第2話 赤城駅~梨木温泉

 …業平橋駅 (※現在はとうきょうスカイツリー駅)を通過して、東武鉄道操車場(※現在 スカイツリー&ソラマチの場所)の脇を過ぎると低層住宅が多くなって、いかにも東京下町といった街並みの中を走り、北千住から荒川鉄橋を渡ると、りょうもう号は速度を上げて都内から埼玉県へと抜けて行きます。

 …僕たちは流れ去る街の家並みを車窓に見ながら座席で弁当を開いて寛ぎました。

 ビジネス急行のりょうもう号には車内販売のサービスはありませんが、乗降口デッキの脇には飲料水の自販機が設置されていたので、僕は途中で缶コーヒーを買いに行きました。


 春日部駅を通過すると住宅が途切れて、枯れた田畑が広がる冬の関東平野の景色が広がって来ました。


 …のっぺりと広がる埼玉県の田園風景の中を列車は淡々と走ります。

 このエリアは春から秋までは水田の続く水郷地帯ですが、土地の乾いた冬は群馬の山岳地帯から吹いてくる強い北西の風に煽られるため、田園の中に点在する農家などは、家屋の周り(特に北西側)に常緑樹を植えて囲んでいる(屋敷守と言います)関東平野ならではの風景がするすると車窓を流れて行きました。


 加須、羽生と通過して、坂東太郎と呼ばれる大河の利根川鉄橋を渡り、列車はいよいよ群馬県に入って来ました。

 …間もなくして、ツツジとうどんと分福茶釜の茂林寺の街、館林に停車…そこから先は北関東の山々が車窓に現れて来て、足利市、太田と街ごとに律儀に停車して行きます。

 …太田市は富士重工 (スバル自動車) のメイン工場がある、まさにスバル自動車の街ですが、実は富士重工の前身は中島飛行機製作所という飛行機メーカーで、サダジが戦時中に学徒動員で戦闘機を作らされた辛い記憶の残る街なのです。(辛い記憶とは、米軍の爆撃を受けて同僚が何人も戦死した思い出が残っていることです)

 …列車が停車する度に乗客が降りて行って、太田を発車した時にはりょうもう号の座席は半分以上空いて、何だかガランとして来ました。


 低い山の懷…里山の中ののどかな温泉地、藪塚を過ぎると間もなく新桐生に停車。

 桐生の叔父さんを訪ねるときはここが下車駅となるのですが、今日は降りずにこの列車の終点まで行くことになりました。…鉄道旅行大好きな僕にとってはこうした優等列車 (運賃以外に料金のかかる急行、特急列車) で始発駅から終点駅まで完乗するのは嬉しいことです。

 …田園と住宅の向こうに山々が迫って来て、列車が速度を落とし、浅草からおおよそ1時間50分ほどでりょうもう号は終点の赤城駅に到着しました。

(※注 りょうもう号は現在特急に格上げされ、車両も200系に置換となっています)


 平屋の小さな駅の改札を出て外を見ると、通りに沿って商店が並ぶ典型的な田舎街の景色が広がっていました。

 駅の名前は「赤城」ですがここの実際の町名は「大間々町」というところで、実は東武の駅から約1キロ離れた場所には国鉄足尾線の「大間々駅」があります。赤城山の麓に位置する大間々町(※現在はみどり市)には東武鉄道、上毛電鉄、国鉄足尾線(※現在はわたらせ渓谷鐵道)と鉄道会社3路線が走っているのです。


「さて、これからどうする?」

 赤城下ろしの冷たい風に震えながら僕がサダジに訊くと、

「ナシギに行くかな!…確か温泉宿が一軒あるはずだ…!」

 と答えましたが、正月に予約も無しに行き当たりばったりで部屋の空き状況も分からずに向かって大丈夫なのか?…と言うと、サダジは駅前に佇む公衆電話ボックスを指差しました。

「じゃあ、あそこから宿に電話してみろ!…梨木温泉だ」

 …仕方なく僕は指示通りに電話ボックスに入り、電話器下の棚にあった電話帳を開くと、確かに「梨木館」という温泉旅館が載っていたので、10円玉を何枚か入れてそこへ電話してみました。

「すみません、今赤城駅から電話してるんですが、本日これから行って宿泊できますか?…3人なんですが!」

 僕がそう言うと、

「大丈夫ですよ、まだあと2部屋空きがあります!」

 という返事です。僕は外のサダジに指でOKサインを示して頷いて見せました。


 …駅前に停まっていたタクシーに乗って僕たちは梨木館に向かいました。

「…梨木だと、普段は国道122号で行くんだけどね、正月だから貴船神社詣での車で渋滞するのよ!だから今日は別ルートで行って良い?…ちょっとだけ遠回りなんだけど」

 運転手が申し訳なさそうに言うのを、サダジはお任せすると応え、車は街を離れてだんだんと登り坂の道へとさしかかります。

 赤城山山腹の森の中に入ると、さらに急坂道となり、

「…この辺はもう、熊が出るところだから歩きだと危ないんだよね」

 運転手はことも無く言って、ハンドルをぐるぐる回しながらさらに森の奥へと僕たちは進んで行きました。




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