二人の武士が持つは釣り竿

ドクソ

二人の武士が持つは釣り竿

 武士が二人、海釣りをしている。

 片方の武士の名前は竹蔵、魚を入れる古びた桶には蓋がしてある。

 もう片方の武士の名前は小太郎、新品の綺麗な桶の中身は空である。

 竹蔵はそんな小太郎の桶を見ながら言った。

「小太郎よ、釣りというのは剣術の達者さと同義らしいぞ。よってお主はへっぽこ侍だということだ」

 小太郎はカチンときて言葉を返す。

「俺は釣りは初めてなのだ!それにその台詞、そのまま返させてもらうぞ竹蔵。お前も一向に釣れた素振りがないではないか!」

 そんな小太郎の発言を耳にして、竹蔵は不敵に笑う。

「小太郎よ、お主は始めから俺の様子を見ていたか?俺はもうかれこれ三時間はここで釣りをしている」

 竹蔵はそう言って、自身の持つ釣り竿を海面まで上げて見せる。釣り糸の先端にある針には餌が付いていない。

 それを見て驚く小太郎。

「やあやあ、ついぞ頭がおかしくなったか竹蔵よ。それでは何も釣れるはずがないではないか」

 竹蔵は再び不敵な笑みを浮かべる。

「今日はもう大量で飯には困らん、俺の桶を持ち上げてみろ小太郎」

 言われるがまま竹蔵の桶を持ち上げる小太郎。

 自分の空の桶に対して、竹蔵の桶はかなり重かった。

「なんと!本当に大量ではないか!」

 その時、小太郎の腹が鳴った。

 それを聞いた竹蔵は「腹が減っているのか?」と小太郎に尋ねる。

 小太郎はうなだれて「いやぁ、実は最近、奉行所から暇を出されてしまって…食うや食わずの生活なのだ。だからなけなしの銭をはたいて釣り竿と桶を買ってきたのだが…」と打ち明け、やはり俺には釣りは向いていないようだと付け足した。

 それを聞いた竹蔵は、小太郎に向かって自分の桶を差し出す。

「なんと、それを早く言わぬか!この桶だったら持って帰るがよい、困ったときはお互い様だ」

 竹蔵の優しい言葉に、目を輝かせる小太郎。

「良いのか!この重さならば三日は生きられる、恩にきるぞ竹蔵!」

「うむ、しかし、ただという訳にはいかん。魚の代金の代わりといってはなんだが、俺にその新しい桶を譲ってはくれまいか?」

 竹蔵がそう言うと小太郎は「もちろんだ、お前に譲ろう」と承諾した。

 礼を言いながら、満足そうに古びた桶を持ち帰る小太郎の背中を見て竹蔵は言った。

「いやはや、感謝されるのは気持ちが良いものだ」


 家に着いた小太郎はさっそく囲炉裏に火を起こし、魚を焼く準備を始めた。

 竹蔵に貰った桶を見て、気に食わぬ奴だが良いところもあるではないかと感心していた。

 そして、桶の蓋を開くと、小太郎はその中身を見て驚いた。

「魚などおらぬ!海水しか入っていないではないか!」

 わなわなと怒りに震える小太郎。

「おのれ竹蔵め、謀りおったな!」

 そう叫び、貰った桶を思いきり蹴飛ばした。


 その頃、竹蔵はまだ釣りを続けていた。

 大きな欠伸をする竹蔵、背中を掻きながらつぶやいた。

「だからお主は、へっぽこ侍だというのだ」

 その傍らには相変わらず空っぽの、新しい桶が置かれている。

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