第27話 夢見がちな親子と皇女の制裁

 全身金ピカ甲冑の山に、最後の金ピカ甲冑が積まれた。

 総勢三十体の金ピカ甲冑の金ピカ具合はもう見られない。

 ついに太陽が沈んでしまったからだ。

 

 とはいえ、中庭を囲う壁に取り付けられた明かりで人の顔は判別できる。

 ツバキの目の前には、副長官と彼の息子、彼らの授印たち、白衣の男が最前列に、その後ろに二十名ほどの元兵士たちと、白衣の男の部下数名が縛られて並んでいた。

 リタは中庭の隅に埋めた子たちの所にいる。カオウは近くにいる気配はするが姿はない。


「さて、どうしよう」

「どうしようって」


 呑気に首を傾げるツバキに呆れるトキツ。

 捕まえたはいいが、その後どうするか全く考えていなかったのだ。


「副長官はフレデリック兄様が探しているから、引き渡した方がいいわよねえ」

「それがいいだろうけど。なんて説明する?」

「問題はそこよね。ジェラルド兄様に言えば早いんだけど、まだ帰ってきていないし」


 陛下に今回のことを話したら怒られるどころじゃすまないよなあという護衛のつぶやきは無視された。


「あ、トキツさんが偶然捕まえたことにしたら? 懸賞金出てるかもよ」

「いやいや、不審過ぎるだろ。一緒に来てもらわないと」

「えー……。フレデリック兄様とあんまり話したくないな」


 ツバキはジェラルド、セイフォン州長官のアルベルト、エイラト州長官のエレノイアとは仲がいいが、他の兄とはそこまで仲良くない。フレデリックはそう感じておらず、よくツバキにちょっかいをかけてくるのだが。副長官を捕まえた経緯を話しても信じてはもらえないだろう。


「じゃあ、州の城門前にポイって」

「ゴミじゃないんだから」


 速攻で突っ込まれて不貞腐れるツバキ。するとギジーがトキツの肩からピョンと飛び降りた。


『面倒くせえなあ。野生の魔物に食わしちまえ』

「怖いこと言うな。ツバキちゃんはなるほどって顔しない」

「冗談よ」


 キシシシシと笑うギジー。物騒なことを言うのは、すっかり仲良くなった拷問好きのコハクの影響か。


「おい、お前たち! 何をごちゃごちゃ言っている!」


 エドワードが喚いた。

 彼は後ろ手に縛られて胡座をかいていた。自慢の顔に青あざを作られ、平民の格好をしたツバキたちに見下ろされて、さぞ不愉快だろう。


 ツバキは鋭い眼差しを向ける。


「あなたたちがしたことは到底許されないことよ。相応の処罰を受けてもらうから覚悟することね」

「平民ごときに何ができる!」

「状況がわかっていないのかしら。州を狙うは国を狙うと同義。あなたたちランス家は貴族の地位を剥奪、謀反の罪で死刑も免れない」

「…………!」


 言葉に詰まるエドワード。次の言葉は小声だった。


「…………いくらだ?」

「え?」

「金が欲しいんだろう。いくらでもやるからこれを解け」


 ツバキは開いた口が塞がらなかった。

 この期に及んで何をほざいているのだろうか。 


「百か? 二百か? いくら欲しい?」


 エドワードの顔がだんだん卑屈になっていく。

 ぷっとツバキは吹き出し、クスクス笑ってしまった。


「百? 私が百万リランで買収されると思っているの?」

「何!?」

「あなた、まだ私に気づかないの?」

「はっ。お前のような下賤な女など知らん」


 エドワードはふんっと顔を背けた。

 ムッとしたツバキは彼の前にしゃがみ、顔を両手で挟んで無理矢理前を向かせる。

 そして、女官仕込みの奥義・皇女の微笑みを顔に貼り付けた。その眩く麗しい笑みは周囲にいた兵士たちの心を射抜き、美人耐性のない者がパタパタと倒れていく。


 エドワードの顔もうっとりと緩んだ。緩んで、はっと気づいた。


「ま……まさか……貴女様は……」


 潤んだ瞳が気持ち悪く、ツバキは咄嗟に手を離す。だがエドワードは「セイレティアしゃまあ」と言いながらツバキの胸に倒れ込もうとした。


「きゃあ!!」


 触られそうになり、バチン!! と引っぱたく。

 地面に倒れるエドワード。しかし縛られたままクネクネとツバキにすり寄ってくる。


「ぼ、僕に会いに来てくれたんだねセイレティア」

「全然違うから!」

「恥ずかしがらないで。僕たちは結ばれる運命なんだ!!」

「気持ち悪い!!」


 ギジーの後ろに隠れるツバキ。

 トキツがエドワードの顔面を踏んづけてやっと止まった。気絶してピクピクしている。


「こ……こんな人に薬を盛られたなんて」


 ぞぞぞ~っと背筋に寒気が走り、不用意に近づくんじゃなかった……と猛省する。

 しかも、もっとかっこよく名乗ろうと思っていたのに失敗してしまった。


 エドワードの隣で呆けていた副長官に未確認生物を見るような目を向けられる。


「セイレティア……? まさか、お前が……?」


 ギジーの背後でしゃがんでいたツバキはゴホンと咳払いして立ち上がった。


「そうよ。私はセイレティア=ツバキ・モルヴィアン・ト・バルカタル」

「まさか。第三皇女セイレティア様は魔力が低いのではなかったのか? 州長官のフレデリックが見えない私の授印を、なぜお前は見えるのだ」


 気が動転しているのか、副長官は一人でぶつぶつ続ける。


「いや。お前がセイレティア様のわけがない。セイレティア様は病弱で儚くおしとやかで可憐な方だ。そんな薄汚い平民の恰好をして、そんな汚い口をきいて、男に手を上げるような女ではない!」

「…………………」


 父親まで夢見がちか。

 ツバキはじとっとした目をトキツへ向けた。さっと視線を外すトキツ。ヒャッヒャッヒャッと笑うギジー。


 八つ当たりしても仕方ないので、ツバキはもう一度咳払いした。


「ご期待に沿えなくて申し訳ないけれど、正真正銘私がセイレティアよ」

 

 栗色のウィッグを取って白銀色の髪をさらっと流す。それを見た副長官はがっくりと項垂れた。そのがっくりは、ついに捕まってしまったことになのか、理想と違った皇女へ向けたものなのかは分からない。きっと前者だとツバキは信じることにした。


 副長官が声を絞り出す。


「悔しくは……ないのか? 州長官になれず」


 意味がわからず無言でいると、副長官は観念した殺人犯のようにぺらぺらと語り始めた。


「我がランス家は、ケデウム王国時代から続く名家だ。魔力を鍛えて子爵から公爵へのし上がり、代々副長官を勤めるまでになった。ところがどうだ。魔力の高さが権力の高さと言われるこの国で、どれ程魔力を高めようと、皇族がいる限り絶対に州長官にはなれぬのだ。あやつらは皇族というだけで、たいした魔力もないくせに我が物顔で州長官を名乗る。前州長官は私の授印が見えなかったのだぞ! 今の州長官に至っては気配すら分からない! それなのに私はあいつらに跪かねばならない。なんたる屈辱! お前もそう思わぬか? 兄より高い魔力を持ちながら低いと貶められ、州長官になれず、政治の道具として他国へ嫁がされる。州長官になれば、なんでも思い通りになるというのに!!」


 一気にまくし立て、ハアハアと息をつく。

 辺りがしんと静まり返った。

 トキツは皇女を静観する。

 ツバキは押し黙り副長官を見下ろしていた。彼が口を閉じると、すっと歩を進めて前に立つ。その顔は意外にも、聖女のように慈悲深く女神のように慈愛に満ちていた。


「自分より魔力の劣る人に従うのは辛かったでしょう。望みが叶わない無念さ、よくわかります」

「セ……セイレティア様……!」


 副長官はわかってもらえた嬉しさから感無量という表情でツバキを見上げた。

 ツバキはさらに神々しい笑みを追加して天女のような声で問いかける。


「だから、前州長官を殺したんですね?」

「はい! ……え?」


 つい肯定してしまってから、気づく。皇女の澄んだ目の奥が冷たいことを。


「確かに聞いたわよ。ねえ、トキツさん」

「あ、ああ」


 いきなり呼ばれて戸惑うトキツ。

 女神のような笑みの下に鬼神が隠れているようなただならぬ雰囲気を感じた。

 ツバキはまだ微笑んでいるが、もう怖いとしか思えなかった。


「ねえ副長官。教えて欲しいの。あなたは自分が州長官に向いていると本気で思っているの?」

「当たり前だろう! フレデリックより魔力が上なのだから!」


 ツバキは深いため息をつく。


「あなたは人の上に立つ器にない」

「なんだと!」

「皇族以上の魔力があっても州長官になれないなんて、野心家のあなたからしたら納得できないのでしょうね。だけど、フレデリック兄様は魔力は低いけど、あなたよりは遥かに向いてる」

「何故だ! あいつは人任せでたいした仕事してないぞ!」

「あ、うん。そこはごめんなさい」


 一瞬目を逸らす。


「でも、あの人は綺麗なものが好きだから汚職なんて許さない。警察や軍を腐敗させたりしない。自分の野心のために州を狙い、国民を危険にさらすようなことはしない」

「…………!」

「魔力なんて関係ないの。ジェラルド皇帝と協力して民と国を守り発展させていく気概のある人が州長官になるべきよ」


 副長官は歯ぎしりした。だがすぐに蔑むような目でツバキを見据え嘲笑する。


「ふん。魔力は関係ないだと? そんなことを言うのは、皇族の魔力が低下しているからだろう。先代皇帝が急に戦を止めたのも、自分の魔法に自信がなかったからだ。今の皇帝も病を治すのに魔法ではなく薬に頼ろうとしているというし、官吏も平民なんかを増やそうとしている。自分たちが弱いから、貴族ではなく平民にすり寄ろうとするのだ。お前がここへ来たのも、皇帝の差し金か?  ロナロという虫けら以下の民のために命をかけるなんてご苦労なことだな。それとも皇帝は魔力の高いお前が邪魔で、私に殺させようとしたのか? ああそうか、お前の護衛を平民にしたのも、死んで欲し」

「うるさい」

「……は?」

「今、何て言ったの?」

「なんだ?」

「ロナロの人たちのこと、何て言ったの?」

「ロナロ? ……ああ、虫けらと言ったのが気にくわなかったか? 魔力がないんだから当然だろう。ここで役目を与えてやっただけ礼を言ってほしいくらいだ」


 ツバキの眉がピクリと動いた。


「礼? 拉致して血を抜いたことを? あんなに痩せ衰えているのに胸が痛まないの?」

「虫けらをどうしようが勝手だろう」

「村を襲わせたのもあなたの指示?」

「ああ、そうだ。あんな村、無くなったって誰も気にしない。滑稽だったらしいぞ。魔物を放ったと嘘をついたら、いないのに逃げ惑っていたそうだ。失禁した者もいたとか」


 ははははははと高笑いする副長官。

 笑っている途中で、周囲の兵士たちがざわつき始めた。何事かと不思議に思った副長官は辺りを見回し、ぞわっと全身に鳥肌がたつ。


 中庭に三メートルほどの巨大な蝶の魔物が降り立った。

 上半身は髪も眼も全て真っ白な人間の女性の姿で、羽は赤、黄、橙色のグラデーションが美しい蝶。副長官はその迫力に慄く。


「あ、あの蝶はまさか!? 上級の魔物が、なぜこんな所に」


 副長官が震えだし、ツバキはクスリと笑った。


「彼女を知っているようね。この子は印を結ばなくても魔力を吸えるのよ。普通は魔力を吸い尽くすと死んでしまうけど、この子の場合は、無くなっちゃうの」


 副長官の顔が真っ青になっていく。

 だがまだ終わらない。

 その蝶の隣に、上半身が真っ黒の女性の姿で羽は青く光沢のある蝶が現れた。


「それからこの子の鱗粉は周囲の魔物を呼び寄せる」

「な、何だって?」

「あなたはこれから、あなたが蔑む魔力のない人間になる。そして鱗粉をたっぷりふりかけて、中級魔物が棲む領域に放置する。野生だらけだから、人を食べる魔物もいるでしょうね。ロナロの人たちと同じ恐怖を味わえばいいわ」


 ツバキは二匹の蝶の間に立ち、副長官を涼しげな笑みで見下ろした。


「い……いやだ! ……やめろ! やめてくれえ!」


 ツバキの声で二頭の蝶が前に出て、副長官の腕を両側から掴む。副長官は首を振るが、恐怖からか抵抗できなかった。導かれるように二匹の蝶に立たされ、膝を震わせながら歩く。


「すまなかった! 許してくれ! 何でもする。……そうだ! まもなくウイディラがケデウムを攻めるぞ。リロイのときよりも遥かに多い軍勢で。魔力を吸収する本物の赤い石だって大量に使用される。私の力も必要なはずだ! だから魔力だけは……!」


 みっともなく許しを乞う副長官は実に醜い。

 ツバキは鋭利な刃物よりも鋭く、気持ちの悪い物体を睨んだ。


「あなたは私の大切な国と民を傷つけた。その罪は重い」


 その鋭くも美しい眼差しは副長官の僅な望みを打ち砕く。この世の終わりを知った副長官は目を極限まで見開かせ全身を震わせて二頭の蝶に引きずられていった。

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