「あ、叶くんが笑った」

 と驚いた顔をして祈は言った。

「ずっと無表情のままで、全然笑わないから、叶くんのこと、ああ、この人は『笑わない人』なんだって、私、勝手に思ってた」

「……え?」叶は言う。

 ……笑っていない? そんなことはない。僕は笑うことが大好きだったはずだ。僕はずっと一日中、楽しくて、幸せで、ずっと笑っているような子供だったはずだった。……でも、確かにさっきからずっと、僕は笑っていなかったような気がする。どこかで少しだけ笑ったような気もするけど、確かに思い返してみると、僕は森の中で目覚めてから、ずっと無表情のままだった。

 ……こうして祈に出会うまでは。

「まあ、笑った理由については、この際、今回だけは大目に見てあげよう。なんだかちょっとだけだけど、本当に私のおかげで、叶くんは元気になったみたいだからね。それに叶くんが笑ってくれると、なんだか私も嬉しいしさ」と本当に嬉しそうな顔をして祈は言った。(でも、そう言いながらも、祈は握手をしている手の力をぎゅっと思いっきり強めていたのだけど……。どうやらぼんやりしている祈を見て叶が笑ったのだと、祈自身はそう勘違いをしているみたいだった)

「……なるほど。村田叶くんか。君は弱虫くんでも、ぼんやりくんでもなくて、村田叶くんっていう名前なんだ。村田叶くん。……うん。本当にいい名前だね。本当に叶くんにぴったりの名前だと思う」

 思いっきり叶の手を握ったあとで、満足がいったのか、あるいは気が済んだのか、いつもの調子に戻った祈は、笑顔でもう一度、そう言って、叶の名前を褒めてくれた。

「ありがとう。鈴木さん」と叶は言う。

「それ。さっきからずっと気になってた。鈴木さんじゃなくて、祈。祈でいいよ。私も叶くんのこと、もう叶くんって名前で呼んでいるんだからさ。私も鈴木さんじゃなくて、祈。ね? そのほうがお互いに遠慮しなくていいでしょ? 私たち、年齢も同じくらいみたいだしさ」

 祈にそう言われて、叶は少し困ってしまった。

 叶は誰かのことを名前で呼ぶことにあまり慣れていなかったのだ。

「……祈さん」照れながら、叶は言う。

「祈。さんはいらないよ」と不満そうな顔をして祈は言う。

「……祈」叶は言う

 すると祈は嬉しそうな顔をして、「うん! それでいいよ。叶くん!」とにっこりと笑って、そう言った。

 二人はそんな会話をしながら、ずっと手を繋いだままだった。

 なんとなくだけど、二人とも、……このままお互いの繋いでいる手をすぐに離すことができないでいた。

 それから少しして、二人は握手をしていた手を離した。

 ……それは、どちらから手を離したのだろうか? よくわからない。叶からだったような気もするし、祈からだったような気もする。でも、とりあえず二人はお互いの手を離した。そして、自分と祈の手が離れてしまったことを、叶はなんだかすごく悲しいことだと思った。

「どうかしたの?」そんな気持ちが顔に出ていたのかもしれない。優しい顔で祈が言った。

「……ううん。なんでもない」にっこりと笑って、叶は言った。

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