルという女性工作員と関わっていた捕虜を尋問していた。

 広島原爆記念日の晩、篠田が生存していることを知った片腕を失った囚人・大方誠一が刑務所から脱獄し、光が丘の篠田の家に乗り込み襲い掛かって来た。

 大方は金属バットで襲いかかってきた。廊下を四つん這いになりながら逃げるが、追い詰められる篠田は無意識に力を発揮し、逆に大方を倒してしまう。

 その翌日、自分の記憶を取り戻すために雇っていた私立探偵の夏目と共に過去を探す旅に出ることを決意する。

 そこには、篠田を暗殺すべく謎の集団が彼を待ち構えていた。


 宇佐見が姿を消してしまった。

 流星は長引く風邪が心配になり『不動クリニック』に出かけた。院長の不動真司は仙人みたいな髭を生やしていた。

 レントゲンやCTをやった結果、肺ガンが見つかった。

 流星は愕然とした。

「まだ45歳だぞ?やりたいこととかたくさんあるのに」

 流星は一度も海外に行ったことがなかった。流星は最近、徳井直子って女刑事とデートをした。映画を見て、その後彼女の家でエッチをした。直子とハワイに行くのが夢だった。

 病院から事務所に戻ると、水原由加がガラスドアの前にいた。

「宇佐美ならまだ見つかりませんよ?」

「そうじゃないんです、あなたに会いたかった」

「僕には恋人がいます」

「その人と別れて?」

「出来ませんよ」

「寂しいな?母親が病気で倒れてね?山梨に帰ることになったの」

「宇佐見のことはどうするんです?」

「諦める。夏目さんはご実家はどこなんです?」

「山形にある蔵王です」

「あ〜、美川憲一とか山咲トオルが住んでますよね?」

「そっちのオカマかよ?」

 エメラルドグリーンの水をたたえる湖、御釜は蔵王の名物だ。


 8月13日

 宇佐見は東京駅から新幹線つばさで山形駅まで出て、バスで蔵王温泉に向かった。

 みやぎ蔵王こけし館や御釜を見て、夕飯はジンギスカンを食べた。夏目家は蔵王スキー場のすぐ近くにあった。

 宇佐見がチャイムを押すと、夏目壮一が出てきた。北大路欣也にどことなく似ている。早くに妻を亡くし、男でひとつで流星を育ててきた。

「何だおまえは!?」

 壮一の表情が青ざめた。

 宇佐見は手に拳銃を持っていた。レンコンみたいな弾倉のあるリボルバーだ。宇佐見の人差し指がくの字に曲がった。


 6月5日

 父の死を知った流星は涙を流した。父の死を知らせてくれたのは山形県警の秋田って刑事だった。父はミステリー作家をしていた。オドオドした性格で、恨みを飼うような人間ではなかった。しかし、流星は故郷に戻れずにいた。宇佐見に似た人間が茨城県つくば市で目撃され、出張していた。

 

 片田舎のつくば市は、いつもの静けさが嘘のように賑わっていた。久しぶりに映画に復帰する往年の大女優の出雲和泉や、映画監督である夫の出雲勲ら、撮影隊が猫神荘に長期滞在し、大作映画『猫神荘の殺人』の撮影が行われるのである。市をあげての歓迎ムードの中、猫神荘では和泉がホステスとなって俳優たちを招待し、盛大なパーティーが催されようとしていた。

 流星もパーティーに参加しようと出かけたはいいが、肺ガンが悪化して亡くなってしまったのだ。冥界に旅立った流星は神様に『回復』の魔術を授けられた。流星は1年に1人殺さないと冥界に戻されるという宿命を背負わされ、リアルな世界に戻って来た。


 そんな中、今回の映画のプロデューサー、宇奈月右京が妻である女優・海老名恵美を伴って現れた。

 和泉と恵美は犬猿の仲であり、二人の共演はトラブルを引き起こすと懸念されていた。そしてパーティーの真っ最中、アクション俳優の小田原治が突然倒れ、急死してしまう。 パーティーで手伝いをしていた家政婦、加須和子によると、恵美らが現れた際、小田原は和泉に一方的に退屈な思い出話をまくしたてており、その時なぜか急に和泉は、階段に飾られた招き猫を見つめて「凍りついて」いたという。


 検死の結果、小田原の死因はカクテルに混入された毒によるものと判明。しかもその毒入りのカクテルは、出雲勲が作り、もともと和泉が飲むはずのものだったこともわかった。


 映画の撮影が開始されたが、恵美と和泉の不仲がやはり障害になって一向に捗らない。和泉はコーヒーに毒が入っていると騒ぐなど、心配されていた精神状態は次第に悪化していく。


 茨城県警の木曽恭一警部は、関係者たちに事情聴取を始めるが、出雲は自分に脅迫状が届いていることを誰にも明かさずにいたと告げる。そんな折、助監督の熊谷邦子が毒殺される、邦子は勲への愛から和泉の存在を疎み、不可解な行動をとっていたのだった。


 流星と木曽は、小田原が和泉の身代わりで殺されたという最初の前提が間違っていたのでは?と気づく。小田原は何を和泉に話していたのか。そして和泉に新たな危機が迫っていた。


 流星は冥界に行ったときに父を殺した犯人が宇佐見であることを知った。さらに、水原由加は宇佐見の共犯者だ。あの依頼自体がフェイクだったのだ。由加は流星に壮一の居場所を聞いてきた。

『何としてでも宇佐見を殺す!』

 流星は己に誓った。

「小田原と邦子を殺した犯人は誰だと思う?」

 木曽が尋ねてきた。木曽は45歳、流星と同い年だ。

 民宿の部屋の窓からつくば山が見えた。

「真犯人なら札幌にいるよ」

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