第18話 プライド
上官の司令でケデウムへ向かうことになったロウは、警察部隊を引き連れて大鷹で飛行していた。
今にも雨が降り出しそうな分厚い雲が空を覆い、突き刺すような寒風が絶えず吹いている。
前に座っていたコハクはロウが纏うローブから顔を出すや否や、寒さでブルっと身を震わせた。
『いつ着く?』
「あと一時間はかかるな」
『それまでもつかな』
ロウたちの任務はケデウム州城周辺の市民をウイディラ兵から守ることだった。
モルビシィア(貴族の街)なのでロウが率いる平民の警察官は入れないのだが、国軍はケデウム内の各要所を奪還すべく分散しているため、緊急措置として認められていた。
偵察鳥の魔物たちによると、逃げ遅れた住民は一箇所に集められているという。
抵抗すれば容赦なく殺され、また、女性は酷い扱いを受けることもあるらしい。前の州長官が戦に備えて作った地下の避難所に隠れている人もいるようだ。
占拠されてからすでに二日。早急に救出しなければならない。
大鷹を急がせるため軽く蹴ろうとしたとき、後方から獣の咆哮が聞こえた。
直後、赤虎の魔物に乗った男が隣につく。赤虎は軍が所有する魔物だ。飛翔でき、大鷹よりも速い。
「おや〜? 警察部隊は先に出たはずなのにまだこんなところにいるのか。随分悠長だなあ」
ニヤニヤして嫌味を言った男は国軍の知り合いだった。階級は大佐。確か旅団長だった気がしたが、と曖昧な記憶を呼び起こす。
「隊を離れていいのか」
「警察部隊の姿が見えたので注意しに来たんだよ。もうすぐうちが通るんでね。邪魔だからもっと下を飛んでくれ」
「断る」
「はあ!? こっちは州城奪還にいくんだ。優先度が違うんだよ」
「市民の救出も重要だ。俺たちの下を飛ぶんだな」
「貴様ら平民が避けるのが当然だろう!」
「わざわざそれを言いに来たのか。お前は旅団長じゃなく使いっ走りだったんだな」
「なんだとっ!」
激憤した大佐はフンッと鼻を鳴らした。
「進軍の邪魔をするなら蹴散らすだけだ。どうなっても文句は言うなよ」
大佐は旋回し自分の隊へ帰っていく。
すると後ろにいた部下二号が横に来た。黒縁メガネの真ん中を中指で上げる。
「いいのかよロウ? 確かアイツの赤虎って火属性だろ。本気で俺たちを攻撃してくるかも」
ロウは部下二号を一瞥した。
本当は道など譲ってもいいのだが、相手が何かと張り合ってきて面倒な上に、前髪をいつも一束だけ額の真ん中から垂れ下げている男なので虫が好かないだけだ。
後から来たやつが避けるのが当然だと思うが、状況からすればこちらが譲るのが道理かとも思う。
黙考していると、コハクがローブから顔を出した。
『俺が駆逐してやろうか』
「城を取り返すやつがいなくなる」
『それも俺がやる。敵を皆殺しすりゃいいんだろ? 俺たちの任務より楽しそう』
「やりすぎるとまた倒れるぞ」
コハクは瞬発力はあるが持久力はない。調子に乗って暴れすぎ、魔力が枯渇寸前になることがあった。
「魔力は温存しておけ」
貴族を駆逐発言や皆殺しを楽しそうと言ったことについては特にツッコまないまま、ロウは部下二号に指揮を任せて隊列から離れ、振り返った。
「!!」
予想以上に軍は近くにいた。
千は軽く超える虎、犬狼、獅子が武装した軍人を乗せて迫ってくる。
あと一分と経たず追いつかれるだろう。
隊列を乱さずあの大軍の進行方向を変えるのは容易ではない。
ロウは笛で複雑な音を鳴らした。
大鷹たちが即座に下降し、ややあって大軍がその上を通っていく。
途中で前髪を一束だけ風になびかせながらフフンと笑う大佐と目が合った。
『なんで譲るんだよ!』
憤ったコハクが吠える。
『さっきの男と赤虎のドヤ顔見たか!?腹立つ!』
余程悔しかったのか、コハクはちょうど頭上を通っていた青虎部隊へ氷の塊を放った。
しかしロウが投げた氷に当たり、砕け散る。
『邪魔するな』
「戦力を減らすな」
『気が収まらない。オレも城へ行く』
「俺たちの任務は住民の救出だ」
『そんなのつまらないだろ!』
「コハク。いい加減にしろ」
怒気を滲ませた声で諫めると、コハクは鋭い牙をむき出しにしてロウを威嚇した。
「コハク」
もう一度名を呼ぶと、コハクは低く唸った後ローブの中へ隠れた。
大人しくはなったが明らかに納得してはいない。
変に焚きつけてしまったなとロウはため息をついた。
しばらくして州城の上部が見えてきた。
ロウの位置からは見えないが、城は広大な庭園の中央に建てられており、敷地の周囲を囲う高い塀は貴族の屋敷が並ぶ区画との差を明確にしている。
古来からの優れた建築技法が残る直線的な城の外観も、選ばれた者しか入ることを許さないような厳しさを感じさせた。
先に進んでいた国軍は分散し、地に降り立ち正面から入ろうとする部隊の他、空から入ろうとする部隊もいる。
建物を覆うように張られた結界により攻撃魔法は効かないが、それは想定内だ。
通常の結界なら何度も同じ箇所を狙えば部分的に壊すことは可能で、軍もそれを狙い、火や水の魔法で集中攻撃している。
しかし、結界に当たれば光るなり衝撃波がでるなり何かしらの反応があるはずが、一切変化はなかった。
どういうことかと目を凝らしていると、左後方にいた女性、部下三号が前に出る。
「まるで吸収されてるみたいですねえ」
「吸収?」
「はひ!」
怖い署長に聞き返されて怯えた部下三号は思いっきり舌を噛んだ。
ロウは涙目で口を押さえる部下三号から城へ視線を戻す。
確かに魔法で出した炎は結界に吸い込まれているように見えた。無効化の赤い石の力が働いているのかもしれない。
「よく気づいたな」
「あいあほうほふぁいまふ」
「あ?」
何と言ったかわからず眉間にシワを寄せると、部下ニ号から「ありがとうございますだってさ」と補足が入る。
ロウは部下三号の褒められて喜んでいるような怯えているようなよくわからない表情を怪訝に見てから、次は城周辺の街を見渡した。
所々瓦礫が落ちた家もあるが、大規模な戦争が行われたわけではないので思ったより荒らされてはいない。
閑散とした街の上空からはちらほら人影が確認できた。
一見ウイディラ兵しかいない。だがよく探すと建物の影に隠れた住民もいた。
この街はモルビシィアなので貴族のはずだが、あたりに授印は見当たらない。
当初の計画通りいくつかの班に分かれ、任務を開始しようとした矢先。
突然、ローブの中からコハクが飛び出す。
「おい!?」
ここはまだ空中。
しかし落ちることなく、コハクは空に浮かべた氷の上へ立ち、振り向いてロウを睨みつけた。
『見損なったぞロウ! オレは誰にも迎合しないお前を気に入ったから授印になったのに。あんなやつの言いなりになるなんて!』
そう言い捨てるとすぐさまロウに背を向け、飛び石のように作り出した氷の上を飛び移りながら地面へ降り、城方面へ走っていってしまった。
部下三号が真っ青になる。
「えっ。あ、ど、ど、どうしましょう!?コハクさん行っちゃいましたよ!」
チッと強く舌打ちするロウ。
コハクは野生ではなく軍用の魔物として飼育されてきた。
だが気性が荒く、軍の誰とも印を結べなかった。無理矢理結ばせても、すぐ魔力を吸いつくして殺そうとし、吸いつくせないときは噛み殺そうとする。
厄介者として拘束具を着けられそうになり、大暴れして多くの人間に瀕死の重傷を負わせ自身も大怪我をして逃げた先で、ロウと出会った。
ロウは当時、爵位をもらったばかりだった。
爵位になど興味はなかったが、自警団を軍の一部として組織化するために仕方なく受け入れた。
だが上下関係の厳しい軍の中で上官と折り合いがつかず、しかも皇帝の勅命で新たに作られた警察組織の中核として、貴族の士官学校卒業者でも少尉から始まるところ、平民だったにも関わらずいきなり大尉となった。
当然誹謗中傷を浴びたが、すべて実力でねじ伏せてきた。
そんな詳細までコハクは知る由もない。
だがコハクはロウをひと目見て印を授けた。
似た者同士だと感じ取ったのかもしれない。
だから今もコハクは国軍を憎んでおり、彼らに道を譲ったロウが許せないのだ。
ロウは街を見下ろす。
ウイディラ兵が住民が隠れている場所へ近づこうとしていた。
苛立ち、また強く舌打ちする。
「あいつは放っておけ。住民の救出が先だ」
「アホ」
間髪入れず部下ニ号が言った。
目を向けると、彼は城を顎で指し示す。
「あれ完全に暴走してるぞ。ロウしか止められないだろ」
「任務が先だ」
「授印の管理も仕事の内だよ」
ロウはギロッと部下ニ号を睨む。
部下ニ号は「
「心配で仕方ないんだろ。こっちは俺たちだけでやるから、コハクがバルカタル兵まで殺す前に捕まえな」
ロウはぐっと顔をしかめる。
部下ニ号の言う通り、今のコハクなら敵味方問わず襲いそうだ。
ぐぐっと眉間のシワを深くして考え、決心する。
「悪いな」
「ロウのフォローなら自警団の頃から慣れっこさ」
軽妙に言った部下ニ号は鳥笛を取り出した。
短く鳴らして隊列を変形させると、他の部下たちに指示を出し、自身は近くにいたウイディラ兵目掛けて急降下していく。
わずかに微笑したロウは大鷹の進行方向を変えた。
部下ニ号がウイディラ兵を捕らえた瞬間を見届けてから、颯爽と城へ向かう。
その直後。
ドオオオン!
と前方から爆発音が響いた。
煙が上がっている。
城の正面、バルカタル兵が突撃中と思われる場所から。
嫌な予感がして大鷹を急がせる。
広大な敷地を囲う塀が見えてきた。
大勢の兵士たちも見えてくる。
その中で、ロウが発見したものは。
血溜まりの中に倒れたコハクの姿だった。
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