12
「ねえ、祈。僕と君は、以前にどこか出会ったことないかな?」
森の中を歩きながら、叶は言った。
「まだそんなこと言っているの? 会ったことないよ。叶くんと私が出会ったのは、ついさっきの森の中で会ったことが初めてだよ」
後ろを見て、祈は言った。
二人の進んでいる森の中の道なき道は、だんだんとその上方向への傾斜を増していき、今、二人は四つん這いになるような格好で、木の幹や丈夫そうな緑色の草に掴まったりしながら、焦げ茶色の地面の上を、無理やり、よじ登るようにして進んでいた。
はじめは気がつかなかったのだけど、森の木々はどこか湿気のようなものを多く含んでいるようだった。つい最近、雨が降ったのかもしれない。
そういえば、森の木々からは、雨の匂いがした。
気持ちのいい夏の風が運んでくる、木の香りと土の匂いと、雨の匂い。
(そう、今、季節は夏だった。そんなことをその匂いを嗅いで、村田叶は思い出した)
その匂いは、祈の長くて美しい黒髪から漂っていた匂いと同じ匂いだった。
雨の降ったあとの、雨上がりの森の香りのする女の子。
そんな女の子は、今、叶の少し前の場所を、まるで野生の小猿のように、機敏な動きで、森の木々や草をかき分けるようにして、斜めになった地面の上を軽快な動きで進み続けていた。
「まだ気にしてたんだ。そんなこと」
と祈は木の幹に手をかけながら、叶に言った。
地面の傾斜はさらにきつくなって、そろそろ急な上り坂と言うよりは緩やかな崖とでも言ったほうがいいくらいに、地面の向きは険しく、厳しくなった。(叶はそろそろ限界に近かった。もともと体力があるほうではないけれど、それだけではなくて、どうやら思った以上に、気を失っている間に、体力を消耗していたようだった)
「本当に僕と君は会ったことがない?」
「ないよ。本当にない」
祈は言う。
「本当に?」
「本当だよ。本当にない」祈は言う。
それから祈は「よいしょっと」と言って、地面から斜めに生えている、大きな木の枝の上に腰を下ろすようにして、座った。
それからその手を後ろから登ってきた叶に差し出して、「ここでちょっとだけ休憩しよう」と叶に言った。
「わかった。そうする」と叶は言った。
叶はにっこりと笑って、まだ余裕がある、と言ったような表情をしたけど、実際には、もう手が木をしっかりと掴むことも難しくなっていた。
叶が祈の差し出してくれた手を掴むと、叶の手はふるふると小さく震えていた。
「叶くん。手、震えてるよ」
にっこりと笑って祈は言った。
「高いところが苦手なんだ。ただそれだけだよ」と一度、自分のいるところから、下の地面を見てから、叶は言った。
二人のいる場所は、いつの間にか、最初にいた地面から、だいぶ高い位置に変わっていた。(本当に高いところが苦手な人なら、たぶん、この場所にくることはできないくらいの高さはあった)
「強がっちゃって。疲れたなら疲れたって正直に言えばいいのに」にっこりと笑って、祈は言う。
そんな祈の手からは、新鮮な土の香りがした。
祈の座っている大きな木の枝の横に座った叶がはぁはぁと荒い息を整えながら、自分の泥だらけの手のひらの匂いを嗅いでみると、そんな祈と同じ、新鮮な土の香りが漂っていた。
……悪くない。いい香りだ。
にっこりと笑って、そんなことを全身、泥だらけで、汗だくの叶は思った。
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