01-04 埋葬地

 空は朱。


 傾く太陽は流れる浮雲と、散らばる肉塊を照らし出す。

 生い茂る雑草たちに色はなく、それを見下ろす木々の群れにも色はない。むせかえるような熱い血霧の中を走り抜け、リクの心は煮えたぎっていた。重い銃把じゅうはに、汗の雫が一滴、ぽとり。


「どう考えても異常だろ」


 リクは誰にともなくつぶやいた。


「どう考えてもこの数は異常だろ。一匹や二匹じゃねえぞ」

「その言葉、人を人とも思わぬ性分ですね。あなたの戦いぶりからも判る」

「俺は誰よりも人にやさしい人間だ」

「よくもまあ、この状況で言えたものだ。脱帽ものですよ」


 さっきまでの狂騒が嘘のように静まり返った森の奥で、二人の会話は弾んでゆく。


「狩りなんだよ」

「狩り?」

「狩るか、狩られるか。だろ? この世界は」

「確かにそうですね。この業界は」

「だからな。そこに複雑なモノはいらない。すべてを純化する必要がある」

「よくわかりませんが」

「人を人とも思わぬようにするんだよ」


 そう言って、リクは空になった弾倉を入れ替える。


「あんたみたいにコソコソ逃げ回ってる抜けにゃわかんねえだろ。なあ、ヤマダさんよ」

「仕事ですから」

「盗撮が仕事か?」

「記録ですから」

「今、俺がその目障りな"ディジナル"ってやつにタマぶち込んだら、あんたの仕事はおじゃんだ」

「まあ、そうでしょうね。記録保存領域はスタンドアロンに設定してますから。盗波されると元も子もないので」

「ヒューマノイドか」

「なんですって?」

「暑い日と、寒い日と、あと暑い日に三回は観た」


 ぷしゅう。


 なんとも間の抜けた音が二人の会話をさえぎった。どこからともなく飛来した鮮血が、生い茂る雑草たちを紅に染め上げる。リクはゆっくりと背後を振り向いた。まるでそこに何があるのかをあらかじめ察知していたかのように。


「油断は禁物」


 鮮やかに色づいた樹の幹のかたわらで、ニトが苦々しく笑っていた。妖し輝きを放つやいばを片手に、ニトが苦々しく笑っていた。


「血、結構飛んだね。この人は高血圧で悩んでいたのかもしれない」


 足元に転がる、頸部けいぶを半ばまで断たれた屍骸を見ながらニトは言う。


「それにしても壮観だ。めったに見られるもんじゃないよ、死屍累々ってやつは。いったい何人殺したのやら」

「ちょっと待て」

「ん?」

「俺は油断はしない」

「でもさ。狙われてたよ。思いっきり狙われてたよ。頭」

「俺は殺気がわかる」

「タナカさんも意地悪だな。教えてあげればよかったのに」

「ヤマダです」


 整髪料でオールバックにセットされ、銀縁眼鏡をかけた"記録屋"の顔は、どこまでも無表情だ。


「リクさんがられましたら、それはそれで良いれますので」

「あんたも殺気がわかるみたいだな」

「ヤマダさんが良くても、ボクが困るんだよ」

「そうですか」

「ところでよ。一体全体どうなってるんだ? 怨まれる覚えはないんだが」

「あ。それは気になってた。バレちゃったのかな、ここ」

「だとしても、バレた経緯が不明ですね。客観的に見て、この雑木林は死体を処分するにあたって最適な立地条件を満たしています。それにリクさん。あっという間に五メートル近く地面を掘り起こした馬鹿力には心底驚きましたよ。善意の第三者が死体を発見する可能性は極めて低いでしょう」

「よくわからんな。"埋葬地"がバレた。殺し屋が来た。……なんで殺し屋が来るんだ?」

「思い当たる節、あるでしょ? "例の件"」

「怨まれる覚えはないんだが」

「やれやれ。こりゃ重症だ。後でアヤに叱ってもらおう」


 そう言ってニトは耳を澄ます。三人の他に誰もいないことを確認し、口を開いた。


「じゃあ、ヤマダさん。"運び屋"が待ってるからそろそろ戻らないと」

「わかりました」


 かちかち。かちかち。


 ヤマダはディジナルDigital Mobile Personalityからカード型の補助記憶装置を抜き出し、ニトに手渡した。


「どうも」

「久しぶりに"いいもの"がれましたよ。ここだけの話、柄にもなくたかぶってしまいました」

「リクのことだね」

「暗殺。解体。実に退屈なものです。真のリアルとは、やはり己が身を災禍さいかの中に晒してこそ味わえる」

「あんたには人情ってもんがない。手伝いもせず隠れてやがった」

「仕事だからね」

「盗撮が仕事か?」

「需要と供給さ」


 ニトはリクの眼前にメモリーカードをひらひらとかざしてみせる。


「仕事において役割分担は」

「重要だ」

「うん」

「この度は私どもにご依頼いただき、誠にありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」


 慇懃いんぎんな態度で一礼し、夕闇に溶けるかのようにヤマダは音もなく立ち去った。

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