第3話 梨木館 大浴場
…冬は陽が短いので、山道を上がるうちに周囲はどんどん暗くなり、赤城山の森の中にひっそりと佇む一軒宿、梨木館にタクシーが到着した時にはすっかり景色が夜の闇に包まれていました。
…宿の玄関を入ると、女将さんが出迎えてくれて、僕たちは二階の客部屋に案内されました。
やれやれと、和室の座椅子に腰を降ろして寛ぐと、何だか今日一日の疲れがどっと出て来て3人ともちょっとボーッとしました。
…部屋の座卓の隅に茶筒と急須と湯呑みと一口茶菓子が盆に入って置いてあったので、僕は3人分のお茶を淹れて配りました。
部屋のテレビをつけて茶菓子を食べながらみんなでへよ~んとダレていたら、
「失礼いたします~!」
と声がして、部屋の扉が開いて仲居さんが顔を見せました。
「間もなく御夕食の仕度が出来ますので、お部屋にご用意させて頂きますね!…どうぞこのままお寛ぎなさってお待ち下さい」
…その言葉を聞いたら、僕たちは何だか急にどっとお腹が減って来ました。
やがて卓上には上州和牛のステーキやら鍋料理やらが並び、思った以上のご馳走夕食に僕とユージは大喜びでガツガツと無心で食べまくり、サダジは料理を肴に熱燗の地酒を幸せそうに呑んで更に幸せそうになっていました。
…食事を終えてお腹がいっぱいになり、宿の浴衣に着替えると、僕はちょっとぐったりして薄ら眠たくなって来ました。
…って訳でしばらく座椅子にもたれてドヨンとしていたら、再び仲居さんがやって来て、卓上の食器や椀やらを片付けて、続きの隣部屋に布団を敷いてくれました。
それを見て、僕はユージに、
「さて、せっかくの温泉だから風呂に行くぞ… ! 」
と言いました。
2人でタオルを持って旅館の廊下を歩いて行くと、左側に「婦人風呂」と表示された引き戸がまずあり、さらにその先の廊下突き当たり手前左側に、「大浴場」と表示された引き戸があったので、僕たちはそこを開けて中に入りました。
脱衣部屋で浴衣を脱いで裸になり、浴室の引き戸を開けると、壁に沿って洗い場のカランが並んでいて、その対面に大きな浴槽が湯気にけむって広がっていました。
浴槽の向こう側はガラス窓でしたが、おそらく赤城の森となっている景色は夜の闇に消されていました。
ラッキーなことに他に入浴客の姿は無く、僕たちは軽くかぶり湯をして、
「イェーイ !! 」
と叫んで飛び込むように浴槽に浸かりました。
…少しして、洗い場で身体を洗ってから再度湯舟に浸かって本格的に寛ぎ、へよ~んとしていたら、脱衣部屋から女性の声が聞こえて来ました。
「…えっ !? 」
と思っていると浴室の引き戸が開いて、女性客が2人入って来たのです。
1人は70代くらいのお婆ちゃん、もう1人は40歳くらいのオバサンです。
「お義母さん、どうしましょう !? …男の人がいらっしゃいますけど…」
「婦人風呂は狭いんだもの!…わたしゃこっちの大浴場が良いねぇ、寒いから早く入ろうよ !! 」
…2人の会話から察するに、どうやら嫁と姑といった関係の様子、婆さんがさっさと先に浴槽に浸かってしまったので、オバサンの方もしぶしぶ胸や大事な所をタオルで隠してお湯に入りました。
…そういえば確かに「大浴場」には男湯女湯の表示は全く無かったことに僕は気が付きました。…要するに何とここは混浴だったのです。
…しかし婆さんは間もなく、
「…あ~、ここのお湯は熱いねぇ」
と言って湯舟から上がり、何の羞恥心も無く洗い場でサクサクと身体を洗うと、風呂桶に浴槽からお湯をすくって肩からさっと浴び、
「…わたしゃもう温まったから上がるよ !! 」
とオバサンに告げて脱衣場へと出て行ってしまいました。
「………… !! 」
浴槽に残されたオバサンは、困惑の表情を浮かべると、横目でチラチラと僕たちの方に視線を送って来ました。
(…こっちより先にお湯から上がると身体を見られると思って我慢してるな!…)
僕はオバサンの気持ちをハッキリ理解した上で、ユージに目配せしてキッチリと3人で我慢比べをする事にしました。
…やがて湯舟の3人の額から汗が流れ落ち、顔は上気して真っ赤になりながらも耐え忍びましたが、結果は僕たち兄弟がオバサンに根負けして先にお湯から上がることになりました。
…2人でフラフラになりながら脱衣部屋の椅子に腰を降ろし、すこし涼んだ後に浴衣を着ていたら、廊下から引き戸を開けて50歳くらいのオジサン客が1人、鼻歌を口ずさみながら入って来ました。
僕たちを見ると、オジサンは少しお酒が入っているのか赤らんだ顔に機嫌良さそうな声で、
「こんばんは~!お風呂どう?空いてる?」
と訊いて来たので、
「今、女の人が1人で入ってます」
と言うと、
「えっ !? ホント?」
オジサンの顔が急にパッと輝き、素早くスパスパッと浴衣もパンツも脱いで、浴室の引き戸を開け、
「失礼しま~す!」
中へ明るく声をかけました。
…しかしその直後、
「あれっ !? …何だお前か…」
ガックリとトーンを落としてオジサンはうなだれたのです。
…どうやら2人はご夫婦のようでした。
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