第11話 三者三様の胸のうち

 カオウは戸惑っていた。


 シルヴァンを見て沸き立った怒りの矛先も、先程の王族たちの会話の内容も消化しきれていないというのに、あれからなぜか風呂に入れられ綺麗な服にも着替えさせられた。

 不要だと突っぱねたがクダラにも礼をかくなと窘められてしまっては従うしかない。


 身綺麗になった後改めて嫌々挨拶をし、今は秋の庭が眺められる豪華な部屋で食事を囲っている。


 サタール特産の瑞々しい野菜を使ったサラダ、新鮮な刺身、豆をとろとろになるまで煮込んだスープ、ヨルヨルという羊に似た肉をソーセージにして卵で包みとろりとしたチーズソースをかけたもの、最高級のキノコと香草を一緒に炊いたご飯などなどが目の前に並んでおり、水が綺麗なサタール自慢の清酒やワインも飲め、デザートには林檎を丸ごと使ったパイが出てくるという。


(調子狂う)


 カオウはちらりと右斜め前に座るシルヴァンを見た。


 シルヴァンは腹が立つほど綺麗な顔をしていた。造形だけでいえばジェラルドも嫌みなほど整っているのだが、他人の前では爽やかな表情を作っているだけで、どちらかと言うときつい顔だ。


 だがシルヴァンは造りからして優しそうな印象を受ける。


 ツバキはロウに惚れるくらいだから、物語に出てくる王子を体現したかのようなシルヴァンはタイプではないはず、とカオウは思っている。

 しかし所作はどうだろうか。


 シルヴァンは背筋をピンと伸ばし、器用にナイフとフォークを扱い、スープを飲むときも音をたてない。他の二人を見てもそれが当然のようだが、カオウにはそんな当たり前のことも難しかった。


 魔物であるカオウが不器用だとジェラルドから聞いたのか、食べやすいようにある程度小さく切られているにも関わらず、食べ終わった後の皿は明らかに汚い。スープもいつものように皿の縁からすすったためどうしても音が出てしまう。


 かといって、クダラのように獣姿で皿に口を突っ込んで食べるわけにもいかない。


 今まで行儀など気にしたことがなかったが、今日はやたらと目につき、シルヴァンとの違いを知って恥ずかしいと感じた。


 ツバキもどんなに平民のフリをしていても、周りから実は貴族の娘なのだろうと勘づかれてしまうくらいだから、生まれたときから躾けられている王族たちは皆、上品な動作が染みついているのだろう。


 ツバキの隣に立つ男はどちらがふさわしいか。

 そんなことをカオウはぼんやり考えた。


「まさかお前とこうして酒を飲む日がくるとはな」


 カオウの隣に座っていたジェラルドのしんみりした声に顔を上げる。


「別にお前と飲んでも美味くない」

「それもそうだな」


 そっけなく言うとジェラルドはあっさり同意した。


「それより、ツバキのことなんかわかった?」

「いや。本当に捕らえられたのかさえ不明だ」

「そう」


 カオウは酒が入ったコップをコトリと置いた。


 与えられた部屋で待機している間、カオウはジェラルドにこれまでの経緯を話した。

 水の精霊と会いツバキが霊力を得たこと、ロナロの生き残りを助けたこと、副長官と息子を捕まえたこと。


 そして、ツバキの元を去ったこと。


 ジェラルドはリタを助けたくだりまでは口の端をヒクヒクさせながら根掘り葉掘り聞いてきたが、最後はただ静かに「そうか」と呟いただけだった。


 ケデウム州城が落ちたこともそのとき聞いた。カオウはケデウムがどうなろうと知ったことではないが、トキツとギジーが捕まったかもしれないと聞くと、別れ際の行為を思い出し胸がチクリとする。


 ツバキの安否も不明のままだ。

 空間にいた怪しい女の情報も伝えたが、真偽のほどはわからない。


「レインという女は信用できるのか」

「なんか魂胆はありそうだけど、嘘を言っているようには見えなかった。なあ、悠長に飯食ってる場合? 早く国に帰らなくていいわけ?」

「うちには優秀な宰相がいる。それに、ウイディラの情報を得るならここが最も速い」


 首を捻るカオウを置いて、ジェラルドは丁寧に口を拭くと前を向いた。


「シルヴァンは以前、リロイを攻めたのは第二王子と言っていたな」

「はい。今回も第二王子の策略でしょうね。数ヵ所を同時に攻略するなんて簡単ではないので、かなり前から計画していたと考えて間違いないでしょう」

「名はファウロスだったか。どんな人物だ?」

「とてもずる賢い男、と申しましょうか。自分では手を汚さず、人を巧みに操る術を心得ています。魔力は決して高くありませんが、その分面白い武器を使うとか」


 ジェラルドの眉がピクリと動く。


「面白い武器?」

「ええ。魔法を無効化する石の存在はご存知でしたよね。あれはファウロス王子の命令で開発し始めたようです。無効化と反対で魔力を蓄える石も完成し、魔力のない人でも簡単な魔道具なら扱えるようになったらしいですよ」


 そんな石が流通すればどうなるか、ジェラルドは目を伏せて思案した。

 魔力が高いと言われたバルカタルの、殊に貴族の優位性はなくなる。武器に応用すれば平民だけで構成される軍団でも脅威となり、パワーバランスも崩れるだろう。

 さらには、原動力となる石を作るため、魔力の高い人間が狙われる可能性もある。


「それから、これは未確認の情報なのですが」


 ジェラルドは再び耳を傾けた。シルヴァンが口にするならその情報はほぼ確実だ。


「おそらく、ウイディラの国王はすでに崩御されています」

「!!」


 この情報には、それまで傍観していたハトシェプトゥラも顔色を変えた。


「ここ一月ほど、姿を見た者はいません。第三王子が何度会おうとしても、ファウロス王子に頑なに拒否されています。第三王子は我が国への侵攻も失敗したので、強く出られないようです」


 先日、ファウロスがリロイを征服したことで焦った第三王子がサタールの国境沿いまで進軍する事件があった。一触即発だったが、エイラト州の軍旗がサタール側にあがり驚いたウイディラ軍が逃げ帰ったため事なきを得た。

 まさに同盟が締結したその日の出来事であった。


「貴国のおかげで一人も犠牲を出さずにすみました。誠になんとお礼を申し上げていいのか……」

「あの時は時間がなかったからな。援軍が着くまで軍旗を掲げておけばいいという案を出したのはエレノイアだ。本当に軍旗だけ先に貸すとは思わなかったが、よくバレなかったものだ。まったく、うちの妹たちは肝が据わっているというかなんというか」


 げんなりというか哀愁漂うというか、どこか遠い目をするジェラルド。

 「妹?」と小首を傾げつつ、シルヴァンは話を戻す。


「根拠はそれだけではなく、様々な情報から、我々はファウロス王子が国王崩御を隠していると踏んでいます。しかしケデウム州を占拠したとなると、近日中にそれを公表し即位するでしょう」

「第三王子はどう出ると思う?」

「本音はともかく、従わざるを得ないでしょうね。ケデウムの占拠を磐石なものにしたいでしょうし、両者とも今は内争は避けたいはず」


 ジェラルドは頷きながら、サタールの情報量に舌を巻いた。相変わらずどうやって仕入れているのか不明だが、敵には回したくない相手だ。


 と、ここで隣からチクチクジロジロネチネチとした視線を感じ、本題に入る。


「レオという男を知っているか。もしくはゼントラル商会という名を。先ほど話題に上った石を扱っているようなのだが」


 シルヴァンは腕を組み二・三秒考えてから口を開く。


「貴国で指名手配されている男ですよね。その男は少し前までウイディラで手広く商売をしていましたが、国に居づらくなって他国へ逃げたと聞いていました」

「居づらくなった理由は?」

「その男について正式に調査をしたことがないので、あくまで噂程度ですが。かなりあくどい商売をしていたようですよ。敵対する勢力の両方へ同じ武器を与えて共倒れさせたり、気にいらない依頼人には粗悪品を売りつけたり。それから、国王の弟と第一王子を暗殺したのも彼、という噂もあります」

「レオが直接手を下したのか?」

「死因は毒殺なので、毒薬を売っただけという可能性はありますが、城内で彼の姿を目撃した者もいるそうです」

「……暗殺の依頼人は誰だ?」


 ジェラルドの明瞭な美声に、シルヴァンがはっとした。

 先ほどまでの純粋な問いかけではなく、命令を含んだ問いかけ。


「それはまだわかっておりません。ジェラルド様はファウロス王子とお考えですか?」

「さてな。繋がっていても不思議はないと思っただけだ。ウイディラからケデウムへ来たのも、逃げたのではなく、計画の内だったとしたら?」


 シルヴァンの額から冷やりとした汗が流れ出た。


 小国サタールがバルカタルに属国ではなく独立したまま守ってもらうため、差し出したもの。

 それが”情報”だった。


 水の精霊の遺跡への立ち入りを許可し、会う機会を設けるというだけでもそれに値する、と考えているのは両国の中ではジェラルドとサタール王だけだ。

 シルヴァンも実のところ、その価値が本当の意味でわかっていない。精霊の加護は確かに存在し、国に実りを与えているが、遺跡への案内と軍事援助が同等のわけがないと思っていた。


 シルヴァン以外の為政者たちもそう考え、バルカタルの者たちはサタール以上に精霊を軽んじている。そのため遺跡の件は公にできず、ジェラルド以外のバルカタルの者たちに同盟を承認してもらうために、代わりに提示できるのは情報しかなかった。ともすると操作できる不確かな物。


 シルヴァンの父は遺跡だけでも価値があると豪語し、ジェラルドの臣下は情報だけでは小国を守る道理はないと拒む。その両方に挟まれながら、ジェラルドとシルヴァンは各々の目的のため動いてきた。


 ようやくそれが叶い、しかも締結早々ウイディラからの侵攻を防ぐことができた。

 その恩に報いようと、今日シルヴァンは情報を惜しみなく提供するつもりで、ウイディラについての情報をかき集めてきた。

 それにより想定される敵の思惑、今後の動向も予測してきた。


 しかし、それをしてもなお、レオとファウロスの関係に気づけなかった。

 ジェラルドはわずかな情報と時間で見抜いたというのに。

 証拠はないが、そう考えるとしっくりくることがいくつかある。


(この方には、敵わない)


 バルカタルの皇帝たる神々しいほどの厳粛さをジェラルドから感じ取ったシルヴァンは、己の未熟さを痛感しながら頭を垂れた。


「至急、レオという男の情報を集めます」 


 再び頭を上げたとき。


「おいシュン!!」


 カオウがジェラルドの顔にダモというソラマメほどの大きさの緑豆をぺちっと投げつけた。

 端麗な皇帝の左頬に豆が一瞬くっつき、ゆっくり剥がれ落ちていく様を見てしまったシルヴァンの体が凍てつく。


「結局ツバキがどこにいるかわかんねーじゃん!」

「だから、レオについて調べてくれと今頼んだじゃないか」

「回りくどいんだよ。とっとと居場所だけ教えろって。そしたら俺がすぐ連れ戻す」

「だから、本当にレオとファウロスが通じてるなら、そこに人質として捕らえられているかもしれんのだ。何も知らないのに居場所だけわかるわけなかろう」

「誰だよファウロスって」

「お前、今の話聞いてたか?」

「国のいざこざなんか興味ないって」


 ギャーギャー騒ぐ二人に目をぱちくりさせるシルヴァン。

 どうしていいかわからずおもむろに横を見ると、ハトシェプトゥラが伝説の龍と大帝国皇帝のやり取りを眺めてニマニマと笑っていた。


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