霊能力者紅倉美姫10 「母さん、オレ」

岳石祭人

1、「母さん。オレ」

「ああ、母さん。オレ、英夫だけど。ご無沙汰です。あのねえ、母さん。実は……助けてほしいんだ。実はね、会社にいきなり人相の悪い男たちがやってきて、オレの友だちがその人たちに借金していて、オレがその連帯保証人になっているっていうんだよ。いや、そんな覚えないんだけど、電話で話したらオレしか頼れる相手がいないから助けてくれ、頼む、って頼まれて。どうも声を聞くと殴られてひどく口が腫れているみたいなんだ。オレの所に来た連中もどう見てもまともな奴らじゃないし。それでね、友達の身も心配だし、オレもこんな連中に会社に押し掛けられちゃオレの信用が危うくなるし、それでね、払ったんだけど、給料日前でちょっと足りなくて……。それで、ほんと、悪いんだけど、50万円、ちょっとの間でいいから貸してくれないかなあ………。うん、オレは120万払ったんだけど、足りなくてね、困ってるんだ。振り込め詐欺? ハハ、まさかあ。うん、間違いなく友だち本人だよ、オレが自分であいつの携帯に電話したんだから。だいじょうぶだよ、ちゃんと知ってる……ほら、高校時代の石田だよ、ウオカワの近所の、うちにも遊びに来たことあったと思うよ。うん、顔見れば母さんも分かるよ、きっと。そう、石田なんだよ、暴力団に捕まってるの。いや、そうと決まってないけど、見るからにねえ。うん、そう、50万、銀行に振り込んで欲しいんだ。だいじょうぶ、絶対石田に返してもらうから。あいつもきっとぼったくりバーかなんかで捕まってるだけなんだよ。金さえ払えば解放されるから。うん、そうしたらあいつとよおく話すよ。うん、うん、ごめんね、心配かけて。うん、50万。すまないね。だいじょうぶ? ごめんね、すぐボーナス出るから、そしたらすぐに送金するし、迷惑かけたお詫びにこっちのデパ地下の人気のケーキでも送るよ。うん、うん、アハハ、分かったよ、送るよ。うん、それじゃ、銀行の番号言うね、いい?


 うん、ほんと、悪いねえ。大晦日にはミユリ連れて帰るから。うん、なんとか休み取るよ。うん、楽しみにしててよ。それじゃ、出来るだけ早くお願いね。うん、ごめんねえ、必ず返すから。ありがとう、感謝するよ。あ、ごめん、オレ急いで会社に戻らなくちゃ。うん、あんな連中いつまでも会社に居させるわけにいかないから。うん、それじゃね。うん、忙しいんだよ。今の世の中、忙しさに文句を言っちゃあ贅沢だね。じゃ、また夕方に電話するから。うん、石田の奴にも謝らせるから。うん、じゃ、お願いね。じゃ」




「ほい、ご苦労さん。上手くいったぜ。今回の売り上げは……っと、へへへ、おまえさんらには教えられねえが、ほら、きちんと時給払うぜ。へへへ、商売は信用第一ってな。はい、ご苦労様。給与明細はいらねえな? ハハハ。ま、また縁があったらそんときゃまたよろしく。はい、じゃあな」




 正治まさはるはいわゆる「振り込め詐欺」の電話係で犯罪を犯した。

 ネットカフェでスカウトに遭い、オーディションを受けて合格し、彼自身は26歳だったが、17歳から40歳まで、幅広く20人ほど声優を演じた。

 4日間の合宿生活で、10万円のバイト料を得た。2万円事前の約束よりピンハネされたが、ウイークリーマンションの1室で7人の相部屋ではあったがとりあえず3日間寝床の心配をせずに済み、食べ物も暖かい弁当を食べさせてもらったのだから文句はない。


 「振り込め詐欺は立派な犯罪です」


 そんなのは分かっているが、犯罪者となってしまった今もさしたる罪悪感はない。

 20万、30万、40万、50万。自分の演技でどれだけの成功率なのか分からないが、幹部たちのニヤニヤ顔を見るとけっこうな成功率のようだ。

(ため込みやがって)

 と、正治は思った。どうしてそんな大金いともあっさり出せるものか?

 それだけの貯金があるだけいいじゃないか。

 自分の銀行口座なんてとっくに残高0になって、もう何年もほったらかしだ。

 そう思って自分の犯罪の被害者たちに対する申し訳なさもまるでなかった。

(ちくしょう、幸せな馬鹿どもめ)

 としか思わなかった。

 正治はもらった金でカプセルホテルに泊まり、久しぶりにベッドを独占して手足を伸ばしてぐっすり眠った。

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