第21話 意外な助っ人

 城から脱出する数時間前。


 もっしゃもっしゃと、ギジーはニンジンを頬張っていた。


 ケデウム州は平民と貴族の区別が厳格なので、城に着いてもツバキとは別室に通されるだろうことは予想していたのだが、数日軟禁された挙句、なぜか地下牢に入れられてしまった。

 武器も取り上げられ、綿伝もいつの間にか消えている。


 ジメジメして暗い牢の中で二晩明かしたが、その間まったく見回りもなく、粗末ながらもあるはずの食事も来ない。


 『これあれかな、存在忘れられてるかな』と思い、ツバキの様子を能力で見てみると、赤い煙に遮られてしまった。


 慌ててトキツが隠し持っていた道具で牢から脱出し、身を潜めながら探し回っていると、ケデウムの兵士が味方を次々殺し始めた。


 反乱かと思いきや、ウイディラ人らしき兵士たちも現れ、どうやら城はトキツたちが来る前から敵の手に渡っていたのだと知る。

 しかもあろうことか州長官であるフレデリックも加担しているらしい。


 いよいよやばいと思い城から逃げようと試みるが、既に出入り口はすべて塞がれており、城の周りに結界を張ったのか、外の様子を能力で見ることもかなわなかった。


『これはあれだな。飛んで火にいるってやつだな。間抜けだなぁおいらたち』と呟けば、トキツもがっくり肩を落として凹んでしまった。


 仕方なく、食料をこっそり調達し、地下牢に帰ってニンジンをもっしゃもっしゃしている。


 牢には相変わらず見張りがいない。

 出ていたことにも気づかれていない。

 城の中は臨戦態勢で、幸か不幸か牢までは気が回らないらしい。


『おいトキツ、どうしよう。逃げたくても逃げられないし、このままここにいても危険だぜ』


 ギシーは最後の一口を飲み込むと、トキツの肩をちょいちょい突付く。


 しかしトキツは無反応。

 両膝を抱えていじけている。

 よくよく耳をすませてみると、「護衛失格だ」とか「陛下に殺される」とかを繰り返していた。

 牢に入れられた直後はギシーの方がめそめそしていたというのに、今は完全に逆だ。


『もうやっちまったんだから仕方ないだろぅ。元気だせよなぁ。ほら、バナナやるから』


 ギジーは心労で真っ青になっているトキツの頬を、バナナの先端でぶすっと突いた。

 しかしそれにもトキツは無反応。

 ギジーはわざとらしいほど長いため息をつく。


『牢の中もジメジメしてるのに、トキツまでジメジメするなよぅ』


 いい加減うんざりしてきたギジーは、能力で綿伝のキュリを探し始めた。


 前回キュリは暗い場所にいたが、今は違った。

 薄暗いが石壁の色は見たことがある。

 まさに今、自分たちがいる牢と同じ色。


『お? まさか、近くにいるのか!?』


 開けっ放しにしていた牢から出て左へ歩くと、廊下についていた光が、長い影を生み出した。

 T字路の左手から現れた丸い影は、ピョン、ピョン、と跳ねながら近づいてくる。


 しかし曲がり角にいるギジーの気配を感じたのか、ピタリと止まった。


『キュリか?』


 ギジーがそう言うと、影はピョコンと大きく跳ねて、喜び勇んで突進してきた。

 キューキュキューと鳴いて、ギジーの手の上で踊る。


「キュリがいたって!?」


 ようやく正気に戻ったトキツが牢から出てきた。

 勢いよくギジーから白い綿の魔物を奪い取る。


「ツバキちゃんはどこにいる!?」


 切羽詰まった顔で迫られたキュリは驚いてトキツの手からするりと抜け出し、ギジーの頭に飛び移った。

 それでもトキツは目を細めてキュリに顔を近づける。


「サクラちゃんに声届くか?」


 キュリが悲しそうに体を縮めると、一度がっくり肩を落としてから、いきなり自分の頬を両手でパシッと叩く。


「よし、何が何でもここから出なきゃな」

『おー! やっと復活したぜぃ』


 ギジーが長い手を頭上で大きくパンパン叩く。


 その音は地下牢の遠くまで反響した。


 すると。


 ドンドンドンッと壁を叩く音と、喚き声が聞こえた。


 びっくりしてトキツの顔に飛びつくギジー。


『だっ。誰か他にもいたのか!?』


 能力で音がした方へ視界を広げる。


 そこにはケデウムの兵士がいた。

 一瞬見張りかと思ったが、様子がおかしい。


 牢の中にいる。

 やつれている。

 今のギジーたち以上に。


 ギジーの能力は自分を中心にある程度まで視界を広げることはできるが、音は聞こえない。

 だが出してくれと訴えているのは猿でもわかる。

 ギジーはトキツと顔を見合わせてから、牢へ近づいていった。




 ニ十人は入れそうなほど広い牢の中に、四人の男たちと四頭の魔物がいた。

 二人は兵士、一人は長い黒衣を着ているので文官だと思われる。服は汚れているが元は上質のものなので、貴族だろう。

 残りの一人は奥にいるが、三人が邪魔でよく見えない。


 兵士と文官の三人はトキツたちに気づくなり開口一番、


「裏切り者め!」


 と罵ってきた。


「誇り高きバルカタル人のくせに国を売るとは何事だ!」


 とやつれた顔で怒鳴られる。

 怒鳴ると言っても、気力がないのか必死に絞り出している様子。


 トキツが自分たちも捕まった側だと説明すると、謝りもせず今度は「俺たちも出せ」と言い始めた。

 あまりに横柄なので『出すのやめようぜぃ』とギジーがトキツの袖を引っ張る。


 こっそり脱出するには人数が少ない方がいいのだが、このまま放っておくわけにもいかない。

 さてどうしたものかと悩んでいたとき、奥から爽やかなのにどことなく色気のある男性の声がした。


「喧嘩は美しくないよ。誰が来たんだい?」


 声がした方へ視線を移すと、金髪で左目の下に泣きぼくろがある男性が椅子に座っていた。

 やつれていて影は薄いが、こんな汚い牢の中でも気品は失われていない。


 ケデウム州長官、フレデリック=カイト。

 ツバキの二番目の兄だった。

 

「なっ。なんであんたがここに!?」


 トキツが叫ぶと貴族たちが再び喚き始めたが、フレデリックが立ち上がるとピタリと止む。


「君たちはどうして捕まっていたのかな?」

「いや、俺たちはあんた……じゃなかった。あなたの命令でここに入っていたんですが」

「僕はそんなことをした覚えはないよ」

「俺たちの目の前で言ったでしょう」

「僕は言っていないね」

『ボケてんのかこいつ』 


 ギジーがあまりにズバッと言ったのでトキツは慌てて口を塞いだ。


「す、すんません」


 さすがにまずいので謝ったが、フレデリックは特に気にせず髪をさらりとかきあげる。


「僕らは長いこと捕まっていてね。外で何があったか知っているかい?」

「俺たちは、州長官のあなたが国を裏切ってウイディラと共謀したんだと思っていたんですが」


 そう答えると、フレデリックの周りにいた兵士たちに「この方がそんなことをするわけないだろうバカめ」「恥を知れ」「無精ひげが汚い」と罵倒された。


 フレデリックが綺麗な顎を撫でる。

 どうでもいいことだが、長い間捕まっていたというわりに、彼らの顔には髭が一本もない。血走った目をしたアライグマがトキツのヒゲを睨んで手を擦り合わせているので十中八九彼の仕業だ。


「僕の偽物がいるようだね」

「偽物?」

「君はどうやって牢から出たんだい? 城の牢は攻撃魔法が効かないようにできているはずだが」

「ああ、それは」


 トキツは得意げに細長い道具で牢の鍵を開ける。


「魔法じゃなくても開ける方法はありますよ」

「ああ、やっと出られる」


 ドヤ顔を無視された。


 それだけでなく、フレデリックたちは牢を出るとすぐさま走り始めた。

 彼らの目的地が一階だと気づき、トキツは慌ててついていく。

 

「待ってください。上は敵だらけです。どうするつもりですか」

「まだいたのか」

「は!?」

「ああ、君も出たいのだね。抜け道を案内しよう」

「いやいやいや。そうだけど、そうじゃなくて」


 まったく話を聞かないまま、フレデリックたちは階段を駆け上がっていく。

 トキツが能力で確認すると、扉の向こうには大勢の兵士の姿が見えた。ウイディラ兵だけでなく、ケデウムの兵士もいる。


「あの。銃を持ってるやつらもいますんで」


 このまま扉を開けたら秒で殺されてしまう。

 トキツはフレデリックと扉の間に割って入った。


「俺が敵を引きつけるんで、その間に逃げてください」

「愚かな」


 せっかく気遣ったというのに、フレデリックに哀れみの眼を向けられる。


「平民が出る幕などない」

「なっ」


 流石にトキツも腹がたった。

 しかし抗議するより先に、フレデリックがどけと示すように手を振る。


「皇族が平民に守られるなどあってはならない」


 爽やかに微笑した刹那、地下の淀んだ空気がさあっと流れた。

 気品溢れる姿にトキツは言葉が出なくなる。

 性格はあれでも皇族は皇族なのだなと不敬にも感心した。


 とはいえ状況は変わらない。

 一体どうするつもりなのかと傍観していると、フレデリックはパチンッと指を鳴らした。


 それを合図に、頭上に突然白いつぐみが現れる。

 頭は白く、羽は茶色い斑模様の鳥。

 再度指を鳴らすと鶫が4頭に増えた。

 黄色い嘴を開き、いきなり歌い始める。

 ラン・ララ・ラ〜ララ・ラン・ララ・ラ~ララと三頭が合唱し、一頭は低めの音でリズムをとっている。

 ド平民のトキツには高尚な音楽の知識は皆無だが、有名な古典音楽の一つに似ていた。


 兵士の一人が扉を開けた瞬間フレデリックが動き、敵を目の前にして歌い出す。


「哀れな子らよ 穢れを落とし すべて委ねよ 我が胸に」


 その美声に聴き惚れた敵兵たちが皆、武器を落とした。

 歌いながら優雅に踊るフレデリックと白鶫たちの後ろをフラフラと着いていく。


「…………は?」


 トキツとギジーは開いた口が塞がらなかった。


「な、何が起こったんだ?」

「フレデリック様は声で他者を操ることができる」


 得意げな文官に手招きされる。彼はフレデリックの側近らしい。


「今のうちに逃げるぞ」

「えっ。いや、流石にこの人数をあの三人では無理があるでしょう」

「痴れ者め。我が主を愚弄する気か。あの方なら一滴も血を流すことなく城を取り返せる」

「声で全員操れるんですか?」

「いや、全員は無理だな。主の声を聞き慣れている人には効かないし、音楽を少しも理解できない野蛮な奴には届かない」


 私は前者だがお前は後者だろうと言いたそうな顔で解説される。

 いちいち癇に障る奴だが、仕方ないのでトキツはついていくことにした。


 つきあたりを右へ曲がり、途中あった部屋に入る。

 奥の壁に掛けられていた蓮の絵画を横にずらすと、近くにあった本棚の一部が回転し、人が通れるほどの隙間が開いた。

 隠し扉を目の当たりにしたギジーの目が『ふおおおお』と輝く。


「ここを道なりにまっすぐ行くと城の外へ出られる」


 側近は、通路に設置してあった角灯に明かりをつけてトキツへ渡した。


「あなたは行かないんですか」

「フレデリック様の喉を潤すハーブティーを用意しなければ」

「随分呑気ですね」

「我が主はいつ何時も優雅さを失わない方なんだよ。争いを好まず、皇族としての誇りを穢すようなことはしない。裏切り者のケデウム兵たちを殺すこともなさらないだろう」

「はあ」

「そんなフレデリック様が国を裏切るなど絶対にありえない。わかったか平民」

「そうですか」


 トキツはつい、笑いそうになった。

 似たようなことをツバキが言っていたことを思い出したのだ。

 苦手でも兄妹なんだなと思いながら、トキツは外へ続く道を走り出した。




 


「…………ということがあったんだ」

 

 トキツはロウと肩を並べて城の屋上にいた。

 風になびくバルカタルとケデウムの軍旗を、ぼんやり眺めている。


 城内の敵を一網打尽にするまでに時間はかからなかった。

 トキツがウイディラの銃を撃ちまくって赤い石の結界を破ったので、魔法が使えるようになったこともあるが、城内の敵の数が少なかった。フレデリックが敵のほとんどを講堂に集めていたのだ。


 ただ集めただけではない。

 男同士ペアとなって踊っていた。

 いや、白鶫の歌声に合わせて踊らされていた。

 見つけたときは、頭の切り替えがすぐにできず混乱した。長時間踊らされた挙げ句「美しくない」と酷評された彼等に同情してしまったほど。


 トキツは思い出してげんなりした頭を切り替えるようにブルブルと振った。


「ロウも大変だったみたいだな」

「まあな。それより、ツバキの居場所はわかったのか」


 ロウに横目で見られたトキツは肩をすくめる。


「何度能力を使っても、赤い煙に遮られる」

「カオウは」

「あいつはどこかへ消えた」


 トキツは目を伏せた。

 彼の心境を考えると、あまり能力で探さない方がいい気がしている。


 あの時カオウを止めず、むしろツバキを連れて行くように勧めた方が良かったのかとも思う。


 ロウならどうしただろうかと隣を見た。

 彼は遠くの空をじっと見つめていた。しかも、珍しく驚愕した眼で。


「どうした?」

「あれ、見えるか」

「あれ?」


 ロウの視線の先を追い、トキツも目を見開く。


 雲の下を、皇帝の軍であることを示す龍の軍旗を掲げた集団が近づいてきていた。

 早くも皇帝が動いたということだが、二人が驚いたのはそれではない。

 皇帝軍の後ろに巨大な魔物がいたからだ。

 つき従うようにゆったりと泳いでいる。

 軍旗に描かれているそれとは違い、髭も、角もない。

 だが姿形はまさしく。


「金色の……龍」 


 あまりの迫力に、トキツは腰を抜かした。

 固唾を飲む。


 周囲も気づいたが、完全に空気が止まったかのように、誰も動かない。


 動けなくなっていた。


 龍の金色の瞳がギロッとこちらを見下ろした瞬間、全身がビリビリと痺れた。


<あ、あれ。……カオウ、だよな>


 ギシーの思念に応える余裕もない。

 金色の長い胴体が上空を通り過ぎる間、トキツはただ恐ろしさに耐えることしかできなかった。




 ──この日、龍がバルカタル上空に現れ、皇帝軍とともにダブロン山脈へ消えたという話は国内のみならず周辺諸国まで瞬く間に広まった。


 それが何を意味するのか。

 これから何が起こるのか。


 人々の心に疑惑と恐怖の火種を植え付けることになる。

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