にゃんごろー

弐ノ舞

ボクはにゃんごろー

お店で無造作に置かれていたぬいぐるみであるボクを買ってくれたのは、眼鏡をかけた男の人。夏の暑さも厳しい八月のことで、ボクはクーラーが効いたこの場所から離れるのを少し名残惜しく思った。

 お店に置かれているときは、どんな人に買われるのかよく想像したものだ。小さな女の子がボクに一目惚れして買われるのだろうか、それとも一人暮らしを始めて寂しくなった女の人がボクをかってくれるのだろうか。もしかして、本当はかわいい物が大好きな強面のお兄さんに買われてしまうのだろうか。

それがこんな眼鏡しか特徴が無い男に買われるなんて、ボクのドキドキを返してくれ!

その後、リボンのついた袋の中に丁寧に詰められて幸せなはずなのに、以前として虫の居所は悪かった。ボクはネコにゃんだけどね。


そんなボクを袋から出してくれたのは、綺麗な女の人だった。びっくりして、中に詰まってる綿が出るかと思った。ボクを買った眼鏡がこんな姿になってしまったのか、と思ったが、女の人の隣にその眼鏡はいた。なるほど、ボクはこの綺麗な女の人へのプレゼントとしてこの眼鏡に買われたらしい。

女の人はボクをぎゅっと抱いてすごく喜んでいた。こんなに喜んでくれるなんて、うれしいな。やるじゃないか、眼鏡。ボクを選んでくれてありがとな。

 

それからボクは女の人の部屋での生活が始まった。

夜になると、女の人はいつもボクを抱いて寝る。ボクは大福のような形をしているからボクを抱いて寝ると、翌朝必ず変形している。ボクのチャームポイントである、ふわふわがあだになっているみたいだ。女の人は一晩中ボクを離さない。そりゃ変形するよ。

女の人はボクのことを「にゃんごろー」と呼ぶ。もっとかわいい名前があったろうに、なんでそんな名前になってしまったのだろうか。「ふくふく」とか「たま」とかそう言うので良かったのに。でも女の人は、ボクの名前を優しい顔をしながら呼ぶからこの名前は案外気に入ってる。こんな女神みたいな顔を拝めるなんてボクは幸せものだ。どうだ、眼鏡。うらやましいだろ。


だけど、そんな愛されているボクが女の人と一緒に寝ないときがある。それは眼鏡がうちに来たときだ。眼鏡が家に来ると、女の人はボクを布団から机の上に移動させる。そして、いつもボクがいるはずの所に眼鏡が寝そべる。

悔しい。ボクがいつもいるはずの場所に、なんで眼鏡がいるんだ。寝るときに眼鏡を外そうが、おまえは眼鏡だ。女の人よ、ボクを君の隣に置いておくれ。ボクは君にあの優しい顔をして欲しいんだ。

そんな嫉妬という炎に身を焼きながら女の人を見ると、眼鏡にあの優しい顔をしていた。それにボクが今までに見たことがない表情までしていた。なるほど、そういうことだったのか。

ボクはあの眼鏡の代わりにあの優しい顔を見ていたんだ。女の人は毎日眼鏡のことを思ってボクに接していたんだ。それなのに、ボクはなんて自惚れていたんだ。恥ずかしくて、耳がとれそうだ。


しかし、それから一週間ほど眼鏡はボク(女の人)の家にやって来なかった。喧嘩したわけではない。二人が言い争っている所なんて見たことがないから。愛想を尽かしたわけではない。二人でいるときはいつもラブラブだから。なのにどうしたんだろう。あの眼鏡、ご主人を泣かせたら許さないぞ。

眼鏡が来なくなればなるほど、ボクの形は変形していった。黄金比のように完璧だったボクの形が、どんどん崩れていく。一週間経つ頃には、抱かれた痕がつきすぎて顔が凹んでいた。ボクの顔がー。

ボクの顔がこれ以上凹まないんじゃいか、と思っていた日の夜。ボクの顔が濡れた。ご主人と布団で寝ていたのにも関わらず。目をこらして見てみるとご主人は泣いていた。あの眼鏡、絶対に許さん。


その次の日、眼鏡は家にやってきた。話を聞くと海外に旅行に行っていたらしく、そこで死にかけたらしい。ご主人を悲しませるやつなんぞ死んじまえばいいんだ。そう思っていたが、今までに見たことのないくらい破顔をしたご主人が眼鏡に抱きつくのを見て、そう思うのをやめた。

おい、眼鏡。たまに、たまにだぞ。たまになら、机の上で一夜を明かしてやろう。だから、ご主人に逢いに来てやってくれ。お前の為じゃないぞ。ご主人のためだ。それとあれだ、ボクのパーフェクトボディが変形するのが嫌なだけなんだから、勘違いするなよ。

頼んだぞ。

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にゃんごろー 弐ノ舞 @KuMagawa3

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